第二章 記憶⑤
戻って来ない二人の噂で持ちきりになった会場の隅、乃ノ美はつまらなそうにその様子を眺めていた。
「どうしたの一人で」
その声に乃ノ美は、手にしていたジュースを溢してしまうほど驚いてしまう。
「ごめんごめん。脅す気はなかったんだ。丁度仕事でこのホテルに来ていたものだから、少し世梨花のことが気になって、こっそり様子を見ようと思ったんだけど、どこへいったんだろう?」
予期せぬ瑞樹の登場に、乃ノ美は対応に困る。
ジュースが掛かってしまったスカートを忙しく拭く乃ノ美を、不審がるように瑞樹が顔を覗き込んだ。
「乃ノ美ちゃん?」
「ああ、そうですね。さっき気分が悪くなったとか言って、出て行ったみたいだけど」
「トイレにでも、行ったのかな?」
乃ノ美は会場を見まわす瑞樹のことを、思わず見つめてしまう。
「女々しい男だと、思っているんだろ」
目線を合わさずに言う瑞樹に、慌てて乃ノ美は訂正の言葉を述べ、視線を外す。
「まだ信じられないんだ。世梨花の記憶から僕の存在が消えてしまったこと。本当なら今日、僕らはこの会場でたくさんの人に祝福されているはずだった」
「どうしたんですか? 瑞樹さんらしくもない。随分弱気ですね」
「実は」
「あら、瑞樹も来ていたの?」
亮子の声に、瑞樹は顔を強張らせる。
「瑞樹って……」
「のんには言っていなかったかしら、ウチの父が彼の父親と古くからの知り合いでね、いわば幼馴染というか」
「じゃあ俺はこれで」
意味深な笑みを浮かべる亮子に背を向け、瑞樹は話を断ち切るかのように退出してしまう。
「どういうこと?」
「もう察しがついているんでしょ?」
亮子の探るような大きな瞳から目を逸らさずに、静かに微笑む。それだけで十分効果はある。悪心に満ちた乃ノ美は、世梨花が心配だからと言ってその場を離れる。
このまま、すべて壊れてしまえばいい。どいつもこいつも嫌い。
タイトスーツに身を包み、ピンヒールを鮮やかに操る小憎らしいほど綺麗な亮子の気高さも、世梨花のあどけない笑みもだ。
乃ノ美は、無意識に瑞樹の姿を求め歩いていた。
「瑞樹さん」
「乃ノ美ちゃん?」
振り返る瑞樹の胸に、乃ノ美は飛び込んでいた。
動揺しきった瑞樹の瞳が揺れる。
遠くで置かれた視線を意識した乃ノ美は、一瞬生まれた躊躇いを吹き飛ばすかのように、次の行動に移る。
自分の鼓動で、気がどうにかなりそうだった。
ヒカリの顔がチラつく中、夢中で瑞樹に縋っていた。




