S1 瞬間移動する女王のみつあみ。前編
S1 瞬間移動する女王の三つ編み。
「アナンと雪の女王っすよ知らないんすか。」
「なにそれ、AV?」
「たぶん直也さんの思ってるのと大分違うとおもいますよ。」
伸びきったカップ麺に箸を伸ばしながら近所に住む後輩の映画評論を話半分に聞いていた。七月の第二金曜日、どうにも蒸し暑い晩のことだ。
どうやら巷で話題の映画を観に行ってきたらしい、女の子と。映画評論と言っても内容にはさしたる言及はない、薄っぺらい事をだらだらと一方的に喋るだけだ。むしろこの万年女日照りの男には女の子と映画に行ったことの方が歌いながら氷山を溶かすという良くわからん映画の内容の一万倍は重要なのだろう。
「で、もうその歌?レットイットビー?それはいいよ。女の自慢したいだけだろ。」
「それはビートルズじゃないすかね。いいや、そんなことないっすけど木場ちゃんの話聞きたいんですか。」
別に聞きたくないという前に後輩は勝手に語り始めた、どうやら二人の出会いは夜の公園でくだんの女の子がブランコをこいでいるところに酔った勢いで後輩がナンパしたのが馴れ初めだとか。何でも女の子の方は彼氏に振られて放心状態で町内をさまよっているうちに公園にたどり着いたらしい。本人はどれだけ勇気を振り絞って声をかけたかとか、彼女との会話を合わせるためにどれだけ毎日アニメを見たか、とかを雄弁に語っていたがそもそもこんなド田舎の夜中の公園で一人でブランコ漕いでるような不気味な奴には声もかけたくねぇな、なんて話半分できいていた。
「つか、問題は顔だろ。顔。写メ見せろよ。」
後輩からスマホを没収しフォルダを物色する、様々なプレイ、シュチュエーション、女優ごとに綺麗にアダルトな動画が整理されている。その中に一つ、木場ちゃんと書いてあるフォルダを見つけタップする。
ロリコンを自称する後輩の趣味とは思えない綺麗系の女の子が写ったプリクラ画像が数点あるのみだった。身長は後輩と並んであまり変わらないところから160㎝半ばくらいだろうか。
やや面長な気がするがぱっちりとした目にショートカットの似合う、凛々しいという言葉がよく似合う、そんな印象の女の子だ。センスのかけらもない童貞野郎がこんな美少女とデートにこぎつけるとは、天変地異の前触れ、いや先日の台風はこの奇跡の代償だったのかもしれない。
「可愛いけどさ、ホントの話この娘いくらで買ったんだ。」
結局この後ものろけ話はヒートアップし続けさらには途中酒も入ったおかげで後輩を追い出すころには日付がかわっていた。まったく迷惑な奴だ。
明日は土曜日、仕事も無い少し酔っているのか気まぐれか近くのコンビニまで散歩してみることにした、片道せいぜい15分だ。街灯を三つ通り過ぎ、暗くなり、遠くに見える街灯を目指して歩く5分程歩くとさっきまで遠くに見えていた灯りの下に着いていた。ふと横を見てみると公園がある、おそらく後輩が木場ちゃんなる美少女と出会ったのもこの公園だろう。
もしかしたら俺も酔いがキているこの状態なら美少女との出会いがあるかもしれない、そんな馬鹿なことを考えながらふらりと公園に入ってみる。
大したことない公園だ、公園というより広場、の方が正しいのかもしれない。遊具は鉄棒と滑り台、そして話にあったブランコだけで後はグラウンドになっている。
フラッとグラウンドに足を入れて一歩、二歩、歩きながらはたと気づいたことがある。
音がするのだ。
キー。キー。キー。まるで誰かがブランコでもこいでいるような。
目を凝らしてブランコの方を見る。まだなにもみえない。
もう少し進んでみる。
すると暗闇の中にうっすらと浮き出てくるように四角い鉄の枠組みが見えた。
もう少し進んでみる。
すると確かにキーキー音をたてながらブランコは揺れているのだ。
好奇心が恐怖に打ち勝ったとき、俺はなんとなしに声をかけてみた。
「こんばんわ。」
返事がない。
もう少し近づいて恐る恐る声をかける。
「こんばんわ。」
ブランコをこいでいた主は悲鳴をあげてブランコから転げ落ちてしまった。
それと同時に俺の口からも情けない声が大音量でとびだした。そして暗闇に溶けそうなブランコの主の姿を確認する。
「も、もしかして、木場ちゃん、さん?」