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地縛霊の話1

 それは、その土地ではそれなりに有名らしい寺の参道だった。少なくとも、連れが言うには有名だということだった。そのわりにはこじんまりとした寺も、それと対称的に広い境内も寂れた雰囲気で、住職のいる気配もなかったのだが。

 連れのことだ。本来の目的地である温泉街の近くに寺があると聞いて、それを見たくなっただけなのかもしれない。そういう、気まぐれな男なのだ。

 道の両脇には木々が立ち並び、緑の葉が風に揺れている。

 そのうち一本の木の前に、連れは立ち止まった。

 細身で背の高い男だ。木を見上げるその姿は、写真を撮れば雑誌の表紙を飾れそうな程度には絵になった。

「気になるな、この木」

「ただの木ですよ、行きましょう」

 僕は即座にそう言っていた。

 彼は勘の良さに特化した、特殊な能力者だ。世間で言う超能力者。ある界隈ではこう呼称されている。特異能力者、と。

 その勘の良い彼が何かを見つけた。

 それが良いものなのか悪いものなのかは未知数なのだが、たまにこの男はとても悪いくじを引き当てるのだ。そして、今の僕は、面倒事に関わりたくないという気持ちだった。

「いやーいやいや、何かあるぞ、この木。司くん、目を細めてじっと凝視してみなさいよ。君なら何か見えるかもしれないぞ」

「所詮俺はランクEですよ」

「潜在能力はランクA相当だと言われていたんだろう? そのおかげで子供時代は随分とちやほやされたんじゃなかったかな」

 特異能力者は、特異能力対策会という組織にランク分けされて管理される。

 ランクE、それは即ち無害で無力な特異能力者を指している。

「子供時代は子供時代です。行きましょうよ太一さん。これは僕の傷心旅行なんでしょう? 太一さんの冒険心を満たすツアーじゃあなかったはずです」

 それを言われたら連れの太一も弱かったらしい。唸ると、木から視線を逸らした。

「帰るか」

 つまらなそうに太一が言う。

「ええ、温泉にでも浸かりなおしましょう」

 安堵して僕は微笑む。

「その木にはあんまり近づかないほうが良い」

 その言葉を発したのは、僕達二人のどちらでもなかった。白い髪を短く剃った老人が、いつの間にか遠巻きにこちらを見ていた。

「その木は、人を引き寄せる魔性の木じゃからのう。悪いことは言わんから、離れておけ」

「ほうほう、魔性の木」

 太一が目を輝かせる。悪い癖が出たぞ、と僕は心の中で溜息を吐く。

「どういうことですかね、ご老人」

 太一の質問に、老人は溜息混じりに答えた。

「この木は自殺者が多いのよ。夜中に木を吊るして首を吊る。そんなケースが後を絶たん。この町の住人は皆その木を不気味がっておるよ」

「ほうほうほう。自殺が多いと。どれぐらいのペースですかな」

「年に一人は自殺者が出ておる」

「なるほど。ありがとう御老人。我々も深淵を覗き込むのは辞めることにします」

 そう言って、太一は歩き始めた。

「あの木に関わるのを辞めるんですか? 金輪際気にしないって誓えますか?」

「馬鹿を言うなよ司くん。実害が出ているんだぞ? 栞ちゃんを呼んで、木を見てもらおう。彼女なら何か見えるはずだ」

 ほら、悪い癖が出たぞ。僕は頭の中で繰り返しそう呟いた。

 もっとも、こんな彼だからこそ、探偵なんて仕事が長く続いているのかもしれない。


=====================================


 旅館で休んでいた栞と祥子を連れて、僕達は木の前に戻った。

 栞は僕の家の居候。祥子は対策会に付けられたその護衛だ。

 栞は興味深げな表情で、祥子は不満げな表情で太一の後を歩いていく。

 僕もきっと今は祥子と似たような表情をしているのだろうな。そんなことを考えていると、祥子と目が合った。

 僕が軽く微笑みかけると、祥子はうんざりとした表情で前に視線を固定した。

 そもそも、祥子は全国に根を張る対策会のエリートで、ランクBの能力者だ。社会にとっては脅威的であり、その中でも特に組織にとって有益な能力者であると認められている。

 特異能力対策会、特異能力による犯罪や霊による被害を世間の影に隠し、処理する組織である。

 それがランクで言えば遥か下の僕の相手をしている現状は面白くないのだろう。彼女にはそんな、プライドの高さがあった。

 対照的に、ランクAと目されている栞はランク差別はしない。自分の希少さを理解していないのだ。それがまた、祥子には面白くないのかもしれなかった。

 木の前に辿り着くと、太一はその幹を強く叩いて僕達に微笑みかけた。

「さあ、凝視してくれよ。君ら高ランクな人間になら何か見えるかもしれん。残念ながら俺には何かあると感じる程度だけどな」

「……何も見えませんが?」

 慇懃無礼に祥子が言う。

「うん、何も見えないね」

 栞も、それに追従する。

 この結末は予測していなかったのだろう。太一はあからさまに落胆した表情になった。

 その傍に栞は駆け寄って、しゃがみこむ。

「ねえ、あなたは何か見える?」

 何もいない空間に向って、彼女は喋っていた。

「こんな所に一人? 待ち合わせでもしてるのかな? ここ、凄くこわ~いスポットらしいよ」

 悪戯っぽく栞は笑う。何もいない空間に向って。僕らはそれを唖然として見守るしかない。

「あはは、確かに私達が言えた義理じゃないか」

「……何してんの、栞ちゃん」

「ん?」

 僕の声に、栞は戸惑うような表情になる。

「何って、この子と喋ってるんだけれど」

「そこ、誰もいないよ」

「……本当に?」

 栞の視線が、太一、僕、祥子を順に見つめる。

「……何も、見えませんが」

 祥子は口惜しげに、そう言葉を続けた。

 僕は意識を集中して、栞がさっきまで見つめていた場所を凝視してみた。

 そのうち薄っすらと、座り込んでいる子供のラインが見えてきた。それは次第に明確になっていき、一人の少女の姿となった。年の頃は中学生ぐらいだろうか。華奢な体格をしている。

「あ、見えた」

 僕は呟くように言った。見えたくなかったと言うのが本当のところだ。これで、僕の傷心旅行は何処かに行ってしまうのは明白だった。

「なんで貴方が!?」

 祥子が苛立たしげに言う。

「そりゃ、潜在能力の高さの違いじゃないの~。二人のレベルに届いていないんだな~しょ・う・こ・ちゃ・ん・は」

 からかうように太一は言う。

 よしておけば良いのに、祥子はむきになって木の周辺を凝視し始めた。気の毒になるほど必死の形相だった。

 苦笑して彼女から目を逸らし、僕は少女に尋ねていた。

「どうして君はここにいるんだい?」

 少女は、歪んだ微笑を浮かべて、こう言った。

「自分より可哀想な人を見たいから」

「……捻くれた言い方をしたい年頃なんだねえ」

 栞が微笑ましげに言った。

「んで、どんな塩梅だい?」

 太一が、僕らに尋ねる。

「あんま良くない感じですねえ」

 僕は素直に、そう答えていた。

 これは、地縛霊だ。それも、他者を巻き込む形の。

 祥子は未だに、木の周辺を眺め続けていた。

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