川の向こうは恋愛ゲームな世界
クリスマス会当日、空は皮肉な位に晴れ渡り、どこまでも青く澄んでいた。
(場合によっちゃ、今日でこの世とおさらばか…まっ、どうせ一度死んだ身だしな)
十五年も生き延びれて、新しい家族や友人…そして大切な幼馴染みも出来たんだから愚痴を溢したらバチが当たるだろう。
父さんや母さん、姉ちゃんや朋子にはこっそりクリスマスプレゼントを贈っておいた。皆、出掛けているから、夜にならなきゃ気付かないと思う…十五年分の感謝と贖罪である。
(しかし、ハーレムってのは実際に見てみると気持ち悪いな)
薬鳴のハーレムは拡大し続け、伊庭先輩や海会長の他に高等部と中等部の女子半分以上が薬鳴ハーレムに入っていた。女子生徒に囲まれてにやけている薬鳴の顔は醜悪としか言い様がない。
「行ってきます…十五年間、ありがとうございました」
俺は誰もいない家に向かい深々と頭を下げ、二つ目の実家を後にした。幼い頃からの思い出が次々に蘇り、涙が止めどなく零れ落ちていく。
(俺はこんなにも、この世界の家族が大切だったんだ)
父の大きな背中、暖かいお袋の味、口煩いが優しい姉さん、甘えん坊な妹…新しい家族は掛け替えのない大切な温もりをくれた。
_____________
(おいおい、マジかよ…)
奇妙な違和感を感じたのは、展庭に渡る橋を越えてからだった。家を出た時に晴れていたのに、展庭に入った途端雪が降ってきたのだ。しかも、雪は不自然な位に丸く白い。
町中に入ると、更に違和感が増大した。車が気持ち悪い程、整然と動いてたのだ。まるでコンピューターで制御しているかの様な一糸乱れぬ動き。行き交う人々の顔は同じ表情のままぴくりとも動かない。その動きはロボットの様に規則的だ。
(まるでプログラムされた様な動きだな…川の向こうは恋愛ゲームな世界ってか)
確かに展庭はゲームみたいな世界だ。でも俺にとっては大切な人達が住む大事な町。ハーレムを作って悦に浸っている馬鹿にこれ以上汚させはしない。
________________
なんと言うか場違い感が半端ないです。パーティー会場は豪華絢爛としか言い様が無かった。部屋の中央には巨大なもみの木が置かれているし、会場に流れている音楽はオーケストラの生演奏だ。
(俺、絶対に浮いてるよな…スーツも似合ってねえし)
琴美が選んでくれたの茶色の起毛素材のスーツ。俺からしたら、かなりの高級品で着られてる感が凄い。しかし、パーティーの参加者が着ている服は、パッと見たでけでも超高級品だと分かる。下手に染みでもつけたら高額な請求をされれそうで、歩き方がぎこちなくなってしまう。
「蒲田様、ようこそおいてくださいました。さあ、こちらへどうぞ」
そんな不審者全開の俺を出向かれてくれたのはお嬢様モードの琴美。琴美はライトグリーンのドレスを着ており、不覚にも見惚れてしまった。ドレスの事は良く分からないが、琴美に似合っている事だけは分かる。
「まあ、琴美様をエスコートしてる男性が着ているスーツを見て下さい。琴美様のドレスと凄くお似合いですわ」
「まるで琴美様のドレスの為に仕立てれたスーツですわね。それに今日の琴美様、凄く嬉しそうですわ」
このスーツを選んだのは他ならぬ琴美だ。自分のドレスに似合うスーツを選ぶのは難しくないだろう。
「今日はお招きありがとうございます」
「さあ、私をあちらまでエスコートして下さいませんか?」
琴美の視線の先にあるのはVIP席。姫星一族の方々や政財界の重鎮が集まっている。
(無理だって。この会場だけでも、場違い感が半端ないんだぞ)
(あそこなら例の馬鹿集団も近付けないでしょ?お父様も茂を馬鹿避けに使いないって言ったし…来たわよ)
琴美の顔があからさまに歪む。その先にいたのは薬鳴とそのハーレムメンバー。それは小集団と言っても良い位の人数で、反吐が出る程気持ち悪い。
琴美にしてみれば招かざる客だろうけど、ハーレム集団の中には酒納先生、レビ姫、海会長、伊庭先輩、礼緒ちゃん、美厨さんと大勢の姫がいる。彼女達が連れて来たゲストとなると、琴美は追い返させないだろう。
(醜悪その物だな…うん?あいつ等、佐藤達に近付いていったぞ)
良く見ると薬鳴るは黄色い珠を持っている。
「蘭、メーリー・クリスマス。今日も可愛いね」
「僕は孝ちゃんと話してるの。あっち行って」
来部さんはそう言って薬鳴を一瞥すると、直ぐに佐藤との会話を再開した。
「まあ、いいさ。これでも孝ちゃんって言えるかな?」
薬鳴の珠が不気味に光ったかと思うと、突然来部さんが頭を抱えて踞った。
「やだ。僕の中に変な物が入ってくる。孝ちゃんが消えてく。やだよ、折角仲良くなれたのに…孝ちゃん?…薬鳴くん?」
来部さんの目は虚ろにになり、その顔からは表情も消えている。佐藤はそんな来部さんを背中で庇って、必死に守っていた。
「琴美、悪い。ちょっと、マナー違反してくるぜ」
あパーティーから追い出されても、あの馬鹿を止めなきゃいけない。
「茂、私が許すからとっちめてやりなさい」
主催者のお嬢様から、なんとも頼もしい言葉をもらいました。
「おい、そこのキモオタ。それ以上人の心を弄ぶんなら、ボコボコにすんぞ。泣かされる前にお家に帰りな」
「か、蒲田茂…お前がいなきゃ今頃完璧なハーレムを作れていたのに。僕を馬鹿にしたバツだ。琴美が変わる瞬間を、そこで見てろ」
薬鳴はそう言うと懐から白い珠を取り出して、大袈裟に掲げた。
次の瞬間、世界が暗転したかと思うと、そこら中にアルファベットと数字が溢れだし始めた。
(壁や床が文字になった?いや、人の体も文字になっている)
変わっていないのは俺と薬鳴と菊谷さんだけだ。
「にいに、にいに、怖いよ…僕の体が」
朋子の足も数字とアルファベットに変化していて、まともに立てなくなり座り込んでいる。俺はダッシュで朋子に近付くと、ギュッと抱きしめた。
「大丈夫だ。にいにがついてる。にいにが朋子を守ってやる…おい、クソ鳴、今度は何したんだ?」
既に朋子の顔の一部も文字に変わっている。
「知らない、僕はなにも知らない…おい、グレイトゴッド」
薬鳴の呼び掛けに応えたこかの様にいかにも神様と言った感じの杖を持った老人が現れた。会場の人々は固唾を飲んで老人を見つめている。
「これは…全ては蒲田茂お前が原因だ。神の裁きを喰らえっ。グレイトゴッドサンダー」
杖から雷が俺めがけて迸しる。そして俺の手前で綺麗に消えた。
「何が全ての原因は蒲田茂ですか?私の信者に攻撃をした罪、何より世界を好き勝手に弄んだ罪は重いぞ」
次に現れたのは俺をこの世界に喚んだ神様ロキ。その威厳はグレイトゴッドの何十倍もあり、人々は自然と跪いていた。
「う、うるさい儂はこの世界の神。偉大なるグレイトゴッドだぞ」
「創設の手を抜く者に神の資格はない…尤も、この世界の神は私ですがね」
全く、話についていけません。
「あの、ロキ様どう言う事ですか?」
「ちょっと待って下さい、この世界の住人と馬鹿神の時を止めます…世界を作るのは難しいんですよ。ベテランの神でも思い通りの世界は中々創れません。だから、そこの馬鹿はゲームの世界をコピーしたんですよ。でも、それじゃゲームに出てこない場所は再現できずに世界として形を成しません。だからゲームがある世界の住人を転生させ、その知識を元に世界を作ったんです。早い話が、ここは薬鳴秋と菊谷晴香の知識元にして作られた世界なんですよ」
まじかよ…でもゲームと同じ世界が存在する訳がない。
「それじゃ、このアルファベットや数字は?」
「言ったでしょう?ゲームの世界をコピーしたって…この世界を構成してりうのは元素でも分子でもありません。この世界を構成しているは、プログラムです。プログラムで構成された世界に魂を封じ込めて、楽して信仰心を集めよとうとしたんですよ」
神様がゲームをコピったのかよ。でも、薬鳴や菊谷さんが、このゲームに寄せる思いは強烈だ。凄い力になったと思う。
「でも、なんでおかしくなったんですか?」
十五年間は何の問題もなく生活出来ていた。
「人の知識やゲームを元にしてるから矛盾がうまれたんですよ。人の見た事のない深海は再現できませんし、元からなかった地形を強引に加えたから海流や気流にも矛盾が生じる。存在しない国や団体を作った事で歴史に齟齬が生じる。そんな中、人の心を強引に書き換え様とした馬鹿が現れたんです。プログラムに封じられているとは言え魂です。当然、反発します。ゲームのメインキャラとして産み出された彼女達の魂は協力です。そして矛盾に耐えられなくなった世界はどうなると思います?バグが起きたゲームと、同じく強制終了するんですよ」
強制終了?そうしたら一体どうなるんだ?
「あのこのまま強制終了したら、どうなるんですか?」
「ゲームと同じく最初からスタートになります。今までの事は全てリセット。元の作られたキャラに戻ります。人の都合の良いキャラにね」
川の向こうがゲームの世界になるのか…そして琴美達は第二、第三の薬鳴の玩具に。
「どうしたら、良いんですか?」
「ちょっと待って下さい、時を戻します…さて、皆さん残念なお知らせがあります。このままでは、この世界は滅びます。今、起こっている現象はその前触れ、でも安心して下さい。この場にいる転生者、蒲田茂・薬鳴秋・菊谷晴香が元の世界に戻れば滅亡を回避できます…お三方、どうしますか?」
迷うまでもない。俺の答えはただ一つ。
「行きます。俺が止めます」「嫌だ、リアルなんて糞だ」「折角、翔太君と恋人になれたのに」
薬鳴、糞みたいな現実でも生き抜かなきゃ駄目なんだよ。
「おい、シゲ‼お前、刺されてこの世界に来たんだろ?戻ったら死ぬぞ。そんなの認めらるか」
有詩が涙声で叫ぶ。
「バーカ、お前は白鳥さんを守る事だけ考えろ。それと会場いるボンボン共、外様のおじさんの生きざまを見とけ」
「にいに、行っちゃやだよ。にいにはずっと僕のにいにだよね」
朋子、ごめん。にいには元の世界に戻るんだ。
「朋子、甘えん坊を治さないと空さんに嫌わるぞ」
「茂、そんなのお姉ちゃん許さないわよ」
転生者と知っても姉ちゃんは、俺を叱ってくれた。
「姉ちゃん、父さんと母さんにありがとうって伝えて…貴方の弟に生まれて嬉しかったです」
一歩踏み出そうとしたら、誰かが抱き付いてきた。
「やだ。逃がさないんだから。茂、私の気持ちを奪ったままどこに行くのよ」
抱き付いてきたのは、琴美だった。
「琴美、俺お前の事が好きだ。俺なんかじゃ釣り合いが取れないかも知れないけど、お前を愛してる」
俺は琴美に口付けをする。永遠の様な一瞬を終えロキ様に一礼した。
「蒲田さん、もういいですか?」
「ええ、それじゃ、ちょくら刺されに行ってくら」
淡い光に包まれたかと思うと、脇腹に痛みが目の前が走り真っ暗になった。
(琴美、ごめんな……)
これで終わったら怒わります?更新頑張ります




