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姉の話3

 高見町は繁華街から歩いて十分の住宅街だ。

 春日のマンションもこの辺りにあるらしい。

「ここで見たんだ」

 春日がそう言って立ち止まったのは、なんの変哲もない十字路だった。

「どっちに向っていった?」

「北だね」

「北、ねえ」

 二人して、どちらが促すでもなく道を歩き始めた。

 周囲は延々と住宅街が並び、所々にマンションやアパートが建っている。

 そのうち、あちこち迷っているうちに、二人は廃工場の前に辿り着いた。

 扉を開けて、春日が困惑したように言う。

「……ここ、変な匂いがする」

「それは、特別な匂いってことか?」

「うん」

 一箇所で特異能力を使い続けると、その痕跡が残る。それを五感のいずれかを使って察知できる人間がいる。春日もそんな人間の一人だった。

 春日は特異能力そのものは目覚めてはいないのだが、察知する力だけでも十分に組織に貢献できる存在だと言えた。

「……ああ、俺も集中したら見えてきた。建物の中が悪い気で淀んでる」

 僕が特異能力の痕跡を感じるのは、目だ。

 ここで何かが行なわれていることは明白なようだった。

「対策会に相談したのは間違いだったかもしれない……」

 僕は、思わず呟いていた。

 ここで何か、特異能力を使った犯罪が行われている予感がしたのだ。それは多分、僕の姉のそっくりさんが出没していることと無関係ではなかった。


「飯、食ったか?」

「食べた」

 僕の家のリビングだった。

 僕の問いに、春日は手短に答える。

「本当にやるのか?」

「やるよ。もしかしたら、人が死ぬようなことが起こっているのかもしれない。それは、嫌だからね」

 当たり前のことのように春日は言う。

 この先、どんな危険が待ち受けているかなんて考えていないかのようだ。

 その真っ直ぐさに、僕は眩しいものを見たような気持ちになった。

 彼女には一生勝てないかもしれない、とすら思う。

「それは同感だ」

 僕は黒いコートに袖を通していた。

「……春も終わるのに黒コート。変質者みたいだよ?」

「お守りみたいな気分になるんだよ。知り合いが、良くこういうのを着て戦ってた。大抵は無事に帰って来てたよ」

 姉のことだと気付いているだろうに、春日は口にはしなかった。

「まあ、ジンクスは大事だよね」

 僕と春日は向かい合った。

「とりあえず、無事帰ろう」

「ああ、無事にな」

 春日が差し出した手を、僕は握る。

「一人だけ無事に帰ろうってんじゃないよ。二人とも、だからね」

「わーってるよ。ただ、今回の相手は俺の姉のそっくりさんを使ってる。まさかとは思うが、俺狙いかもしれない。だから、春日は逃げやすいポジションを確保しておいてくれ」

「けど、司くんも、やばそうなら逃げること」

「はいはい」

「終わったら乾杯しよう」

「そうだな。終わるのが楽しみだ」

 それからは、二人して、終わった後の話ばかりしていた。

 今から自分達が行なうことに、不安があったのかもしれない。


 大きな鞄を抱えた老婆が、廃工場の扉を開けた。

 僕の姉に似た女性が、それを微笑んで出迎える。

「ありがとう、お祖母ちゃん。お金、持って来てくれたんだね」

「良いんだよ。幸恵、それよりこれで戻ってこれるのかい?」

「うん、返してくるから、お祖母ちゃんは家に帰ってて」

 そう言って、姉に似た女性は柔らかく微笑んだ。

 それはかつて、僕が何度も何度も見た微笑顔だった。何度も何度も、僕に向けられた微笑顔だった。そのせいで、気が緩んでしまったのは確かだった。それは、一瞬のことでしかなかったが。

 僕は、廃工場の片隅に隠れている。その右腕は、肘から先がない状態だった。そこに、急に腕から指までが生えた。特異能力による腕の具現化だ。

 それを察知したのだろう。姉に似た女性は、振り向いた。

 僕は、木箱で作った物陰から出て、彼女の前に姿を晒した。

 初めて僕と遭遇した時、彼女が逃げた理由は簡単だ。僕は特異能力で腕を作っている。そのため、他の特異能力者に特異能力者だと察知されやすい状態になっているのだ。特異能力者の放つ独特の気配や、特異能力を使用した時の些細な空気の変化から、特異能力者は特異能力者を察知する。

 同じ特異能力者が相手ならば自分のやっていることがばれるかもしれない。そう思って、彼女は逃げたのだ。

 そして、そのやっていることの現場に、僕は辿り着いていた。

「相手が望む人間の姿に見えるようになる能力か。便利な特異能力じゃないか。それで芝居をすれば、相手によっちゃ大金を出してくれるってわけだ」

 僕と春日は、彼女が僕の姉の姿に見えている。しかし、老婆にとっては、彼女の大事な他の誰かのように見えているのだろう。彼女はその能力を使って、詐欺を働こうとしていたのだ。

 僕は唇の端を持ち上げながら、姉に良く似た彼女に向って歩み始める。

 同じく飛び出した春日が、老婆を抱えて工場の外へと駆け出した。

「放して、なに? どうなっているの?」

 老婆は困惑の声をあげなから遠ざかっていく。

 それを上空から襲う影があった。

 僕は、足の機能を特異能力で強化して地面を蹴った。

 一瞬で、影と僕との間の距離が縮まる。

 影は、長い刃物を持っていた。

 僕は、右腕を刃物状に尖らせた。

 二つの刃物が重なり、火花を散らす。相手の刃物を、僕は叩き折っていた。

 その間に、春日は工場の外へと逃げていった。

 僕は黒いコートを翻し、扉を背にして、逃げ場を塞ぐ。

「お前ら全員わかっているよな。特異能力を悪用した人間は、けして許されることはない」

 その場にいた人間全員が黙り込んだ。

 気配からして、三人だろう。

 一人は建物の中央にいる変身能力者。もう一人は刃物を振り下ろした男。もう一人は未知数だ。

 姉に化けた能力者が、僕を指差して叫んだ

「そいつを殺せば良い。死人に口なしだ」

「そう来るかい」

 僕は手を伸ばした。

 右手の指が、全て刃物のような鋭さに変わる。


 春日は息を切らしながら、老婆を下ろした。

 工場からは距離を置いた。後は司の活躍次第だろう。

「どうして私を連れ出したの? 私は大事な話をしていたのよ?」

 老婆が憤慨したように言う。

「お婆ちゃん……」

 春日は言葉に詰まってしまう。貴女が見た相手は、貴女の大事に思っている人ではなかった。ただそれに化けた別人だったなどと誰が言えよう。そして、そう言って誰が信じるだろう。

 春日はただ、黙って老婆に叱られているしかない。

 その時、風を切る音がして、何かが老婆に突き刺さった。

 老婆はそのとたんに春日に向って倒れこむ。どうやら、寝息を立てているようだった。

「麻酔銃……?」

「どうやら先に嗅ぎつけてたのか。協力員なら支部に相談するのが鉄則だろう、お嬢ちゃんよ」

 頭上から降ってきたのは、野太い男の声だった。


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