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第二章 記憶①

 深い眠りの中を漂っていた世梨花が目を覚ましたのは、事故から二週間目の朝だった。


 「世梨花」

 瑞樹の呼びかけに、世梨花はぼんやりとした目線を送る。

 「私、先生を呼んできます」

 花を活け直して戻って来た乃ノ美もその異変に気が付き、瑞樹のボタンでという言葉を聞かずに、病室を飛び出して行く。

 肩を竦め、瑞樹は麗しの姫の無事の生還を肌で感じようと手を伸ばすが、その手はすぐに引っ込めるしかなかった。

 肩に指先が触れた瞬間、世梨花がその肩を大きく動かし、怯えた目で瑞樹を見たからだ。

 ショックは隠せなかった。

 医師たちと共に乃ノ美が戻って来るのと入れ違いに、呆然としたまま瑞樹は病室を後にする。

 「妹尾さん、どうかされたんですか」

 様子がおかしい瑞樹を心配して、乃ノ美は後を追いかけて来ていた。

 「……世梨花、俺のことを怒っているのかな」

 「どうして、そう思うんです?」

 「あの時、俺たち」

 苦々しい表情を浮かべた瑞樹は、それ以上何も語らずに、仕事が入っただけだよと話を濁すが、乃ノ美は信じようとはしなかった。

 沈黙で見つめあう二人に割り込むように、乃ノ美の携帯が鳴る。

 「どうぞ僕に構わず出てください。それじゃ、後のこと、頼みます」

 乃ノ美は電話を取りながら、去って行く瑞樹を見ていた。

 

 悪夢のような出来事だった。今でもあの衝撃は頭から離れずにいる。

 

 救い出された世梨花を見て、シェリーと叫ぶヒカリを見て、乃ノ美は現実を思い知らされてしまったのだ。

 担架で運ばれる世梨花の傍らに、瑞樹が張り付き、救急車の前でヒカリもまた現実を思い知らされたように、立ち尽くしていた。

 ずっと高校の時から分かっていたはずなのに。それを種に、ヒカリとは繋がっていた。それなのに、何を期待をしていたんだろう。自分の知らない時間が、二人にはあったんだ。

 足の震えが止まらない乃ノ美を、そっと支えるヒカリを見て、涙が込み上げてくる。

 あの状況なら、きっと誤魔化せたはず。

 ディスプレイに表示された名を見て、乃ノ美はあの日を頭から振り払い応対に出る。


 夕方近く、ヒカリはやって来た。


 誰もいない病室、ヒカリが入って行くと世梨花は静かに振り向き、誰と尋ねる。

 「記憶……、ないのか」

 小さく笑った世梨花は、何も言わずに窓の方へ視線を移す。


 病室のドアを細く開けて、乃ノ美はその様子を伺う。


 何も語ろうとはしない二人だが、そこには穏やかな時間が流れている気がした乃ノ美は、そのままドアを閉め、踵を返す。

 

 ヒカリは窓の外を見ている世梨花をしばらく見ていたが、徐に立ち上がり帰ろうとすると、腕を掴まれ驚く。


 「私は、誰? あなたは私とどんな関係だったの?」

 瞳に涙を浮かべ訊く世梨花の手をそっと振り解くと、ヒカリは一礼してそのまま病室を後にする。


 待合室のソファー。

 そこにあろう姿を目で探し、半瞬置いたヒカリは、大急ぎで表へと出る。

 西日に照らされた中庭を突っ切り、バス停へ走り出す。

 一足遅く出発してしまったバスを見送ると、備え付けのベンチにうな垂れ座る。


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