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姉の話1

現代ファンタジーだから戦闘も入れないとね、というわけで今回からは戦闘も入っていきます。

「ねえ、司くんのお姉さんって行方不明なんだよね?」

 深刻な表情で話しかけてきたのは、大学の同期である帆立春日だった。

 春日も僕の恩人だ。大学の同期にスムーズに馴染めたのは、彼女のおかげと言っても良い。

 大学の構内で、並んで歩いていた僕らは足を止めて向かい合った。

「ああ、行方不明。影も残さずどろんさ」

 姉は、死体が見つからなかった。その時に仇に切り落とされた僕の右腕も、見つからなかった。だから、姉は行方不明扱いとなっている。

「私、司くんのお姉さん見たかも」

 深刻な表情で、春日は言った。

「そんなわけないさ。特異能力者絡みの事件でいなくなったんだぜ。死んだに決まっているさ」

 春日も僕と同じ、特異能力対策会に管理される側の人間だ。だから、対策会の仕事がどういったものかある程度知っている。

 特異能力を悪用する人間や、邪念と呼ばれる幽霊との戦い。対策会の仕事は命がけになる場合が多い。

「けれども、写真とそっくりだったのよ。特異能力者の匂いもしたし。高見町の辺りですれ違って、思わず凝視しちゃったわ」

「高見町、ねえ」

 大学から一番近い歓楽街から十分ほど歩いて辿り着く静かな町だ。太一の事務所もそこにある。

「司くんも今、特異能力の匂いがするけどね」

「俺は常時発動型の特異能力者だからなあ」

 僕の右腕は特異能力で作った義手だ。だから、僕は普通に生活しているだけでも他の特異能力者に察知されやすい状態にある。

「ちょっと探してみない?」

 春日はたまに突拍子のないことを言う。

「ただのそっくりさんを追い掛け回すのか?」

「気になるじゃない。本当にお姉さんかもよ?」

「生きてたとしたら、俺は捨てられたってことになるが。それなら探してあげないほうが善意的じゃあないか?」

「……司くん、相変わらずドライだねー。探偵の助手なんて務まってるの?」

「俺がブレーキ役にならないとあの人は一生目の前の気になるものを追いかけ続ける人生を送りそうな気がするよ……」

「良いカップルなんだねー」

 春日は微笑ましげに言う。彼女は人との間に壁を作らない女性だ。姉を思い出し、僕は少しだけ苦笑を顔に浮かべる。

「奴は男だ」

「そうだっけ」

 春日はとぼけた調子で言うのだった。

 何かと色恋沙汰に結び付けようとするのが春日の悪いところだ。


 春日と二人で飲んだ時に、姉のことを喋ったことがそう言えばあった。

 僕にしては、珍しい失態だった。

 同じ対策会に管理されている身、シンパシーを覚えていたのかもしれない。

 同期との花見を終えた後、僕と春日はなんとなくベンチに残って余った酒を飲んでいた。

「小学校時代に姉に引き取られて、さ」

「お姉さん?」

「俺は、姉とは思ってないんだけど。あの人は姉と呼べと五月蝿かった。ともかく、人との間に壁を作らない人だったんだな」

「つまり、赤の他人の家に引き取られたってことなんだ?」

 春日はビールを少しだけ嚥下して、戸惑うような表情で言った。

「対策会の青田刈りだよ。将来有望そうな子供を見つけたから、対策会の仕事をする生活を教えつつ、特異能力に対する抵抗感を薄くしつつ、格闘術も習わせようっていう」

「へー。親元から引き離されたのか。酷いな」

「まあ、親も散々渋ったけど、最後は金で妥協したとここら辺の支部の人に教えてもらった」

「……聞いちゃ悪い話だったかな」

「別に。ただの事実だ」

 そう言って、僕はビールの入った缶を呷る。顔が赤くなっているのが鏡を見なくてもわかった。

「尊敬できる人だったよ。友達も多くて。昼は大学生活して、夕方寝て、夜になると対策会の仕事をしに黒いコートを羽織って外へ出て行く。休日になると俺の格闘技訓練。俺には真似できんね」

「私も真似する自信はないなあ。けど、自慢のお姉さんだったんだね」

「……そうかもな」

「語り口がもう、自慢だ」

 からかうように春日は言う。

 僕は照れ臭くなってしまって、誤魔化すようにビールの缶を呷る。そして、空になったそれを置いて、新しい缶に手を伸ばした。

「飲みすぎだよ」

 春日が苦笑する。

「うちに泊める気はないからねー」

「そういうの、狙ってない」

「なら、ほどほどに飲みなー。階段とかですっころんで死なれたら後味が悪い」

「春日はどんな生活だったんだ?」

「んー」

 春日は考え込む。

「私は、田舎が嫌だったんだ」

「ここも田舎だと思うけどな」

「けど、もう学生の町、みたいなもんでしょう?」

「まあ、そうとも言えるけどな」

 近場に大学が多いこの町は、学生の下宿者がとても多いのだ。

「賑やかで、皆自分の夢に向って歩いてる。そういうエネルギーを味わえるのが、私はとても好き。私はそういうのの仲間に入りたかったんだ」

「ずーっとこの町で過ごしてるからわかんないな、そういうの」

「贅沢者め。まあ、あなたにはおのぼりさんの気持ちはわかんないわよ。駅見るだけでも衝撃受けるんだから」

「駅で、ねえ」

「電光掲示板も自動改札も未来のアイテムだよ。ドラえもんが来たかと思った」

 実感の沸かない話だった。


「司くん、俺の代わりに宝くじを買ってくれないかな」

 探偵事務所に入るなり、所長の太一がそんなことを言い出した。

「宝くじ、ですか。何枚ですか?」

「そうだね。大枚はたいて十枚買おう」

 そう言って、太一は机の上に千円札を三枚置いた。

 太一用の机と、来客応対用のテーブルとソファがあるだけのシンプルな部屋だった。

 コンクリートの壁には所々黒い線が走っている。

 仮眠室兼調理室が奥にあるが、この建物の中にあるのはそれぐらいだ。

 僕は三千円を受け取って、来客用のソファに座った。

「宝くじ、好きでしたっけ」

「嫌いだよ。勘でその店に当たりくじがあるとわかっても、どの辺りにあるかわからないし、どれぐらいの当たりかもわからない」

「じゃあ、それがなんで買おうなんて気に?」

「俺の勘でね、最近司くんに良いことが起こると出た」

 姉を見かけた。そんな、春日の言葉を思い出した僕だった。

「太一さんまでそういうことを言い出しますか。皆で俺をハメようとしているかのようだ」

「ん? 俺はそんな暇で悪趣味なことはしないぞ」

「貴方は暇さえあればトラブルに顔を突っ込んでいますからね」

「おかげで司くんにも給料を払える。株で稼いだ金で補充する気はないからね」

 そう言って、太一は笑う。

 敵わないな、と僕は苦笑する。

「まあ、良いですよ。買いますよ、宝くじ」

「君が持って保存していてくれ。当たったら山分けだ」

「アイアイサ」

「今日は仕事ないから、それ終わったらもう帰っても良いぞ」

「……なんかトラブルの前触れな気がするなあ、その言い分」

 そう言いながらも、探偵所を後にした僕だった。


 自転車で宝くじ売り場まで行った、その帰り道だった。

 女性とすれ違ったその時、懐かしい香水の匂いがした。

 振り返ると、その後姿には見覚えがある。

 女性は駆けて、細道へと入り込んでいく。

 僕は慌ててその後を追った。

 道は細くて、自転車が通れそうもない。宝くじの券をポケットに入れ、僕は細い路地を早足で歩き始めた。

 歩いても歩いても、相手の背は見えてこない。

 そのうち、大通りに出て、僕は周囲を見渡した。

 見覚えのある後姿なんて、どこにも見当たらなかった。

 僕はしばらく、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 探偵所に戻ると、太一が目を丸くして僕を見た。

「なんだい、幽霊でも見たような顔をして」

「幽霊、見たのかもしれませんね。すいません、これ……」

 そう言って、僕は太一に宝くじを差し出す。乱暴にポケットに突っ込んだために、しわだらけになっていた。

「……一応社会に出て働いてるんだから、これはどうかと思うなあ。大学のレポート、きちんと何かに入れてる? 社会に出たらピンピンに伸ばした書類を使わなきゃいけなくなるんだぜ。これも司くんが管理するにしても、最終的には俺の物になるんだからね」

 太一は眉間にしわをよせて、珍しく苦言を呈した。

「……姉が、いたんです」

「……姉? 君に姉なんかいたっけ」

「死に別れた姉が、一人」

「そっちは聞いたことがあるな。そのそっくりさんがいた、と」

 僕は、頷く。そして、見失ったことも合わせて口にした。

「ふーん、死者の帰還か。よっぽど気になるなら、対策会に聞いてみるのも一つの手じゃないかな。君の姉の元同僚達だ。気にする人もいるだろう」

 太一はそう言って、しわだらけの宝くじを伸ばし始めた。

「協力してくれないんですか? 暇なのに?」

「今のところ、そっくりさんを見たってだけの話だからね。本格的に死者が帰って来たら考えるとするさ。それに」

 太一は少しだけ冗談交じりに言葉を続けた。

「うちの地域の対策会員は、事件なら事件でさっさと解決してしまう。優秀で面白くないことだよ」

 太一らしいと言えば太一らしい言い分だった。

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