体育祭前編恐怖の障害物競走
体育祭の前夜、薬鳴秋は神と名乗る老爺に呼び出され星空学園に来ていた。星空学園は良家の子女が通う学校の為、夜間でも厳重な警備が敷かれている。しかし、不思議な事に星空学園はもぬけの殻になっていた。お陰で薬鳴は誰に見咎めらる事なく入る事が出来た。
老爺が待ち合わせに指定したのは校庭である。校庭には明日の体育祭に備え、様々な器具が運び込まれていた。
「人を呼びつけておいて、どこにもいねえじゃねえか」
月明かりに照らさているお陰で、薬鳴は隅々まで校庭を見渡す事が出来たが、例の老爺の影すら見当たらない。
「秋よ、よく来たの。儂が授けた珠の調子どうじゃ?」
声が聞こえて来たのは薬鳴の頭上。老爺は空中にフワフワと浮いていたのだ。
「悪くないよ。でも、なんで琴美には効果がないんだ」
老爺のくれた珠のお陰でレヴィアター・スコルピオーと隠しキャラの美厨華芽を手に入れる事が出来た。
ハーレム構築を目指す薬鳴が先にレヴィアターを選んだ理由はただ一つ、夜鬼光牙がレヴィアターの事を好きだからだ。前世のトラウマからか薬鳴はモテるイケメンを毛嫌いしている。特にワイルドな夜鬼は、前世で自分を虐めたヤンキーを思い出させるから嫌っていた。
夜鬼光牙の好きな女を奪いたい。薬鳴は己の幼稚な自尊心を満足させる為だけに、レヴィアターの心を作り変えたのだ。
「あの女の心は中々頑強での。しかし、自分が好いてる男の情けない姿を見れば幻滅するじゃろ?…見よっ」
老爺が指差す先に、いつの間かアトラクションが出来ていた。
「これは…一体なんなんだ?」
「儂特製の障害物競走用のコースじゃよ。お前が活躍して蒲田茂が情けない姿を晒す。さすれば、あの女の心にも隙が生まれるじゃろう」
老爺はそう言うとニヤリと笑う。神と言うには余りにも下卑た笑いである。
「凄え。これで姫星琴美が俺の物になるんだ…夢にまで見た星恋ハーレムが俺だけの物になるんだ」
薬鳴は佐藤孝や山本三平の様なモブに自分が負ける訳がないと信じきっていた。伊庭弓美も来部蘭も珠を使うまでもなく、自分の物になると信じて疑わなかったのだ。
「当たり前じゃ。お前には神たる儂が付いておるのじゃぞ」
「ありがとうございます。貴方様のお名前は何と言うんですか?」
今までは信じていなかったが、薬鳴は狂信的に老爺を崇め始めていた。
「儂の名はグレイトゴッドじゃよ。さあ、明日は早い。儂が刻を停めてる内に帰るが良い」
「はい、グレイトゴッド様」
グレイトゴッドが消えると、薬鳴が意気揚々と自宅に帰って行った。グレイトゴッドの力により、この世界の全ては停まっている…しかし、例のアトラクションを面白そうに見つめる影がいた。
「うーん、まだまだ作りが甘いですね。もう、弄りまくっちゃいましょ…ここに落とし穴を作って、中には完熟銀杏を詰めて…こっちには…あれを作りますか」
紅白柄のスーツを着た紳士は停まった刻の中で、グレイトゴッドが作ったアトラクションを魔改造しまくっていた。
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相変わらずこの学校は俺の常識を根底から覆してくれる。
(体育祭にオーケストラを呼ぶのかよ…司会がプロのアナウンサー!?)
何よりも警備が物凄く厳重だった。星空学園全体を黒尽くめのSPが囲んでいるのだ。
「なんだ、ありゃ?」
校庭のど真ん中にブルーシートを被さられた何かが建てられていた。昨日までは何もなかったのに、金持ちの考える事は全く分からん。
「茂、お早う。今日の二人三脚頑張るわよ」
「琴美、随分と気合いが入ってんな」
琴美は鉢巻きをキリリと巻いて気合いを篭めまくっていた。真っ白な足が魅力的で思わず目を逸らす。
「当たり前じゃない。茂、もし足を引っ張ったら分かってるわよね。ジェットコースターで漏らした事を朋子ちゃんに言うからね」
「なっ…お前なんでそれを知ってるんだ!!」
あれだけ周りを警戒しながらオムツを捨てたと言うのに…
「あの日は招待客しかいないのよ。何があっても大丈夫な様に、各所に警備の人間を配置したの。ごみ箱に爆弾が仕掛けられた不味いしね。ジェットコースター担当のデザイナーさん喜んでたわよ…漏らす位に怖がってもらえて嬉しいですって」
迂闊だった。あの日の俺はデータ取り要員…監視されていてもおかしくはない。
「あの琴美さん、その情報はどこまで広がってるんですか?」
「お父様と私だけよ…まだね」
琴美はそう言うとニヤリと笑った。
「琴美さん、全競技本気で頑張らせてもらいますっ!!」
最近、琴美の掌で転がされまくってる気がしてならない。俺の方が年上なのに…。
「期待してるわよ。二人三脚以外は何に出るの?」
「綱引きと騎馬戦だよ。俺は走るの得意じゃないし」
それに短距離走やリレーは華のある奴に任せたい。
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プログラムは順調に消化され、次は障害物競走となった時の事である。
「蒲田、障害物競走に出る予定だった奴が腹痛で走れなくなった。だからお前と薬鳴と二人で走ってもらえないか?」
話によると障害物競走にエントリーしてた生徒全員が、突然腹痛に襲われたとの事。そして何故か他の生徒は拒否しまくり、俺と薬鳴の競争になったらしい…いや、あり得ないだろ。
「マジかよ…サ○ケじゃねえんだぞ」
そこにあったのは某運動番組に出てくる○スケばりのアトラクションだった。
しかも、かなりの高さがあり高所恐怖症の俺には攻略不可能なレベルだ。しかもあつらえたかの様に二人で競争出来る様に作られている。
「あれ?蒲田君もしかして怖いの?そんなに情けないと姫星さんに愛想を尽かされちゃうよ」
何故か執拗に絡んでくる薬鳴。いや、お漏らしに比べたらかなりましだと思うんだけどね。
…やばい、足がすくむ。学校の障害物競走に何故か地上5mの吊り橋りや3mのウォールクライミングがあった…すいすい進んでいく薬鳴と真逆に俺はへっぴり腰で進んでいる。
(こりゃ、絶対に負けたな…うん?彼奴なにやってんだ?)
何故か薬鳴は少し前で止まったまま、動こうとしない。
なんとか薬鳴に追い付くと、そこにはこう書いていた。
友達に橋を支えて貰って先にゴールした方が勝ちです…ロッキ
向こう岸を見てみると、地上6m位の高さに細い足場がある…どうやら向こうで綱を引くと足場が出るらしい。
「誰か来いよー。前に女を紹介したろっ」
薬鳴が叫ぶも返事は梨の礫である。そりゃそうだ、あんな細い足場で綱を引いて落ちたら困るし。
(これは中止だな…俺もこんな高い橋を渡りたくなしいし)
「大変だっ!!障害物競走のコースが崩れ始めたぞっ」
後ろを見ると、徐々にであるが障害物競走のコースが崩れ始めていた。
「シゲッ、ボケッとしてないで早く渡れっ」
有詩が綱を引いてくれている。見ると、道幅1m位の橋が現れていた。
「おいっ蒲田、散々ビビったんだからもう大丈夫だろ?」
夜鬼先輩が発破をかけてくれながら叫んでいる。
「蒲田君に何かあると朋子ちゃんが泣きますしね」
空さんが微笑んでいる…もう、朋子ちゃんって呼んでるんだ。
「蒲田っ、俺の力を信じろっ」
山本が力強く叫ぶ。
「蒲田君、みんな応援してるよ」
佐藤君が声を張り上げてくれた。
(みんなを巻き込む訳にいかないなっ…走り抜けるっ!!)
結果、俺はなんとか無事に渡り終えたが、薬鳴は突然開いた落とし穴に落ちたらしい。銀杏入りの落とし穴に…。




