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第三章 慕情⑥

 生死の境をさまよう、乃ノ美の傍らをひと時も離れずにいるヒカリの元へ、世梨花がやって来る。

 「すべて、わたしのせいね」

 徐に顔を上げるヒカリを見て、世梨花は力なく微笑む。

 「今日、瑞樹さんと会って来るわ」

 「やっぱり、婚約は解消するのか?」

 「仕方がないわ。もともと無理があったのよ。こうなるのは、きっと時間の問題だったの。それに私、あの人には相応しくないでしょ」

 泣きそうな顔で微笑む世梨花を、ヒカリは目を大きくする。

 「それは……」

 世梨花は静かに首を横に振った。

 「全部、私がまいた種ですもの。自分で刈らなくちゃ。のんにも悪いことしちゃった。あの子、自分のこと知らな過ぎよ。生きて、生きて欲しい」

 「あいつなら大丈夫だ」

 「椎野君が言うんだから、信じてよさそうね。ずっとのんのこと、見てきたんですものね」

 「ああ」

 涙声になるヒカリの肩にそっと手を置いた世梨花は、じゃあねと囁く。


 そして、そのまま世梨花は、みんなの前から姿を消してしまう。


 乃ノ美は数日後、瑞樹の婚約破棄のニュースが小さな記事を、病院のベッドの上で見つけ、口を手で覆う。


 ヒカリは日を置かず、毎日顔を見せている。

 笑ってしまうほど無言でいる二人に、同室の患者が冷やかしを入れるが、なかなか素直に笑い合えないでいた。

 

 退院間近の日、ヒカリと入れ違いに亮子が姿を見せる。

 しばしの沈黙が続き、黄昏に染まる窓を二人で眺めていた。

 「……私、瑞樹と結婚するの」

 疲れた笑みで言う亮子を、乃ノ美は見つめ返す。

 「瑞樹とあの母親、血が繋がっていないのよね。信じられる。高校生の瑞樹を抱くなんて。もう関係はないって言っているけど、どうだか」

 「それでいいの?」

 「だってしょうがないじゃない。好きになってしまったんですもの。バカだって分かっている。でもあの人じゃなきゃ駄目なの」

 乃ノ美は静かに微笑んで見せた。


 ――豪華すぎる瑞樹と亮子の結婚披露宴の帰り道、乃ノ美の隣にヒカリが歩いていた。

 「やっぱり、お金持ちは違うわね」

 二人は複雑な思いだった。本来なら、亮子の席には世梨花がいたはず。まるで何もなかった様に、幸せと涙する亮子を乃ノ美は心から祝福してやる気にはなれなかった。

 足を引きずるように歩く乃ノ美を気遣うように、ヒカリの手が腰へと伸びて来る。

 「なぁ、あんな風な挙式とか出来ないけど、俺、金貯めるから、来年あたり、俺らの愛をみんなに見せびらかしてやらないか」

 驚いた乃ノ美が足を止め、ヒカリを見る。

 顔が真っ赤になったヒカリが照れ臭そうに笑うのを見て、乃ノ美は素直に頷く。

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