金曜の帰り路
「今時、霊能者なんて商売は流行んないって。廃業しなよ」
「んな殺生な!」
少女の冷徹な一言に、横を歩いていた青年は小さく叫んだ。その声は夕焼けに届くこともなく消えていく。
「霊能とか言ったって、幽霊やら何やらの存在を証明できるわけでもないし。傍から見たらただのペテンよ」
「いやしかし、僕には見えるし……」
「世界は認識からできているとか、認識されていないものは存在しないのと同義とか、そんなことを人類学の先生が言ってた気がするわ。うろ覚えだし誰が言い出したことか忘れたけど」
「授業聞いてるの?」
「暇な時だけね」
二人が歩く道は、青年にとっては帰り道――正確には大学から駅までの経路である。少女は特に目的地がある訳でもないのだが、青年に合わせて歩みを進めている。
「ペテン師は口が上手くないとやってけないけど、あなたの喋りつまんないし」
「うぐ……」
「客寄せできるほど顔も良くないし」
「ぬうう……」
「あと料理できないし」
「それは関係ないよね」
素早いツッコミに、少女は満足げにくすくすと笑う。
「今の会話の流れとか先週もあったから、展開が楽に想像できたよ」
「想像力は辛うじて合格点あげてもいいかも」
少女は右の手でOKサインを作ると見せかけて、人差し指と親指の合わさるその直前で動きを止めた。
「まあでも実際、本職にしようなんて思わない方がいいよ。今みたいに、空き時間にバイト感覚でやるならともかく」
「ううん、でもね」
何だかんだと言われても、青年はなお歯切れが悪い。
「就職できない程成績悪いわけじゃないでしょ?」
「……まあ最近は遅刻連発で、内心ヤバいかと思ってるんだけど」
「うっ……就職難民……辿り着く先はフリーター……ご愁傷様です」
「いやいやいや気が早いでしょ。もっとヤバい人いるって」
「下を見るのは、上を見る以上にキリが無いと思うの」
赤信号に止められるのと同じタイミングで、少女はわざと冷ややかな目を作って、青年をじっと見つめる。やがて青年が小さく唸って黙り込むと、また小さく噴き出した。
「学校生活大丈夫なの?」
「まあそれなりにやってるよ。心配しないで」
「遅刻連発じゃ心配になるわ。段々遅刻が欠席にすり替わっていくパターン」
「頑張る、頑張るから!」
必死に手を振る青年に繰り返し笑い続けた少女は、それでも次第に顔付きを落ち着けていく。
「やっぱあなたと喋るのは面白くないなぁ」
「そりゃすいませんね」
「霊能力なんて、やっぱ止めるべきだと思うよ」
再三、主張する。それを見ていた青年は、青信号になっても立ち止まったまま、少しだけ顔を綻ばせて、
「心配しないでよ」
語りかける。
「僕は僕なりに、ちゃんと生き方を考えてるから。心配しなくても、大丈夫」
消え入りそうに、しかし確かに生まれた言葉が、風の中で響く。少女は、同じように少しだけ顔を綻ばせて、その中でほんの僅か、涙を浮かべてみせた。
「やっぱあなたと喋るのは面白くないなぁ」
「それさっきも聞いた」
青年にとっての目的地である駅に着いたのは、もう夕焼けも暗闇に変わろうかという頃だった。
「来週からはもう喋らない」
「それも毎回聞いてる」
「今度は本気だからね」
「……それも毎回聞いてる」
苦笑するばかりの青年は、ゆったりと手を上げる。
「また今度」
別れの言葉に少女は応じない。ただ、上がった手を見据えるだけ。
大した躊躇いも無しに、青年は改札へと向かう。
彼には確信があった。
何だかんだと言いつつ、来週の同じ曜日・同じ時刻になれば、また一緒に歩いてくれるのだと。心配したり、悪口を言ったり、そんなことをしながら、同じように接し続けてくれるのだと。
それが良いことなのか、悪いことなのか、判断はできないが。
彼は、幸せだった。
「いい加減、一人立ちしなきゃなあ。あいつも、私も」
少女は一人来た道を折り返していく。呟きは誰の耳にも届かない。
少女も確信していた。どんなことを言ったって、彼は昔と同じように、ひたすら付き合ってくれる。事故の直後はもっと酷いことも言ってた気がするが、その時だってめげなかった。
彼を思うなら――まだ元気にしている彼の事を思うなら、それは良くないことなのだと、信じているのだけど。
少女にとって、それは嬉しくないとは言い難かった。
少女は住処に帰り着く。大学前の交差点、その脇の石の上。
青年が持ってきてくれた花は、夜に包まれたって綺麗だった。
初夏の夜風の中で、少女の姿は薄闇に呑まれていく。
涙も微笑みも、そこには残らなかった。
ひたすら無駄なくシンプルに、というのを念頭に置いて書いた作品です。結果として、描写とか大分薄めに、会話中心になりました。自分史上最短。
大学の講義中にこっそり書いた結果、なんか大学色が強くなりました。
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