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第五章 真相⑧

 「情けない話よね」

 壊れそうな笑顔で言う世梨花を、乃ノ美は言葉無く見つめる。

 「……だから」

 重い空気を打ち破るように、明るい声で言う世梨花が乃ノ美の手を握る。

 「乃ノ美には謝りたいって、ずっと思っていたの。お願いだからそんな顔をしないで。お腹の子に障るわよ」

 上手く笑えない乃ノ美が頷く。

 それでも芽生えてしまったわだかまりは、すんなりと納得させてはくれなかった。 

 一呼吸置いた世梨花が、腕時計に目をやる。

 「あらいけない。もうこんな時間。早く帰りましょう。ウチのご飯、美味しいって評判なのよ」

 「そのご飯って、さっきの人が」

 「隅田さん? そう。彼、腕がよくってね。真一のことも可愛がってくれて、本当に良い人なの」

 「好きなの?」

 「うーん好きかな。のんや椎野君を好きなようにね」

 そう言う世梨花は伝票を持って、先に席を立つ。その後を、ヒカリに支えられ乃ノ美が続く。

 街はにわかに活気を出し始め、小降りになった雨を見上げ、早く帰りましょうと世梨花が言う。

 歩き出そうとする二人を見て、乃ノ美は足を竦ませる。

 「私、やっぱり一緒には行けない」

 「またかよ」

 「世梨花とヒカリが一緒になるべきだよ。だってなんだかんだ言っても、二人は繋がっているでしょ。私、調べたの。ヒカリ、私に内緒で世梨花に会っていたんでしょ? あの子だって」

 「ヒカリとは、久しぶりに会ったのよ。どうしてそんなこと言うの?」

 「良いの隠さなくても。夏に、ここに来ていたんでしょ」

 面を食らったように、世梨花はヒカリを見る。

 青ざめたヒカリは、ボソッとごめんと呟く。

 「俺も、乃ノ美に隠していたことがある」

 そう言って財布から診察券を出し、乃ノ美に見せる。

 「大学病院?」

 ヒカリは頷く。

 どういうことと、世梨花が唇を動かす。

 「俺、手術を受けたんだ。ちょっと息苦しくて見て貰ったら、まあそんな話しになって」

 「なってって、あんたね。それじゃ、走ったらまずかったんじゃないの?」

 世梨花が怒った口調で言う。

 「まあ緊急事態だったし」

 「どうして言ってくれなかったの?」

 涙があふれ出す乃ノ美は、顔を手で覆う。

 「お前には、心配を掛けたくなかったんだ。簡単な手術だって言われたし、絶対元気で戻れるって、確信があったから」

 「でもでも、もしもってことがあったら」

 「大丈夫なんだ。俺はお前が心配で、放っておけないストーカー野郎だから。死んでも死にきれない」

 「まったくあんたたちは、バカカップルだね相変わらず」

 「行くぞ」

 腕を持とうとするヒカリを、乃ノ美はそれでも振り払う。

 「でもダメだよ。こんな私じゃ、ヒカリの心臓が持たなくなる。やっぱり真一君のこともあるしさ。世梨花と一緒になりなよ」

 「本気で怒るぞ。いい加減にしろっ。お前がいないと寿命が縮まるって言ってんだろ。いいから黙って、俺について来い」

 「あのさ、のん。思い込みで物事を解釈してしまうのは、あなたの悪い癖だよ。真一はヒカリの子なんかじゃないよ」

 「だって、同窓会の日、二人でいなくなったあの日から計算すると、ちょうど辻褄が合うんだもん」

 「合うんだもんって、ちょっとこっちに来なさい」

 バスの運転手が乗るのか乗らないのか分からない客人を、如何わしく見ていた。

 「真一は」

 「おい世梨花」

 「いいの。このバカに言ってあげないと、分からないから。あの子は、藤原伸児の子よ。亮子が、私を滅茶苦茶にしろって命じて、ボーイを装った藤原が、強姦して作ったのあの子を」

 「うそ。そんなの信じない」

 世梨花の平手が、乃ノ美の頬を打つ。

 「どうして分かってくれないの。この分からず屋。あなただけでも、幸せになってくれないと、報われないのよ。死んじゃった亮子も正気を失ってしまった瑞樹も私も。ヒカリは、あんたにくれてやるって言っているの。私がいくらモーション掛けたって、指一本、ヒカリは触れてはくれなかった。本当よ。悔しいけど。だからお願いよ。そのお腹の子の為にも、あなただけは幸せでいてよ。やっと自分がまいた種、刈れるんだから」

 世梨花は乃ノ美を強く抱きしめ、嗚咽を上げだす。 

 

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