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地縛霊の話3

「どうやら俺達の認識とアプローチが間違っていたようだ」

 太一がそう言い出したのは、僕らがビジネスホテル暮らしにも慣れ始めた頃だった。

「どういうことですか?」

「彼女は、移動したくないんじゃなくて帰れないんだ」

 そう言い出すと、太一は僕らを連れて、京子の木の下へと向った。

 辿り着くなり、太一は言う。

「司くん、無理矢理で良いから、その子を運んでくれるかな」

 僕は祥子に視線を向ける。祥子は、興味深げに僕を眺めていた。栞も、期待に満ちたような表情をしている。

「ほら、さっさとやる。時間は待ってはくれないよ司くん。ハリーアップだ」

 太一はこう言い出したら聴かないのだ。僕は観念して、戸惑うような表情をしている京子の左腕に、右腕で触れた。

 僕の腕は、しっかりと京子の左腕を捕まえていた。

 京子の腕を引き、強引に立ち上がらせる。彼女は最初、唖然とした表情をしていたが、そのうち怒気の篭った表情になった。

「セクハラ、変態、犯罪者!」

 京子は好き勝手言いながら暴れる。しかし、微弱な力しか持たない低級霊に、反抗できる力はない。

「どこへ連れて行くのよ……」

 もっともな疑問を、京子は口にした。

「どこへ連れてくんだ言ってますよ」

 僕も、困惑交じりに太一に言う。

「お前の家だって言っとけ」

 太一は投げやりに言うと、先頭に立って歩き始めた。

 京子は一瞬硬直したが、すぐにまた暴れ始めた。それを、僕は手を引いて運んでいく。

 僕の右腕は特異能力で形成されている。特異能力と霊体は同じエネルギーを使っているとされており、その証明の一つが特異能力と霊体の接触なのだ。

 つまるところ、特異能力の武器であれば霊も攻撃できるし、特異能力の義手であれば霊も触れる。ホラーも何もあったものではない。

「……すっごい暴れてます」

「暴れさせとけ」

 太一が、冗談を言うような口調で語る。

「対処するのは司くんですけどね?」

 栞が、苦笑交じりに言う。

「上司の言うことだから、良いの良いの」

「ブラック企業だぁ……」

 僕は情けない口調でそう呟くしかなかった。

 京子の力は強くないので、引っ張って行くことに苦労はない。しかし、罵倒を浴びせられ続けていると、精神的な疲労があった。

 それにしても、太一はどうするつもりなのだろう。

 京子を無理矢理連れ出したとしても、結局彼女は最終的に元の場所に戻ってしまうのではないか。そんな予感があった。


「良いか。俺の壁になって周囲を良く見張ってろよ」

 そう言って、太一はしゃがんで鍵穴に細長い鉄の棒を二本突っ込む。マンションの二階にある一室の前だった。

「……大丈夫なんですかね」

 僕は冷や冷やしながら太一に訊く。

「俺の勘ならこの時間は大丈夫だって気がしてる」

「いつもながら勘頼りって綱渡りですよねえ……」

「けど、俺の勘で何度も助かってるだろう?」

 実際そうなので、僕は反論できない。

「……いつもこんな綱渡りをしてるんですか?」

 祥子が呆れたように言う。

「冷や冷やするよー。バレたら逮捕だよー」

 栞は泣きそうな表情だ。

「家に帰ってなんになるって言うのよ……」

 京子は、少しだけ声のトーンが落ち着いてきている。反抗を諦めたようだ。

「家に帰ってなんになるって言ってます」

 僕は太一に京子の言葉をそのまま伝える。それは、僕の感じた疑問でもあった。

「お前の目で確認しろっつっとけ。お、開いたぞ」

 そう言って、太一はマンションの一室の扉を開ける。

 中へ入ると、そこには小さなテーブルがあるリビングがあった。箪笥や収納ボックスで少し窮屈な印象がある。

 室内には小さな仏壇があり、京子の写真が収まっていた。

 他の部屋は一つしかなく、その扉は閉まっている。

 仏壇の傍に重ねられたアルバムを、太一は開いて、廊下に置いた。

「ほれ、見てみ」

「いやよそんなの、見たくない!」

「見たくないって言ってます」

「無理矢理見せろ」

 僕は溜息を吐くと、京子の手を引いて、アルバムの前に移動させた。

 京子はしばらく眼を背けていたが、そのうち観念したかのようにアルバムに視線を向けた。

 僕もアルバムを眺める。

 そこに写っているのは、小さな赤子の写真だった。京子、と書かれていることから、辛うじて彼女の幼い頃の姿なのだと言うことがわかる。

 太一は淡々と、アルバムのページをめくっていく。徐々に、写真の中の京子の姿が大きくなって行く。彼女はしばらく、神妙な表情でそれを眺めていた。

「大事にされてるじゃねーか。三冊もお前の分のアルバムが重なってるぞ」

 太一は、淡々と言う。

 京子が、下唇を噛んだ。

「……昔は、もっと散らかった部屋だった。こんなに、綺麗じゃなかった。棚なんかにも、腐った食材とかが放置されてたりして……」

 京子は、搾り出すように言う。

「お前の部屋、見てみろよ」

 太一は、顎で閉じている扉をしゃくった。

 京子は、自分でゆっくりと歩き始めた。

 僕は、手を引かれてその後についていく。

 太一が、閉じている扉を開いた。

 中は、京子の部屋だった。一目でそうだとわかったのは、セーラー服が室内にかけられていたからだ。棚や人形、ベッドがあり、不自由ない生活をさせようとしていたのがわかる。

「まだお前の部屋を片付けれてないんだ、親御さん」

 京子は、眉間にしわをよせて部屋の中を眺めている。

「大事にされてたんだよ、お前さんは」

「死んだ後で大事にされたって……死ぬ前は、あんな扱いをしていた癖に」

 京子は、悔しげに言う。

「大事にされてたんだ」

 太一が、繰り返し言う。

 しばらく、僕は京子の手を握って、何も出来ずにその場に立ち尽くしていた。

 京子は、泣いていた。

 その涙を拭おうとした栞の指が、京子の頬をすり抜けていった。

 太一は、その動作を見て全てを察したらしく、黙り込んだ。

 彼女は移動したくないのではなく帰れないんだと太一は言った。細かい事情はまだわからない。けれども、彼女の中に両親への複雑な感情があること、それが彼女がこの世に残る原因の一つとなったことが僕にもおぼろげに理解できてきた。

 どれほどの時間が流れていただろうか。京子は、一言も発さずに、考え込んでいるようだった。

「そろそろ出ないとやばいって俺の勘が言っている」

 呟くように太一が言った。

「成仏する気は起きたか? って訊いてくれ」

 京子は、いつしか泣きやんでいた。その目の下は、赤くなっている。

 京子は、一つ頷いた。

 その掌に、丸い光が浮かび上がる。霊としての彼女を形成している中枢なのだろう。

「皆、出てってもらっても良いですか?」

 僕の言葉に、太一は頷いて、祥子と栞を部屋から押し出していって扉を閉めた。

 僕は右手を掲げた。その形が、急速に変わっていく。五本の指が刃物のように鋭く細くなっていた。

 これこそが僕の特異能力。ランクA相当と言われた潜在能力を全て篭めた、自由自在に形を変える破壊のためだけの右手。

 それは霊だろうと特異能力だろうと、ランクA未満の存在を完全に破壊する。

 僕はゆっくりと、京子の中枢を握り潰した。

 中枢が完全に消える間際、京子の口がゆっくりと開いた。

 最初に父を、次に母を、そして、最後にただいまを、彼女は口にした。

 僕はそれを噛み締めるように、しばらくその場で立ち尽くしていた。

「そろそろ出ないとほんっとーにやばいぞ」

 太一の声が扉の向こうからする。

 僕は扉に向って歩き出して、一度だけ振り向いた。

 もうそこには、なんの存在も残ってはいなかった。


「結局、どういう話だったんでしょう、これは」

 帰りの電車で、僕は太一に尋ねていた。

 僕ら四人は、向かいあった席に座っている。

「色々警察を通して話を訊いてたんだがな。勘に導かれてちょっと彼女の昔の家の近辺に話を訊きに行ってみたわけよ」

「彼女の、昔の家?」

「商売で失敗して引っ越してるんだよ、あの家。商売が傾き始めてから、両親はストレスで人が変わっていたらしい」

「ああ、だからか」

 栞が呟くように言う。

「不幸な同年代の子を見ると安心する。自分だけじゃないと思える。彼女は、そう言ってた」

「親に辛く当たられもしたんだろうな。けれども勝手なもんで、同時に親は子供を大事にも思ってたってわけだ。そんな曲がった感情ガキにわかるはずもねえから、彼女は自分は蔑ろにされてて不幸だと思ってた」

「本当は、娘が死んで一年経っても、家が狭くても、娘の部屋を整理できないぐらい子煩悩な親だったわけですね」

 僕は納得行った気持ちだった。

 だから、彼女は最後に成仏する気持ちになれたのだ。

 家で居場所を失ったと思い込み、他者の不幸を願ってこの世に残っていた彼女が、自分が受け入れられていたと知ることでようやくそれを辞めることが出来た。

「……なんか馬鹿らしくなってきたなあ。旅行までして、やったことは家出娘を説得して家に送り返すことですか」

「そう言うなよ司くん。善意というのは無駄にならんものだ。死後の世界なんてものがあれば、彼女が俺達に優しくしてくれるかも知らん」

「知らんってなんですか知らんって。まあ、良いですけどね。気分転換にはなりました」

 そのうち、地元の駅に辿り着いて、僕は太一と別れた。後には、居候の栞と、その護衛である祥子が残る。

「思ったことがある」

「なにを思ったの?」

「姉の遺品を整理しちまおうってことだ」

 栞に貸している部屋は、姉が死んだ時のままになっていた。服などは捨てて良いと言っていたのだが、栞はそれを片付けれずに窮屈な思いをしているようだった。

 僕は面倒臭くて、それに見て見ぬふりをしていた。

 姉は五年以上前に死んだ。僕の本来の右腕が切り落とされた時と一緒に。

 月をバックにして、鎌を構え、仮面のような微笑を浮かべた彼に、当時の僕は色々なものを奪われた。

 そのことを引きずっていたわけではない。

 ただ、なんとなく片付けるのを先延ばしにして、今に至っていた。

 姉が帰って来ないということを、理解しきっていなかったのかもしれない。

 帰ってくるならば、僕にはそれが見えているはずなのだ。京子が僕の瞳に映ったように。

「良い心がけですね」

 珍しく、祥子が褒めるように言った。

「人間は今を生きるべきです。過去を見るのではなく、ね」

「いや、別に未練があって捨てなかったわけじゃないんだけどね。面倒臭かっただけで」

「……たまに良いことを言ったんだから、素直に聞くとか、ないんですかね」

 祥子は溜息混じりに言って、僕と栞は苦笑した。

次回、姉の話(予定)

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