第五章 真相④
店は暖かく、世梨花の顔が自然と綻ぶ。
ホットコーヒーが二人の前に運ばれてきて、先に口を付けた世梨花が、美味しいと笑って言う。
「ね、のん、覚えている?」
複雑な表情浮かべた、乃ノ美はそう言う世梨花を見つめたまま、瞳を揺らす。
「瑞樹との婚約が決まって、二人で食事した時があったでしょ。ワインをあの日、私結局二本空けちゃって、翌日の式場の打ち合わせなんて最悪で、ドレスに着替えていても気持ち悪くて、何回もトイレに駆け込んじゃってさ」
紙ナプキンを幾重にも折りたたみながら、世梨花は話していた。
「本当はねあの日、のんに相談するつもりだったんだ」
乃ノ美は、大きく目を見開く。
「私ね、本当は瑞樹のこと、好きじゃなかったの」
「どういうこと? あんなに幸せそうにしていたじゃない」
そっと目を上げた世梨花は、寂しそうに笑う。
「そういう風に見えていたら、私って女優になれたかもね」
肩を竦めてみせる。
「のんが、私を嫌っているのも、実は知っていたんだ」
「嫌っているって」
「良いわよ隠さなくても。私もあまり、自分のこと好きじゃないもの」
「そうなの?」
コクンと頷く世梨花を見て、思わず昔のようにまたまたと言ってしまい、乃ノ美は恥ずかしさで、目を伏せる。
店の扉が開く音がして、血相を変えたヒカリが入って来る。
二人の姿を見つけ、つかつかと進み出たかと思うと、乃ノ美の頬を強く叩いた。
「バカヤロウ。本当にお前は、どんだけ俺に心配をかけんだ。今度こんなことしたら、縄で縛って、家から一歩も外に出さねーぞ」
「椎野君、怖い」
世梨花に冷やかしを入られ、ヒカリは椅子にどさっと座り、乃ノ美の前にあった水をがぶ飲みをする。
頭から湯気が出ていた。どうやら旅館からずっと走って来たらしい。そんなヒカリを世梨花は眩しそうに、目を細めて見る。
「変わっていないね。椎野君はのんのことになると、いつも必死だよね」
乃ノ美からおしぼりを受け取ったヒカリは、顔をごしごしと拭き出す。
「いつもそうだった。三階の窓から乃ノ美のことを追いかけていたのよね」
「え? それは違うでしょ。ピカは世梨花を撮っていたのよ」
「あら? のんって、椎野君が撮っていた写真を一度も見たことがないの?」
「うん」
乃ノ美は、ヒカリに目をやりながら頷く。
明らかに目を逸らされ、戸惑う。
「一年の時だったよね。私もてっきり、自分が撮られているもんだと思って、椎野君を捕まえて言ったの。あなたが撮っている写真を見せなさいよって。中学の時からずっと、椎野君を気になっていたから、いいチャンスだと思ったのに、何よこれって思わず言っちゃったわよ。渋々見せてくれた写真、全部のんばかりだったのよ」
「嘘」
「嘘なんか言わないわよ」
「超ムカついたから、一枚だけ没収してやったんだから。それ、今でも実家の部屋に飾ってあるのよ。のんも見たことあるでしょ」
そう言われ、乃ノ美は世梨花の部屋を思い出す。
確かに机の上に、乃ノ美と世梨花が肩を組んで笑っている、写真が飾られているのを思い出した。体育祭か何かの写真だった。体操着姿で、どこから撮ったんだろうと思った気がする。
「椎野君、のんが撮りたくて、広報委員に立候補したんだって。もうそれを聞かされたら、身を引くしかなかったわよ」
小声で、乃ノ美はそうなのとヒカリに訊くが、目を逸らして答えてもらえなかった。
「ずっと、のんが羨ましかった」
「世梨花が、私を?」
「そうよ。いつもピカ、ピカって、椎野君と楽しそうにしていたじゃない。身を引いたと言っても、やっぱりね、複雑よ。卒業しても変わらなくてさ。、のんの為ならどんな時でも駆けつけちゃってさ。だから少し、意地悪してやろうと思って登山に誘ったのよ。絶対、のんの誘いなら椎野君も来ると思ったから」
世梨花はコーヒーを飲み干し、ため息を漏らす。
「私も、そんな人が欲しかった」
「妹尾さんがいたじゃない?」
「瑞樹か」
そう言うと、世梨花は目線をテーブルに落とし黙りこむ。




