1-6
「ナインに……神に見放された……」ぶつぶつとこぼす。「俺には生きている価値なんてない。生きている意味なんてない」
彼は私の方を向き、殺意がすっかり消えてしまった虚ろな目で剣を首にあてる。
「それだけは……!」
止めようとするが、身体が上手く動かない。
「団長を止めろ!」
全力で叫ぶ。団員が走り出す。でも間に合わなかった。
鮮血が私の顔に飛び散る。言葉が出てこない。目の前でイーニアスが剣を落とし、膝から崩れ落ちる。全てがゆっくりに見えて、時間が止まったようだった。
団員が叫びながら彼に駆け寄り、もう一人が私の下に来る。
だが、あまりにも衝撃的な場面に、私はそこで気を失った。大雨の音が雑音のように私の耳にこびり付いていた。
意識を取り戻したのは、あの日から三日後の事。
私とイーニアスは治療室に運び込まれたらしいが、残念な事に、その時には既に彼は息をしていなかったそうだ。蘇生措置も行ったが、彼が息を吹き返す事はなかった。
この事件は内密に処理され、イーニアスは病気により退職したという扱いとなった。皮肉な事に私は団長に昇格。彼の跡を引き継いだ。
イーニアスの死後、ナインは一度も現れなかった。黒の仔猫を見かけたという情報もなく、事件を知る私達は夢でも見ていたのかと思った。
だが、死者が出ている辺り、そう簡単に片付けるわけにもいかない。私は上に訴えたが、すっかり気味悪がってしまい、深入りしないよう念入りに命令を受けた。
命令されては手も足も出ないので、私はなるべく触れないように努めた。他の団員達も、新入りの者には何も言わなかった。イーニアスについて聞かれても、彼は病気という事以外は口にしない。時には強く質問してくる者もいたが、半分脅しのようにして口を閉じるよう言う事もあった。
事件から一年。
私は団長の職務をこなせるようになり、いつもと同じく城下町を見回っていた。
昼間だったので人も多く、その間を縫うように歩いていたところ、ある会話が私の耳に届いた。
「隣のエドワード王子が、精神をおかしくしたらしいのよ」
慌てて私は、それを口にしていた年配の女性に話しかける。
「それは本当ですか?」
「あら、ユアン団長。いつもご苦労様です。ええ、そうみたいですよ。何やら猫を拾ってから変になったとか……」
私の背筋に悪寒が走った。
END