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第四章 疑惑②

 衝撃的なニュースは日を追うごとに大きさを増し、それに合わせたようにヒカリの不審な行動が目立ちだす。

 頻繁に入る残業と休日出勤。乃ノ美が知っている限り、ヒカリが務めている会社はさほど忙しくないはず。不審に思い問い質しても、渋々返された理由は、結婚資金を早く貯めたいから、無理言って仕事させてもらっている。そんな言い訳をすんなり信じるほどバカではない。

 自分でも呆れてしまうが、一度抱いてしまった疑念は、乃ノ美を大胆にさせていく。風呂に入っている隙を狙い、上着のポケットを探り、携帯を検索をする。きれいにされている履歴にますます疑心を募らせる。


 ――ひと月が過ぎても、亮子の消息は分からずにいた。


 本格的な夏の日差しが照りつけるようになった七月の下旬、ヒカリが出張だと言って、家を一週間留守にすると言い出され、乃ノ美の脳裏にチラリと嫌な考えが過る。

 乃ノ美には、ヒカリを繋ぎ止めて行く自信など、何一つない。時折、ヒカリから薫るものを、だいぶ前から気が付いていた。最近になって、頻繁に引き出される預金。それが何に使われているのか咎める勇気が出せずにいた。このまま別の人を選ばれても仕方ないこと。自分が散々してきたことをよく知っている。複雑な思いのまま、ヒカリを送り出した乃ノ美は、一人ため息を吐く。

 足に残る傷跡を見るたび、妹尾のことを思い知らされてしまうのだ。

 

 着信音に気が付いた乃ノ美は、顔を顰める。

 妹尾の名が表示されたその携帯を取り、簡単に身支度を済ませ部屋を出る。

 亮子が失踪してから、乃ノ美は頻繁に妹尾から呼び出されている。

 

 周囲に気を遣いながら、瑞樹が待つ部屋と入って行く。

 妹尾がソファーに座り、ブランデーを傾けているところだった。

 「妹尾さん」

 ガウンを着ただけの瑞樹が、微笑む。

 「こんなの良くないわ」

 乃ノ美にそう言われ、瑞樹は悲しい目で見つめるだけだった。

 そっと抱き寄せ、そんな瑞樹の頭を撫でる。


 風がレースのカーテンを揺らす。

 一滴の涙が、瑞樹の頬を流れ落ちる。

 終わらせなくてはいけない関係。分かっていても、どうしても切り離せずにいる。乃ノ美の心を痛ます。

 

 「姫宮さん、少しお話が」

 一颯にそう声を掛けられた乃ノ美は、瑞樹に目線を合わすように屈む。

 不安の色濃くする瑞樹が手を強く握る。それに答える様に乃ノ美は優しく微笑みかける。

 「姫宮さん」

 もう一度呼ばれ、すぐ戻ることを約束して出て行く乃ノ美を、瑞樹は声を張り裂けんばかりに引き留める。


 背中越しにその声を聞きながら、乃ノ美は耳を塞ぐ。

 

 何がそうさせてしまったのか、分らない。その要因の一部分が自分であるとしたらと思うと、胸が苦しくなる。


 凛とした一颯が、一度振り返り、すぐに踵を返し前を歩いて行く。

 

 ヒカリを責める資格など、自分にはない。例え、世梨花と密会していたとしても。


 階下にある部屋のドアを開け待ち構える一颯の元へ、乃ノ美は足を速める。


 すべて自分がまいた種である。

 

 覚悟を決めた乃ノ美が先に通され、ドアが閉まる。


 


 

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