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第五章 真相⑦

 敗北で終わってしまった高校生活。


縁は切れてしまうものだと、世梨花は思っていた。乃ノ美が、自分を好いていないのは、肌で感じていた。大学に進み、会う機会が減ってしまい、話の接点は無くなりヒカリへの思いも断ち切れずにいる、そんな自分に世梨花は腹を立てる。

 誰もが羨む存在。

 それが鶴見世梨花。

 どこから見ても、乃ノ美になんて負けていない。それなのに、一度たりとも、ヒカリの目は世梨花へと向けられない。それどころか、同じ大学へ進んだ二人に、憎悪さえ抱いてしまっていた。

 そんなある日、瑞樹への復讐心も薄れ、新しい母親になじめずにいた世梨花は見覚えのない番号を見て、顔を顰める。

 頻繁に掛かってくる無言電話。

 高校の時にも数度あったが……、それとは違う番号。人に恨まれることなど、一つもしていないのに。最近になってエスカレートしてきている。何度着信拒否しても、落ち着くのは数日で、それもすぐにまた始まる。携帯番号も変えてみたが、嘲るようにまたかかって来てしまうのだ。考えたくはないのだが、身内の仕業ではないかと身の回りに居る人へ、疑心を抱いたこともあった。がしかし、そう考えてしまう自分が嫌で、勘ぐるのを辞めた。

 そして思い切って、乃ノ美に電話を掛けたのだ。

 他愛のない会話。傲りもおだてもないそんな会話に、世梨花は思わず泣きそうになる。自分の荒んだ心が恥ずかしかった。

 何かと理由を付け、世梨花は乃ノ美を誘うようになり、そのそばにいるヒカリを遠目で見ることで、満足しようとしていた。

 

 ――そして、運命の日を迎えてしまったのだった。


 世梨花が、丸菱商事に就職してすぐだった。

 その日は、社長のお供を命じられ、あるパーティーの席、思いがけない人物を見つけた世梨花は、息を飲んだ。

 その目線の先に居た人物、妹尾瑞樹だった。

 歓談する瑞樹と、一瞬目が合ってしまった世梨花は、会釈することさえ忘れてその場に立ち尽くしていた。


 紳士的な振る舞いの瑞樹。

 まるで初めて会ったように挨拶された、世梨花の瞳は景色をにじませる。

 逃げ出すように踵を返してしまった世梨花の姿は、皮肉にも、瑞樹に印象つけることに。

 動揺を隠しきれず、ぶつかりそうになりながらその場を立ち去って行く、世梨花を驚きの表情でその男性は見続ける。


 つかつかと歩み寄って来た瑞樹に声を掛けられ、冷静を装い受け答えする、この男性こそが一颯だった。

 

 命じられるまま、世梨花の連絡先を調べた一颯。

 「この女性、前にどこかで会ったような気がする」

 「あんな綺麗な人、俺が忘れるはずがないじゃないか」

 メモを手渡された瑞樹の言葉に、一颯の表情が変わったことに気が付かず、少年のような笑顔を上げる。

 「だよな」

 次の瞬間には、一友人としての笑顔を手向けていた。

 

 日を置くことなく、瑞樹は世梨花を誘っていた。


 喉から手が出るほどこのチャンスを待ち望んでいたのに、憎もうとすればするほど、二人でいる時間が、瑞樹が、眩しいくらい愛おしく思えてしまうのだ。


 瑞樹と会って行くうち、惹かれている自分がいた。身分違いという障害も、この人となら乗り越えて行けるとさえ、本気で思うようになり、全ての幸せが自分の上に降り注いでいるものだと、いつの間にか信じる様になってしまっていた。

 初めて抱かれた夜、世梨花に残っている傷を見て、瑞樹は指でそれをなぞる。

 「この怪我は?」

 そう聞かれ、世梨花は躊躇うように、事故の話を瑞樹に聞かせた。

 「雨か、視界が悪いから仕方なかったんだなきっと。もう運がなかったと思って、あきらめるしかないな。可愛そうに痛かっただろ」

 世梨花は凍りつくような思いで、瑞樹を見つめる。

 今でも忘れられない、掌のほくろ。必死の形相の瑞樹。遠くで呼ぶ声。

 事故を目撃したことさえ、瑞樹の記憶には残されていない。


 ――そして、瑞樹の父親という男が、世梨花の前に現れ、結婚の条件を並べる。


 外見上は瑞樹の妻であり、自分の愛人になれという条件に、世梨花は打ちのめされる。

復讐心に再び火を燃やしだした世梨花に、躊躇いはなかった。自分の家族がそうなってしまったように、瑞樹の家族もバラバラにしてやりたい。その一心だけだった。

 そんな時だった。

 偶然、乃ノ美とヒカリが楽しそうに歩いている姿を見かけたのは。

 自分を保ち生きている、乃ノ美が世梨花には眩しいほど羨ましく、憎かった。


 その晩、瑞樹の父親と関係を持つためホテルに向かう世梨花は、目の前に立ちはだかる男性を見て、瞳を揺らす。 

 

 復讐のため、血眼で探り出した相手。

 掌のほくろを調べるために、よく入り浸っていたカフェや大学祭へ出向き、チャンスを伺っていくうち、もうすでに世梨花は瑞樹に恋心を芽生えさせてしまっていた。

 それを認めるのが恐くて、その気持ちをヒカリへのものとすり替えたのだった。

 

 「そんな事をしても、君は幸せになれない」

 瞳を揺らす世梨花は、毅然と立ちはだかる一颯を見詰める。

 「どうして分からないんだ。もう君は子供じゃない。事故のことは可愛そうだったと思う。だけど、そんな事をして、誰が喜ぶんだ」

 「あなたには関係ないでしょ」

 「関係ある」

 腕を掴まれた世梨花は、目を見開く。

 「君を愛しているんだ」

 一颯に抱きしめられた世梨花は、全身から力が抜け落ちてしまう。


 フリーメールで乃ノ美が送って来たとばかり思っていた、真知子との密会写真。

 どう考えても、乃ノ美が撮れるはずのない写真。冷静に考えれば分かること。

 一颯と唇を重ねた世梨花。

 「ありがとう」

 そう言って、踵を返しその場を立ち去る。


 動き出してしまった運命。

 そんな容易く終わるはずがない。

 世梨花は思い悩み、ヒカリに電話を掛ける。

 すべてを洗いざらい話し、楽になりたかった。


 不愛想に座るヒカリを目の前に、世梨花は思いがけない言葉を発してしまっていた。

 抱いて欲しいという世梨花を、一視したヒカリにあっさり断れてしまう。

 もう失うものなどないと、決心をつけた世梨花は登山を計画だった。

 すべてを清算するつもりだった。

 瑞樹と別れたのち、自ら命を絶つ。

 しかしそれさえ許されず、世梨花は別の形で、崖から転げ落ちてしまった。

 

 

 


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