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酒と涙と男と恋愛ゲーム?後編

 家に着く頃には、日が大分傾むき夕方になっていた。

 夕陽が家や川を赤一色に染め上げている。


(そういや公時も展庭も、割と都会なんだけど空が綺麗だよな…雨野川もあまり汚れていないし)


 菊谷さんの話だと星空の恋人達は、展庭市が舞台になっているらしい。

 早い話が川の向こう側は恋愛ゲームの世界。

 確かにそう考えたら辻褄が合う事が幾つかある。

 空や川は不自然な程に澄んでいるし、展庭は治安も良く不自然な程にゴミが落ちていない。

 まるで意図的に作られたかの様に。


(まっ、逆に考えれば川からこっち側は現実的な世界だ。こっちが俺が生きていく世界なんだし)


「ただいまー」

 家族は外泊中だから、ただいまと言った所で返事なんてある訳がない。

 お帰りの返事の代わりに俺を出迎えてくれたのは、ムワッとした気怠い程に温められた空気。

 俺は前世の影響の所為もあってか暑さが苦手だ。

 でも今日はクーラーにスイッチを入れるより買ってきたビールとグラスを冷蔵庫に突っ込む事を優先する。

 ジャガイモは皮を剥きラップで包みレンジの中へ放り込む。

 ジンギスカンと野菜を炒めていくと懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 北海道に住んでいた時は何かにつけてジンギスカンを食べていた。


『しい、お肉ばっかりじゃなくちゃんと野菜も食べなきゃ駄目なんだからね』

 懐かしい匂いの所為か、かこのお小言まで思い出してしまう。 

 

(そういや、独り暮らしを始めた頃は晩飯を写メで送ったりしてたよな)


 ジャガイモの皮を布巾で剥いてバターとイカの塩辛を乗っけて、グラスにキンキンに冷やされたビールを注げば準備完了。

 渇きに渇ききった喉にビールで潤す。


「かぁー!!うめぇー!!」

  ビールの苦味は人生の苦味を知って初めて美味く感じ、蒸留酒は人生が熟成されて初めて美味く感じる。

 どこかでそんな言葉を聞いた事があった。

 

「やっぱり自分で稼いだ金で飲む酒は美味いな」


 当たり前だけれど、ビールやつまみはバイト代で買っている。

 他人の稼ぎで飲む酒は味がいくら美味くても気持ち良く酔えない。

 喉が落ち着いたので、ジャガイモに箸をつける。

 塩辛の塩分でジャガイモのホクホクとした甘さが際立つ。

 北海道ではメジャーな食べ方なんだけど、内地でマイナーらしい。


「美味いけど、やっぱり爺ちゃん家のジャガイモには負けるな」


 久し振りの酒は俺の心を弱い部分と向き合うには充分だった。

 いや、いつも心のどこかにあったんだけれども、わざと見ない振りをしていた事。

 前世の俺は何をなし得たのか?

 パン職人と言っても一流には程遠くオリジナルのパンさえ作れなかった。

 孫の顔どころか嫁さえもてず親孝行も禄に出来なかった。

 何より誰一人幸せにする事が出来なかった。

 悔しいさと情けなさで涙がボロボロと溢れ落ちていく。

 飲んだ酒が、そのまま涙へと姿を変えてしまう。

 

「だせぇ…だせぇな…」


 そして今の俺の現状。

 ここが本当に恋愛ゲームの世界なんだとしたら、俺はどうするべきなのか。

 何の因果か俺は主役キャラ二人と出会い性格を変えてしまったらしい。

 それは後悔していない、ナルスシトな王子様やや従順なお人形でいられるのは学生時代だけなんだし。

 問題はこれからどうするかだ。

 優詩とはこれからもダチでいたい。

 恋人とは結婚しない限りは終わりがくるけれど、ダチは何年振りにあってもダチに戻れる。

 それでいくと琴美は微妙だ。

 もし、琴美に彼氏なり旦那が出来たら適度な距離を置く必要が出てくる。

 その時俺は自然に笑えるだろうか。

 その前に、琴美を好きにならない様にしている 気持ちをいつまで誤魔化す事が出来るんだろうか。

 琴美はどんどん綺麗になり魅力的になっていく。

 ゲームのキャラだから綺麗なのは当たり前なのかも知れない。

 でも彼奴はプログラムされたキャラではなく一人の女性だ。

 食い意地が張って大口を開けて笑い転げるお嬢様らしからぬお嬢様、それが姫星琴美。

 そして俺が叶わぬ恋を抱いてる女。

 ゲームにはエンディングがあるけど現実にはエンディングなんて存在しない。

 星空の恋人達のプレイ期間は高一の七夕から高三の七夕までだそうだ。

 高三の八月、そしてそれ以降の人生を俺は誰と笑って過ごすんだろうか?

 今度こそ悔いのない人生を送れるんだろうか?

 今度こそ大切な誰かを幸せに出来るんだろうか?

 答のでない問い掛けが酔いと一緒に頭の中をグルグルと回っていた。


――――――――――――――――


 次の日、まだ夜が明ける前に俺はビールの空き缶を家から少し離れたコンビニに捨てに行っていた。

 幸い、父さん達はまだ帰って来ないし、今日はバイトが休みである。

 家に自転車を置いて機織川の土手に腰を降ろす。

 川の向こうには立派な日本家屋が朝日に照らされていた。


(琴美の奴はまだ寝てるんだろうな)

 夏休みと言えど、琴美お嬢様は琴やお茶を習いに行ったり、パーティーに顔を出したりと色々と忙しいそうだ。

 

「さてと、俺は何をすっかな」

 

 朝日を浴びながら体を伸ばす。

 多分、俺は高校を卒業したら家を出て行く。

 何年かして家に帰っ来た時に、川の向こうを笑って見れる様に頑張ろう。

 



普通の恋愛ゲーム小説とは違いますって注意書きが必要な気がします

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