第三章 慕情③
チャイムを鳴らした乃ノ美は、顔を顰めながらドアノブに手を掛ける。
小さな音をたて開いた扉をそっと押し、中へ入って行く。
「亮子、居るんでしょ。ちょっと、人を呼びだして、寝ているんじゃないでしょうね」
恐る恐る部屋へと向かった乃ノ美は、全裸で尋常じゃない様子の亮子を見つけ呆然となる。
「亮子、何をしているの?」
乃ノ美は亮子からナイフを奪い、脱ぎ捨ててあった上着を掛け抱きしめる。
「何って、何もしていないわ。放して」
放心状態の亮子は乃ノ美の手を払うと、転がっているワインを瓶ごと煽ぎ飲む。
「もうよしなよ」
乃ノ美にワインを取り上げられた亮子が、乱れた髪の隙間から睨みつける。
冷ややかな目線に、乃ノ美は寒気を覚えるほどだった。
「あんた、あいつと寝たの?」
「なっ、何よ急にそんなの、亮子には関係ないでしょ」
「私は、中学生だった。遊びで抱かれたの」
何を言っているの?
「それでも、私は良かった。瑞樹、私の家庭教師だったの。私も好きだったし、嘘でも一生大事にしてくれるって、言ってくれたし本当に優しかったから」
亮子は乃ノ美の手を、自分の胸に押し当てさせる。
「この胸もこの髪もこの唇も、瑞樹は愛しているって言ってくれたの。だから私はあの女に負けないくらい綺麗になろうって、努力した。なのに何? 世梨花なんて、どこがいいの? それだけで飽き足らずに今度はあんたって、ふざけないでよ」
床に落ちているナイフを拾い上げる亮子に、乃ノ美は怯えるように後退る。
「亮子……」
冷ややかな笑みで立ち上がった亮子が、じりじりと乃ノ美に近づいて来ている時だった、玄関チャイムが鳴らされ、ドアが開く音がした。
亮子はナイフを持ったまま、ふらりと寝室に姿を消し、代わりに藤原伸児が部屋へと入って来る。
「あれ亮子は」
乃ノ美は震える指で寝室を指す。
「早く、亮子、死ぬ気よ」
「亮子が」
藤原は寝室へと、飛び込んで行く。
亮子と藤原の揉み合う声がしばらく続き、乃ノ美は恐ろしさでその場から逃げ帰って来てしまう。




