歪んだ世界
大きく動きます
学園祭の前日、補助役の仕事を終えて俺が部屋で寛いでいると家のチャイムが鳴った。
「蒲田さん、手紙ですー」
(わざわざ声を掛けるなんて今時珍しい郵便局員だな)
妙な違和感を覚えながらも、玄関を開けるとそこにいたの郵便局のマークが刺繍された真っ赤なスーツを着た男。良く良く見てると、俺をこの世界に連れて来た占い師である。
(真っ赤な服に郵便マーク。文字通り、ポストマンってか)
「お久しぶりですね…占い師から宅配業者に転職したんですか」
「占い師が手紙を届けたらいけないって法律なんてありましったけ?私は無償の善意で、この謝罪の手紙を届けに来たんですよ…雲知拓から預かってね」
その手紙は、筆でしたためており素人目に見ても達筆だと分かる。差出人の名前は雲知拓、俺が星空に転入する切っ掛けを作った張本人である。
「仏門に入って反省したから、許して下さいですか?反省して罪が許されんなら、牢屋や死刑台の必要がなくなりますね…ふざけんな、未遂とは言え朋子や琴理ちゃんは、こいつの所偽で心に深い傷を負ったんだぞ」
朋子達は何もされなっかたが、襲われた女性もいるそうだ。
「ええ、反省しようが償おうが、罪を犯した事実は消えません…でも、それが本人の意思ではなかったらどうでしょう」
本人の意思ではない…雲知は催眠術にでも掛けられていたとでも言ううんだろうか。弁護士の伝家の宝刀、心神喪失状態もある。罪を犯している時点で、まとまな精神状態と言えないと思うんだが。
「自分の意思かどうかなんて立証の仕様がありませんよ。第一、雲知本人が罪を認めているんですよ」
「もうお気付きだとは思いますが、私は他人と違う力を持っています。雲知拓が罪を犯したのが事実なら、雲知拓が第三者に操られていたのもまた事実なんですよ」
確かにこの占い師は不思議な力を持っている。何しろ俺を転生させたのだから。
「それが襲われた女性の慰めになるとでも」
「雲知拓は女性も襲っていませんよ…正確には、私が掛けた幻術の中では襲ってはいますけどね」
そう言えば志知勇会長が言っていた。雲知が虚空に向かって腰を振っていたと。
「誰が何の為に…」
占い師の言う事が事実なら、余りにも悪趣味過ぎる。
「それはまだ言えません。でも、一つだけお教えしましょう。この世界は幾つもの、矛盾を抱えています。世界自身が耐えられなくなる様な矛盾をね」
ふと、気付くと占い師は姿を消し、俺の手には雲知の手紙だけが残っていた。
手紙に書かれていたのは、自分が犯した罪への懺悔と被害者への贖罪の言葉。もし、占い師の言葉が事実だとするなら、雲知は犯していない罪で、苦しいでいる事になる。
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学園祭の主役は外様の生徒だったが、芸術発表会は将軍や姫を筆頭としたセレブ組が主役らしい。ましてや今年度は先生や中等部の生徒を入れると、将軍が五人おり姫に至っては9人もいる。
その結果、セレブ組の家族だけではなく関連企業の社員まで応援に駆け付けたらしい。お陰で学園はSPやガードマンで溢れ返り、サミット張りの物々しい雰囲気になっていた。
そうは言っても俺はただの外様。遠くからこっそり観覧し、見る物を見たらとっとと帰るつもりだった…。
「茂君、そんなにガチガチになっていたら、折角の演奏を楽しめないよ…まさか、緊張してるのかい」
隣に座っているイケメンが爽やか笑顔で話し掛けて来た。イケメンは、俺の前世での年収を軽く凌駕しそうなスーツを着ている。姫星志知勇、言わずと知れた姫星財閥の会長であり、琴美達の父親でもある。そんな大物セレブの隣にいるだけでも緊張するのに、周りをゴツいSPさんに囲まれてるから俺の緊張はマックスになっていた。
「馬の耳に念仏と言いますか、聞こえてくる音楽が高尚過ぎて緊張してしまうんですよ」
まさか目の前の本人が原因だとは口が裂けても言えない。今は学生と言え、前世では接客業に従事していたリーマンなのだ。
「君と話してると、なんだか成人男性と話してる気分になるよ…琴美が、姫星財閥のエージェントを使って、ある男性の事を調べていてね」
不味い、それは絶対にもう一人の俺の事だ。良く考えれば、財閥のエージェントが志知勇会長に報告しない訳がない。
「随分と勿体ぶった聞き方をしますね…どこまで、掴んでるうですか」
志知勇会長と俺と役者が違いすぎる。下手にしらばっくれるより、認める所は認めた方が安全だ。
「君と同じ顔をしたパン職人の蒲田茂と言う男性が、今年の7月6日に通り魔に刺され、7日に死亡した。そして不思議な事に、そっちの蒲田茂の遺体は消えたそうだよ。警察の死体安置所から煙の様に忽然と消えたそうだ。ちなみ死んだ蒲田茂氏と、君の指紋は完璧に一致している…君は、誰なんだね」
おいおい、まじかよ。俺の死体どこにいったんだ。
「誰と言われましてもパン職人蒲田茂の記憶を持つも高校生の蒲田茂としか言い様がないんですよ」
志知勇会長が、周りをSPに囲ませたのは、同一人物に転生したなんて言うとんでも情報を隠す為だろう。
「あっさり認めるんだね」
「中身は良い大人ですからね。無駄な抵抗はしませんよ」
敵わない相手にはどうやっても敵わないし、一度漏れた情報も隠し通せない。
「でも、まだ詰めが甘いね」
志知勇会長はそう言うと舞台を指さした。そこにいたのは、怒り心頭の琴美さん…やべ、琴美の演奏を全然聞いてなっかた。
「あちゃー、まずったな…会長、お嬢様との取り成しをお願い出来ますか?」
「茂君、男親の一番のライバルは誰だか分かるかい。私は敵に塩は贈らないよ」
一番のライバルが誰なのかは分からないが、お嬢様がハンドサインで俺を呼んでるの分かる
。結果、俺は和楽部補助係から琴美お嬢様補助係に変更となった。
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芸術発表会が終わって数日経ったある日の事。薬鳴が突然声を掛けてきた。
「おい、蒲田。お前ニコの出身なんだろ。だったら雲知拓って男を知らないか?」
こいつが雲知の事を知っているって事は、雲知もゲームに出てくるんだろうか。
「雲知なら県外の寺で修行をしてるよ」
「嘘だろ?それじゃ、琴美のイベントが起こせないじゃないか」
薬鳴が狂った様に喚く。余程悔しいかったのか、子供みたく地団駄まで踏んでいる。
「雲知?薬鳴、まさかあんた襲撃イベントを起こすつもりじゃないでしょうね」
雲知の名前を聞いた菊谷さんが薬鳴に詰め寄る。その顔は血の気が、引いたかの様に青ざめていた。
「当たり前だろ。強制フラグを建てれば琴美は俺の物になる。俺はこの世界で、星空ハーレムを作るんだよ」
いや、ハーレムって、学生が作れる物じゃないし。伊庭先輩や来部さんが薬鳴に乗り換える可能性なんて皆無だぞ。
「そんな事、私が許さない。あんな胸糞悪いイベントなか絶対に防いでやる」
「菊谷さんも雲知を知ってるのか?まさか、彼奴もゲームに出てくるじゃないよな」
もしかして雲知がおかしくなったのは…
「出てくるわよ。そして琴美ちゃんに横恋慕して…展開によっては琴美ちゃんは、雲知に襲われるの。それを男主人公が助けると、強制フラグがたつの…フラグをたてる為に女の子を襲わせるなんて信じられない」
もいしかして雲知おかしくなったのは、ゲームシナリオと関係があるんじゃないか。ここがゲームと密接に関係している世界なら、みんなキャラの呪縛から逃れられないんだろうか。
「知るか、俺には神がついてるんだ。クリスマスまでにはハーレムを築いてやる。あのむかつく夜鬼にした様に奪ってやるんだ」
薬鳴が神と喚いた瞬間、どこかで電子音が響き、一瞬全て物が歪んだ。まるでバグを起こしたゲームの様に歪んだ。




