よく見える目が欲しいの
初投稿です。
ホラー要素はほとんどありませんが、どうしても苦手な方はここで引き返してください。
拙作ですが、よろしくお願いします!
古ぼけたマンションの一室で俺は一人暮らしをしている。
いまから百年以上前、21世紀序盤に建てられたある意味歴史的なマンションで当時としては最新鋭の技術を詰め込んだ建物だったらしい。いまではただのボロマンションだが。
そんな俺だが、ある日、祖母の遺品整理をしているときに押入れの中で随分と古い日本人形を見つけた。
ガラスケースに入れられていたためか汚れや傷などは全くといっていい程なく、ガラスが埃でくすんでいることだけがその人形が古いものだということを物語っていた。
そして、埃を雑巾で拭っているとケースの裏にはよくわからないお札が貼り付けられているのに気が付いた。
しかし、そのとき俺は、祖母は迷信なんかをよく信じる人だったからだろうと、そのことについてほとんど気に留めていなかった。
そんなことよりも人形の方に目が行っていたからだ。
艶のある真っ黒な髪に、まるで本物のような瑞々しさのあるとてもガラスだとは思えない双眸。妖艶な美しさ、と言えばいいのだろうか。妖しさや不気味さの中にしっかりと共存している艶っぽさと美しさ。その身に纏う深紅の和服もとても似合っている。
俺はこのとき、この人形に一目惚れをしてしまった。
その後、人形をマンションまで持ち帰った俺は、ケースに入れたまま本棚に並べることにした。
ーーーー邪魔だったお札をきちんと剥がしてから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま〜、瑞希。今日もしっかりと働いてきたよ〜」
その日から俺は人形に【瑞希】と名付けて話しかけるようになった。
いくらテレビ電話が普及しはじめたからといって、話す相手がいなければ意味がないし、会話機能のついた家政婦アンドロイドは少々値が張る。まぁ、もう少しで買えるところまで貯めてあったのだが、しばらくは必要ないから貯金しておこうと思う。
とにかく、店のほとんども無人化し、仕事も会議以外はほとんど個別で行われるようになった現在、彼女も友人もいない俺の唯一の話し相手なのだ。
ちなみに名前は、ネットを参考に昔風の名前をつけてみた。
「……あれ? そういえば、俺、ガラスケースから出しっぱなしにしちゃってたっけ?」
確か今朝は仕事にいく前にケースから出して頭を撫でてサラサラとした髪の毛の感触に浸り、たっぷりと愛でたあとにケースに戻したと思ったんだけど……うっかりケースの前に出しっぱなしにしてしまったようだ。
「ごめんな。次からはちゃんと気をつけるからね? あ、そうだ。お詫びってわけじゃないんだけど、新しい洋服を買ってきたよ?」
拗ねてしまった恋人を宥めるとしたらこんな感じだろうかと思いつつ、仕事カバンの近くに置いた紙袋から小さなヘアピンを取り出す。
本来はフィギュア用なのだが、大きさ的に問題ないだろうということで瑞希用に仕事帰りに買ってきたのだ。
「ーーーうん。よく似合ってる」
出会ったときの深紅の着物は似合っているから今のところ変えるつもりはないが、瑞希としては新しい服が欲しいところかもしれない。
「明日は仕事休みだから、新しい服を買いに行こうか? 瑞希に似合うものが見つかるといいね」
ヘアピンに纏められた指通りのいい髪をひと撫でしてから、瑞希をケースの中に戻した。
「さて、それじゃあ俺も寝るかな。おやすみ〜、瑞希。明日は一緒に出かけようね」
明日という日に希望を抱いて、俺は部屋の明かりを消してベッドに向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カタ……
カタ……
キィ…………
夢と現実の狭間。どちらともつかない意識の遠くの方で、何か物音が聞こえた。
硬質なものがぶつかり合うような音と、扉が小さく開くような音だ。
「ヘアピン、ありがとう。……次は、真っ白なドレスが欲しいの」
温度も抑揚もない、無機質な声がした。
あぁ、きっと瑞希が喜んでくれていたらいいなぁとか、何が似合うかなぁとか考えていたからこんな夢を見たんだなぁ。
よし、それじゃあ明日はドレスを中心に探そう。
真っ白なドレスというとやっぱりウェディングドレスだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「次は指輪が欲しいの」
「今度は寝間着が欲しいの」
「次は寝巻きに合わせる靴下が欲しいの」
「前がよく見えないから、メガネが欲しいの」
夢の中での瑞希との会話はそれからも続いた。
ドレスや寝間着、Tシャツから小さなアクセサリーに至るまでいろいろなものを買った。
そんなに高いものでもないし、もともと貯金があったからご希望のものは全て揃えた。俺の夢の中での話だが、心なしか瑞希も喜んでくれているような気がした。
「……あのメガネ、かけても全然見えるようにならなかった。だから今度はーーーー
ーーーよく見える目が欲しいの」
スゥと、体が冷えるのを感じて慌てて目を開ける。すると、そこに映ったのは、真っ赤な着物を着た出会ったときのままの姿の瑞希がいた。
唯一違うことといえば、その両手でしっかりと握られた先の尖ったスイカ用のスプーンだった。
アナタノ目、チョウダイ?
人形の動くはずのない口がそう動いた。
あまりのことに、意識が停止したのもほんの一瞬。俺はすぐに大声を上げーーー
「うぉぉぉおおおお! 瑞希が動いたぁぁぁあ! そして喋ったぁぁぁあああ!」
ーーー大声をあげるどころか、そのまま飛び起きて瑞希を抱きしめる。俺と瑞希の間に挟まれたスプーンが少し痛いが、いまは全く気にならない。
先ほどのは恐怖による絶叫や悲鳴ではなく、狂喜による叫びだ。
「………うぐ。目、チョウダイ?」
俺の胸の中で苦しそうにしながらもいつもの我儘をしてくる瑞希。
そうかぁ。
いままで夢だと思ってたのは夢じゃなかったんだなぁ。
いや、瑞希がが動いて更に喋るだなんて、俺にとっては夢だったが。
「うん、そうだな! それじゃあ、明日は病院に行こう! 老化して視力が落ちたときのためのストックがあるんだ。……あ、でも移植ってどうすればいいの? 人間と同んなじ感じ? そもそも、俺のやつを移植して拒絶反応とか起こらない?」
近代医学の進歩によって、小さなうちに細胞を摂取しておいて、それを培養して様々なパーツのストックを作る技術が確立されている。
まぁ、脳なんてものは流石にないが、心臓や肝臓などの臓器から歯や眼球もある。
「……………ぇ?」
「だから、移植の方法ってどうすればいいの?」
「たぶん、こう、えっと……私のを外して、そこに入れれば見える……はず」
「……いやいやいや、原始的すぎるでしょ。視神経とかどうやって繋ぐの?」
「…………私に聞かれても困る。でもたぶん、大丈夫」
「う〜ん。まぁ、こうして話していること自体がかなり非現実的だからね〜。それじゃあ明日、病院に行って試してみようか」
「………うん」
「よっし、じゃあそういうことで。あ、他に何か欲しいものある? 折角、病院まで行くんだしついでに欲しいものとかあれば」
「いまは、特に……」
「そう? じゃあ何か思いついたら教えてね? 」
「わかった」
俺の言葉に素直に頷く瑞希。
まるで武器みたいなサイズ感のスプーンを両手に持ったその姿は、漫画の中の妖精がそのまま飛び出してきたみたいだ。
大人びた容姿に反して、この娘の言動は子供っぽくてそこがまた可愛い。
「どうする、もう一緒に一眠りする? それとも朝まで一緒に何かする?」
「……えっと」
「あっ、いままで立ったままであんなガラスケースの中で寝かせちゃってごめんね? これからは同んなじベッドで寝ようか?」
「え、あ、うん」
「それで、寝る? 遊ぶ?」
「……じ、じゃあ、遊ぶ」
「よし! それじゃあ遊か! 何がいい?」
「……人生ゲーム」
二人で遊ぶときにその選択。
ちょっぴり天然なところもあるようだ。
……ますますタイプじゃないか。
「よ〜し、可愛いなぁ瑞希は。ちょっと待ってろ? すぐ用意するからな」
「あ、ありがとう……」
こうして、俺と瑞希の奇妙な生活が始まったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺の隣を黒髪の和風美人が歩く。
背丈は俺よりも少し低いくらいで、本人が好きではないから問題ないがハイヒールを履かれたら俺の方が低くなってしまう。
今日は俺と瑞希が出会ってからちょうど2年の記念日だ。
あれから、瑞希は人間の体も手に入れた。完全にゼロから作り出された人造人間体である。本来は遺伝子に何らかの異常があった人のために開発されたのだが、思わぬところで役に立った。
高かった。
すごく高かった。
すごく高かったが、それだけの価値は十分にあったと思う。
隣を見ると初めの頃よりも表情豊かになった瑞希が陽だまりのような笑顔を返しながら、繋いでいる手をギュッと強く握った。
「ねぇ、瑞希。何か欲しいものはある?」
「………じ、じゃあ。そのーーー
ーーー今度は子供が欲しい」
きめ細やかな頬を染めて、恥ずかしそう笑ながら彼女はそう口にした。
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