表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/35

第二章 記憶②

 一日と欠かさず見舞う瑞樹に、世梨花は心を開かせていない。あの時に見せた表情も、未だに見え隠れさせている。


 「妹尾さん」

 長椅子で落ち込んでいる瑞樹を見つけ、乃ノ美は声を掛けた。

 あの自信に満ち溢れている笑みはなく、萎れた30過ぎの野暮ったい男に成り下がっている瑞樹を励ますように、乃ノ美は明るい声を作る。

 「まだ駄目なんですか?」

 「なんか、すごく警戒されている感じで、婚約者だって言っても信じてくれないんだ。きみのことは、思い出せたっていうのに」

 乃ノ美は瑞樹の横に座ると、背中を摩ってやり微笑む。

 「思い出してなんか、いませんよ。ただ世梨花といた時間が、妹尾さんより長かっただけで、聞かせてあげられる材料が多いだけっていうことですから。そう落ち込まないで下さい。相談なら、いくらでものりますから」

 「乃ノ美ちゃん」

 涙ぐんだ目で見る瑞樹に、乃ノ美は胸を一つ叩いて見せ、ゲラゲラと笑う。


 乃ノ美は優越感に満ち足りていた。


 頭に包帯を巻かれた、世梨花が振り返る。

 額についた傷は、一生残ると医師が説明していた。瑞樹は金に糸目をつけずに、治すと息巻いていたが、当の本人が瑞樹を受け付けないのだから、ほくそ笑む自分がそこにいた。

 「世梨花、気分はどう?」

 「乃ノ美さん、今日も来てくれたんですか?」

 「あたりまえじゃない。私たち親友なんですもの。そうだそれより」

 チラッとドアの方を見てから、乃ノ美はカバンの中からアルバムを取り出す。

 今日はこのまま帰ると言って別れたが、気が変わって、瑞樹に戻って来られては困る。

 世梨花の膝の上にアルバムを置いた乃ノ美は、わざわざドアの外まで確認する。

 今まで気が付かなかったが、瑞樹の異常とさえ思えるほどの世梨花への執着心が、乃ノ美にそんな行動をとらせていた。

 「妹尾さん、いい人だけど、もう世梨花のこと諦めてくれればいいのに」

 強張った顔で見返す世梨花に、笑顔を崩さないまま乃ノ美は続ける。

 「確かに、婚約までいったけど、世梨花、他に好きな人がいて、諦められないから。と断ったのに、しつっこいわよね」

 世梨花に顔を近づけ、持って来たアルバムを開き始め、ヒカリを指さす。

 「この子、覚えている?」

 目を見開くのを確認した乃ノ美が、世梨花の肩を抱く。

 「可哀相な世梨花。あんなに愛していたのに、その記憶まで、失くしてしまったのね」

 「この人は?」

 「椎野ヒカリ。高校の3年間、付き合っていた彼。二人の関係をみんなにばれたくないというあなたの我侭を聞いて、ジッと耐え忍んでくれた、あなたの一番の理解者」

 「しいの……ひ、か、り?」

 「私に任せて、上手く取り持ってあげる」

 乃ノ美は、世梨花を強く抱きしめる。


 すべてが乃ノ美の思うつぼだった。


 両親と共に帰って行く世梨花を見届け、乃ノ美は瑞樹の首に手を回す。

 「どうしたんです。こんな場所で」

 「私、ずっと妹尾さんのことが、好きだった」

 「乃ノ美ちゃん?」

 「私を、抱いてください」

 「止さないか」

 突き飛ばされた乃ノ美が、声を上げて笑い出す。

 意味が分からずにいる瑞樹に、軽く頬にキスをしてから、良かったと胸を撫で下ろす真似を見せる。


 「良かった。世梨花、ずっと心配していたから」

 「何の話?」

 「瑞樹には、自分以外の女が居るんじゃないかって」

 動揺した瑞樹の、目が忙しく動く。

 「そんな女たらしなら、一度実験してみましょって、約束していたんです。まぁ、私じゃ役不足かなって言う感はあったけど、世梨花があんなになっちゃって、やりたい放題かなって、ちょっと心配になっちゃって」

 上目使いで見る乃ノ美に、止して下さいと笑って言うが、明らかに動揺しているのが分かった。

 「男なら、そんな遊び、普通ですよね。妹尾さんくらいの地位になればなおさら」

 耳元で囁いた乃ノ美が、微笑む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ