summer memory
俺がその子と出会ったのは新学期が始まって、少しあとぐらいの頃だった。
高校3年で受験生ということで入っていた個人指導系の塾に彼女が入塾してきたのである。
個人指導といってもツーマンセルで受けることが多く、俺は同時期に入塾した一個上の浪人生の先輩と親しくなっていた。
なので普段はその子と関わることもなかったのだが、夏休みの夏期講習で偶然横に座った時のこと、その子が筆箱を忘れてきたらしいのでシャーペンを貸したことから物語は始まる。
「先生すいません、筆箱忘れてきちゃって…シャーペンと消しゴムあったら借りれませんか?」
「あー、ごめん。僕はボールペンしかないね。朱乃君、予備持ってたら貸してくあげてくれないか?」
朱乃と言うのは俺の名字だ。朱乃蒼という一風変わった名字なのである。
「んじゃ、これとこれ使いなよ」
と言ってシャーペン一本と消しゴムを渡した。
女の子は律儀そうに「ありがとうございます」と言ってきたから適当に返してそのまま勉強し始めた。
先生と女の子の会話を聞いてるとその子の名字は「神峰」で中3のようだった。
授業が終わり、お腹も減ったのでお疲れーっすと言って塾を出て帰ろうとすると、神峰さんが慌てて出てきた。
「あの、これ、ありがとうございました」
と言ってシャーペンと消しゴムを渡してきた。貸した事すら忘れてた。
「ああ、いいよそんなの。困ったときはお互い様ってことで」
「えと、神峰鈴香と申します。」
なぜか急に名乗られた。とりあえず
「俺は朱乃蒼、よろしくね」
そう言うと神峰さんは笑顔で
「朱乃先輩、また明日」
と言って帰って行った。
その夜
『それ、蒼に気があるんじゃないの?』
友達にLINEで今日のことを話すとそう言われた。
『いやいやねーだろwだって話したの今日が初めてだぞ?』
『一目惚れとか?』
『そんなに顔面偏差値高いと思うか?』
『…』
『なんか言えよコラ』
『いや、おう、わりぃ…』
『わざとらしいぞw余計嫌になるからやめろ』
『www』
『蓮弥はいいよなーwwなんて言ったってイケメソだもんなーww』
『あー、はいはいうざいうざい で、結局あれか?女の子に関わったよっていう悲しい自慢か?』
『ちげぇよ!今どきの子にしては礼儀正しいなーって思っただけだよ』
『まぁ、そんなもんなんじゃね?確かに珍しい気もするけど歳上だから気ィ使われただけだと思うがな』
『あー、なるほど、歳上だからかー、そういう発想はなかった さすが顔面偏差値高い人は詳しいですねー』
『じゃあな』
『わ、ごめんごめん!』
その日はそれ以降既読がつかなかった…
その次の日から、塾で会う度に軽く挨拶ぐらいするようになった。
「朱乃ってあの子と知り合いなの?」
ある日、塾が終わったあとに浪人生の平野さんと立ち話していると、そう聞いてきた。
「んー、いや、そういう訳でもないっすかねぇ」
「なんか親しげだと思うんだけど」
「そう見えます?挨拶ぐらいしかしないっすよ?」
「3つ下の特に関わりもない異性が挨拶して来るのは親しいと思うけどな。好意でもあるんじゃない?」
「アンタまでそれを言うんすか…それはないでしょー…あ、ところで…」
無理矢理話を切ってゲーム談義に移った。
…なんとなくこの話は苦手になっている自分に気づきながらも、その感情が何なのかはわからなかった。
八月に入ってすぐの日、昼から夕方まで講習があり、終わったあとすぐ近くのゲーセンで遊んだ後に帰ろうとすると大雨が降ってきた。
塾までは家から自転車で五分程度の近さだが歩くのは面倒なので自転車を使っている。
塾の前に停めてゲームセンターで遊んでいたので自転車を取ろうと塾の入り口前を通ると、雨宿りをしているらしい神峰さんが立っていた。
「何してるの?」
と、意味もなく聞いた。
こっちに気づいた神峰さんは
「雨宿りです。入って入って!」
と、俺が濡れないようにと気をつかってくれた。
この場に来るまでに濡れたので対して変わらないのだが、それでも一応屋根の下に入った。
「塾、終わったの一コマ前ですよね?何してたんですか?」
ふと、そう聞いてきたので
「あー、そこのゲームセンターで遊んでた」
「ゲームセンターなんてあるんですか?」
「すぐそこの建物の3階にね。」
「へぇー…」
ちょっと興味ありそうだったから
「なんなら行ってみる?」
と聞くと
「行ってみたいです!」
と言われたので、パッと走ってゲームセンターに入った。
ここは小規模なのでクレーンゲームの類はない。
あるのは格ゲーやアーケードゲームばかりだ。
それでも物珍しそうにあれこれ見て、あれは何これは何と聞いてくるので、微笑ましかった。
しばらく雨が止む気配がなかったので、色々なゲームを楽しんだ。
始終楽しそうにしているので、言ってみてよかったかなと思う。
ちなみにほぼ奢った。かなり見栄張ったので財布が寒くなっている。
一時間ほどして、外に出てみると相変わらずの大雨だった。
スマホで天気予報を見ると夜まで続くらしい。
そのことを伝えると困ったふうな顔をした。
「ここから家まで歩いてどれくらいなの?」
「20分ぐらいです…」
っていうか雨降るの知ってたのに傘忘れるとはなんというドジっ娘…
「じゃ、うちまで来る?傘くらい貸してあげるけど…」
「いいんですか??」
「まぁ、それぐらいは。その代わりに俺の家まではチャリの後ろに乗ってもらうよ?」
「はい!大丈夫です!」
正直言うと雨の中で2ケツは結構怖いのだが、そうも言ってられない。
なんとか必死に漕いで家まで着いた。
親は夜勤なのだが今日は早くに出たらしい。家には誰もいなかった。
二人きりというのは意識しないようにしよう…と自分に言い聞かせた。
さすがに濡れたまま返すのは忍びないのでシャワーとジャージを貸すことにした。
「親に連絡しときなよ?」
と言うと、慌てて電話をかけ始めた。
「うん、うん、そう。」
と親の言葉に返してるのを聞いてると、電話を渡された。どうやら俺からも事情を話せということらしい。
「お電話変わりました朱乃と申します。はい…はい。あ、いえいえそんな別に」
向こうが丁寧にお礼を言ってくるので結構大変だった。
「はい…分かりました。では娘さんに変わりますね」
と言うと、神峰さんは2、3言話して電話を切った。
「じゃ、風呂がそこね。レバー捻ったらお湯出るから」
「何から何まですいません…ではお借りします」
そう言うと、彼女は洗面所に入っていった。
ふぅ…女の子が家に来るとか緊張するなぁ…とひとりごちた後、親に電話をしてみたが出なかった。
シャワーから上がってジャージを来た彼女は少し顔が上気していた。
「じゃ、帰る?」
「そうですね。え、と…道は…」
「ああ、送るからいいよ、頼まれたし。」
「ありがとうございます」
そんな風に返してそのまま家を出る。雨はまだまだ降っているが少しマシになっていた。
特に会話もなく薄暗くなった夜道を歩く。
一軒の家の前で立ち止まった。どうやら着いたらしい。
「んじゃ、またね」
と言って帰ろうとすると神峰さんに呼び止められた。
「いえ、お礼もしますから上がっていってください」
「あー、いや、別にいいから」
と断ろうとすると玄関のドアが空いて神峰さんのお母さんであろう人が出てきた。
「貴方が朱乃くん?」
「あっはい。初めまして、朱乃蒼です」
「ありがとねぇ…ささ、上がってらっしゃい」
とナチュラルに誘導されたので
「すんません…この後用事があって…」
と言うと
「まぁそうなの…じゃあまた日を見ていらしてね」
と言って折れてくれた。
「むー…」
と神峰さんが不服そうに言った。用事とかは別にないのがバレてるようだ。
「ジャージはいつ返してくれてもいいから」
と言うと、足早にその場を立ち去った。
『で、どう思う?』
その夜、相変わらず蓮弥に話していると
『知らん帰れリア充』
『もう少し他に言うことはねぇのか!』
『ない』
『つれないなー』
『自慢話は聞き飽きた それで?』
『ガード緩いのかなーって』
『三歳下とかロリコンじゃん』
『いや、そういうつもりはないんだが』
『黙れ変態ロリコンリア充野郎 呪ってやる
…まぁ、気ィ許してる感はあるかもな』
『おーい!もう少し詳しく!』
相変わらず一方的に言われて既読つかなくなった。
数日後、俺は神峰さんの家でお茶をすすっていた。
何故かと言うと、理由は数日前から暇な日はないかと聞かれ続けて根負けしたのである。
「今時の高校生にしては礼儀正しいわねぇ」
と、神峰さん母が言ってくるのは俺が正座してるからだろうか。
「あ、いえ全然そんなことはないですよ」
大人の前ではソツなくこなせるのは、親の教育の賜物である。
何度かお礼を言われたり世間話や志望校についてなどを話して、家を後にするとき
「先輩、LINE教えてください!」
「ん、あぁ、いいよ」
と言ってQRコードを出した。
彼女はそれを読み取ると、追加して挨拶してきた。
『ありがとうございますね!』
『こちらこそ、また明日』
と打ち込んでそのまま帰路についた。
その日の夜、神峰さんから連絡がきた。
『18日の夜は暇ですか?』
18日といえば四日後だ。急になんだろうと思いつつも
『講習はなかったと思う…まぁ塾で自習するつもりだけどね どしたの?』
と聞くと
『花火を見に行きませんか?』
と来た。その日はここらで一番規模の大きい花火大会がある日だった。
『花火って○川の?』
『そうですそうです。お暇でしたら、是非』
『うーん、まぁいいよ。でも俺とでいいの?』
と聞いた。友達と行ったりするもんじゃないだろうかと思ったのである。
『大丈夫ですー!それで時間は…』
と詳しい予定を決めた。
その後、蓮弥に連絡を取ると
『あのさ、』
『今度はなんだ』
『花火に誘われたんだけど』
と送ると既読がついてから返事がなく、しばらくするとUnicodeが送られてきた。連投するのでブロックしておいた。
…相談できる相手がいなくなったので、考えてみた。
『気ィ許してる感はあるかもな』
…その程度…だよな…?ただの塾の先輩後輩だし。
悩んでいるうちに眠りについた。
そこから花火の日まではお盆休みで塾がなかった。
三日間悩んでも結論は出なかった。
当日、昼頃にLINEが来た。
『16:30に×駅の改札前ですよ!忘れないでくださいね!』
と来てたので
『了解』
と返した。
それとは別に
『娘のことお願いね☆』
と神峰さん母からLINEが来てた。語尾は気にしないことにした。
16時15分、待ち合わせの場所に来ていた。
どうにか先に着いたらしい。しかし数分後に彼女は来た。なんと浴衣を着ていた。
「すいません遅れちゃって…」
「いや、まだ待ち合わせの時間まであるしね。別に遅れてないよ?」
と言うと安心したようだった。
電車の中は花火を見に行こうとしている人も大勢いた。
「…浴衣、似合ってるよ」
と不意に言うと、驚いたあとに笑顔で
「あ、ありがとうございます」
と言って照れたようだった。
…どうなんだろう?
会場はまだ時間があるというのにかなりの人が集まっていた。出店が多く出てるので食べたり遊んだりしながら時間を潰すつもりだろう。
俺らもそのつもりで早く来たのである。
綿菓子の店で立ち止まったので素早く買って渡してあげた。
「あ、お金…」
「いいっていいって、親から貰ったから」
今朝、親に女の子と花火を見に行くというと一番料金が高い紙幣を渡された。全部奢ってやれということだろう。
そんな紙幣だと邪魔になるので来る前に崩しておいた。
「今日は、誘ってくれたお礼に全部奢るよ」
と、なるだけ嫌味にならないように言ったのだが彼女は納得しそうになかったので、立ち止まった時はさっさと買うことにした。
恩着せがましいかもしれないが「奢らなかったら殺す」と親に念を押されている。
その後、食べたり遊んだりしたあとに花火が見やすい場所で見ることにした。
しばらくすると、花火が上がり始めた。
上がっては消え、また上がっていく。
「綺麗ですねー」
「そうだねー」
そんな、何気ない会話。
「神峰さん、あのさ、」
「はい?」
好きだよ と言う言葉は花火の音にかき消された。
「すいません、もう一回言ってもらってもいいですか?」
「ん、連れてきてくれてありがとね」
「こちらこそ、奢ってもらってすいません…」
「どうせ親の金だし」
と言って笑う。誤魔化したのは二度言う勇気がなかっただけである。
花火が終わって、人ごみを避けるためにしばらくボーッとしていた。
十数分後、人も減ったので帰ろうということになった。
「楽しかったです」
「こちらこそ、ありがとね」
「いえ、ところで先輩」
「ん、どしたの?」
「私も好きですよ、先輩のコト」
と、いたずらっぽく言われた。
俺の顔は花火みたいに赤く染まった。
Fin