幼馴染み七竹・アークイラ・有詩はなんちゃて王子様?
琴美お嬢様は納豆チャーハンを完食された後に、我が家の慎ましい洗面台で歯をお洗いになられた。
自分のマイ歯ブラシとマイコップをお使いになられて。
「琴理ちゃんに着いてきたお前が家にコップまで置くようになるとはね。小学三年の時だから何だかんだでもう八年か」
俺がこの家に越してきたのは小学三年の八月。
夢のマイホームを建てたのに、目の前に豪邸が二軒も見えていて父さんのテンションがガタ落ちしたのも今でも覚えている。
俺から言わせれば子供を三人も育てながら家を建てた父さんは凄いと思うんだけど。
ちなみに前世の記憶が戻ったのが、その年の五月。
「茂の家に初めて来たのが九月だったから、まだ七年と八ヶ月!!」
若干、不機嫌になる琴美お嬢様。
前世でも思ったが、女性は記念日を曖昧にされるのが嫌いらしい。
「そういや朋子達のバスケ部の調子はどうなんだ?」
妹の朋子は引っ越して来て、直ぐに地元の少女バスケチームに入り、琴理ちゃんと友達になった。
二人の活躍もありバスケチームは四年生の時には全国を制覇し、朋子は特待生として琴理ちゃんと同じ私立中学に通っている。
「調子良いみたいよ、朋ちゃんから何も聞いてないの?」
「部活で疲れてるみたいで帰って来て飯を食べたら直ぐに寝ちゃうんだよ。でも弁当のリクエストだけは、ラインで送ってくるぞ」
可愛い妹との会話が少なくなるのは寂しいが、俺は朋子の頑張りを出来るだけ応援したい。
「朋ちゃんらしいね。あっ、毎日琴理のサンドイッチありがとう。あの子、茂のサンドイッチ楽しみにしてるんだよ」
「朋子の朝飯を作るからついてだよ」
前世では毎日の様にサンドイッチを何十個も作っていたから二人分は楽勝だ。
ちなみに経費は琴美の分も含めて姫星家から毎月もらっている。
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家の前に黒塗りの厳めしい外車が停まる。
ワックスでピカピカに磨かれたボディには夕陽が映り込んでいた。
多分、タイヤだけで俺が乗っていた軽が買えてしまう高級車。
ふと、横を見ると塀の向こうに金色の毛がチラチラと見え隠れしていた。
「それでは茂様、お邪魔いたしました。アルバイトもよろしいですがお体には気を付けて下さいね。それではご機嫌よう」
お嬢様モードの琴美が車の中に消えると、車は静かに走り去って行った。
(目の前に見えている家まで歩いて帰るのも許されないってお嬢様も不便だね)
しかも夜遅くまで習い事や塾で勉強をしているんだから尊敬する。
それはそれとして…
「そこの金髪の不審者、通報されたくなかったら出て来なさい」
「シゲ、お前は親友を不審者扱いするのか?それとその琴美は何か言ってなかった?」
塀の向こうから姿を現したのは金髪碧眼のイケメン、もう一人の幼馴染み七竹・アークイラ・有詩だ。
恐らく琴美とケンカしてる手前、家にも入れず塀の向こうから様子を伺っていたんだろう。
「残念なからお前の事は何も言ってないし、終始ご機嫌だったぞ」
出会いの日数を間違った時は、若干ご機嫌斜めになったけど。
「えっ…嘘?マジで?一言ぐらいあったろ?」
「残念ながらお前の一人相撲だったみたいだな。色んな女とデートしてるって噂を聞いてたぞ」
有詩はイタリア人とのハーフの王子様風イケメン、しかも医者の長男というハイスペック。
幼馴染みじゃなきゃ絶対に友達になれなかったと思う。
「してない!!友達に誘われたら女子がいただけだって」
言い訳をする姿も様になるって、どんだけイケメンなんだよ…今度、こいつの飯にワサビでも仕込んでやろうか。
「それで二人きりにされた所を見られて噂を流されたと。しかも琴美は噂を聞いても気にする様子がないし、ライバルが増えて焦っていると」
当然、有詩はモテる。
純粋に有詩を好きな子もいれば、顔や金が目当てのろくでも無い女もいる。
今回みたいに既成事実を捏造されるのも珍しくない。
「だってよー、ワイルド系からショタまで色んな男が琴美に近づいて来るんだぜ」
「分かった、分かった。さあ、カツ丼を出してやるから全部ゲロしちまえよ」
「すまないお巡りさん…って、俺は取り調べを受ける犯人か!?それに今からカツ丼を食べたら家の晩御飯を食えなくなるじゃないか」
なんでも晩御飯をきちんと食べないとメイドさんが泣くらしい。
小さい頃から仕えている同い年のメイドさんなんて架空の存在だと思っていたんだけど。
「しかし、星空って入るのに書類選考があんのか?一人ぐらいパン作りが得意な家庭的な男子を好きになる人いないかな…顔を気にしない人で」
顔より性格だよとか、顔は気にしないよって、わざわざアピールする女子は信用出来ないけど。
男は顔じゃないって言葉は、顔は不合格って意味もあると思う。
「随分と具体的だな…姉さん位かな」
「身内だけ?どうせ、俺は星空に行ったら珍獣扱いだよ」
星空学院では見た目や親の地位で仲良くなれる友達が決まるらしい。
つまり庶民の俺の相手をしてくれるのは既知の人物だけ。
琴美が入らなかったのは有詩の意思が多大に反映されていると思う。
「シゲはどっかパンダっぽいもんな。そういや高校で柔道を続けないのか?黒帯まで取ったのに勿体ないよ」
「柔道は力をつける為にしてたんだよ。それに県大会の準決が俺の限界だって」
何しろパン屋は何十キロという重さがある小麦の袋を担がなきゃいけないんだから。
それとパンダは癒し系って意味だと信じたい。
そして本日二台目となる真っ赤なスポーツカーが有詩を乗せて走り去って行った。
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夕陽で紅く染まった雨野川を見ていると、本日三台目となる高級車がやってきた。
純白のボディが真っ赤に染まって見える。
「兄貴、ただいま。今日の晩御飯はなに?」
車から降りてきたのは身長170センチの俺より頭一つ大きいポニーテールの少女。
「今日はお前の好きなハンバーグだよ。ちゃんとチーズも入れといたからな」
俺の可愛い妹蒲田朋子である。
「やったー!!だから兄貴大好き!!」
俺は身体は大きくなったが、未だにお兄ちゃん娘な朋子が可愛くて仕方がない。
「朋子さん、良かったですね。あっ、茂さん、今日もサンドイッチ美味しかったです」
朋子に続いて車から降りてきたのは琴美の妹琴理ちゃん。
朋子と違い背は低くてショートカット、どこか小動物を連想させる可愛さがある。
同じ姉妹でも、なんちゃってお嬢様の琴美と違い、琴理ちゃんは言葉使いが凄く丁寧だ。
「美味しく食べてもらえたら、それが一番だよ」
前世と違い今は美少女に囲まれているが、俺だと釣り合いがとれない人ばかりで微妙に寂しい。
「うん、僕のお兄ちゃんはそれを一番喜ぶんだよ」
朋子が俺を兄貴じゃなくお兄ちゃんと呼ぶ時は、何かをねだる時だ。
(そういやもう少しでバイト代が入るんだよな…)
「それで何が欲しいんだ?」
「兄貴、僕ね、新しいバッシュが欲しいんだ!!」
朋子はそう言って背中から抱きついてきた。
時給千円で平日は四時間を四日、日曜日は八時間働いている。
バッシュを買っても余裕がある。
「分かったよ、バイト代入ったら買いに行こうな」
「やったー!!兄貴にバッシュを買って貰える!!」
余程嬉しいのか朋子はピョンピョンと跳び跳ね出した。
(父さんと母さん、姉さんにも何か買って後は貯金だな)
夕陽に染まる妹の笑顔を見れただけでも、バイトを頑張った甲斐がある。
感想お待ちしています
次回バイト代ラプソディーをお楽しみにしてくれたら作者が喜びます
今回の話は朋子に全部持っていかれたかも




