合宿と小悪魔と鬼?
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ね、なんて言葉がある。
折角、転生したのに馬に蹴られて死にたくはない。
「有詩、夏になったな。来々軒が冷やし中華を始めたぞ…人間、時には見ない振りをするのも大切だよな」
「ああ、今度食いに行こう…シゲ、人の恋路は邪魔するのは野暮なんだぜ」
俺達二人は無理矢理に意識を窓の外に向けていた。
ちなみに斜め前の座席には早乙女君と菊谷さんが座っている。
早乙女君が一人で座っているを見つけた時の菊谷さんの動きは凄まじかった。
獲物を見つけた猛禽類の如く素早く移動。
人見知りが激しい早乙女君に有無を言わせぬ強引さで隣の座席を確保した。
「翔太君、ねぇ見て見て。可愛いワンちゃんがいるよ。私、ワンちゃんが大好きなんだ…でも、可愛い男の子はもっと大好きなんだよね」
菊谷さんは犬を見る振りをしながら、早乙女君に詰め寄っている。
「き、菊谷さん。あ、当たってます」
顔を真っ赤にしながら菊谷さんに訴える早乙女君。
しかし、その訴えは危険人物の萌え魂に火を注ぐ事になった。
それと早乙女君、当たっているんじゃなく菊谷さんはわざと当ててるんだぞ。
「翔太くん、どうしたの?顔が赤いよ?もしかしたら、熱があるの?」
今度は早乙女君のおでこに、自分のおでこをくっつける菊谷さん。
「ち、違うから…大丈夫だよ」
「ハァハァ、照れているショウタきゅんはやっぱり萌える!!It's a 転生パラダイス」
菊谷さんの目は血走りし、息を荒げている。
危険だ、あれはヤバ過ぎだ。
「菊谷さん、昔は大人しい女の子だったのに…変われば変わるもんだな」
それを見た有詩が遠い目をしながらポツリと呟いた。
「有詩、菊谷さんと知り合いだったのか?」
「小学校の時の同級生だよ。お前が引っ越しをしてくる少し前に転校したらしい」
俺が引っ越してくる前に転校して戻って来る…薬鳴と一緒だ。
「らしいって、お前の同級生だろ」
「そんなに仲良くなかったんだよ。むしろ雪香の話だと当時の菊谷さんは俺を避けられていたらしいぜ」
一方、琴美の幼馴染みはと言うと
「薬鳴君は学校に慣れた?」
「はい、酒納先生のお陰です」
猫を被って酒納先生に猛アピール中。
「あっちはあっちで見事な猫の被り様だな…薬鳴って海会長狙いって話を聞いたんだけど違ったみたいだな」
ちなみにソースは海会長を大好きな山本。
「薬鳴は伊庭先輩狙いって聞いたぞ。でも、姉さんや雪香にも話し掛けてきたそうだぜ」
それはまた、アクティブと言うか節操がない言うか…彼は修羅場の恐ろしさを知らないんだろうか?
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公時市青少年センター、白を基調とした鉄筋コンクリートの建物。
主に部活の合宿や会社の会議で使われている。
俺のイメージでは堅苦しいまでの真面目さと胡散臭いまでの爽やかさ。
でも今は違う。
白い建物は黒尽くめのSPの皆様にぐるりと取り囲まれて、物々しい雰囲気に包まれていた。
有詩の話だと、SPの皆様は昨日の内二階建て到着してセンター内の調査を終えているらしい。
物々しい雰囲気の中、バスを降りると朋子が俺の所に駆け寄ってきた。
「兄貴、なんか映画みたいだね」
「身代金が億を越える人が何人も集まるんだ。そりゃ、神経質にもなるさ」
事前にセンター内を調べたのは盗撮や盗聴を警戒したんだろう。
「ふーん、お金持ちも大変なんだね。あーにき、今日のお昼ご飯は何にするの?」
時計を見ると只今の時刻は午前十一時。
「今からじゃ飯を炊く時間がないからパスタを茹でるよ。朋子は皆に何のパスタを食べたいか聞いておいて」
琴理ちゃんや姫星さんは、俺が聞くより朋子が聞いた方がリクエストしやすいと思う。
琴美は納豆スパで確定だし。
「分かったよ。それじゃ後で厨房に集合だねっ」
朋子はそう言うと、元気よくセンター内に走って行く。
勢いよく左右に揺れるポニーテールが愛らしい。
朋子の成長に目を細めていると、危険人物もとい菊谷さんが近づいてきた。
「蒲田君、良い事を教えてあげる。合宿イベントの二日目に肝試しがあるんだよ。そこで今の好感度が分かるから…ショウタきゅんの好感度は今日で急上昇した筈。後はハルル特製ラブオムライスで確定っ!!」
拳を握り締めてガッツポーズをとる菊谷さん。
「好感度?ゲームじゃないんだから、そんなの有る訳がないでしょ。それに、くじ引きで決めるんじゃないですか?」
もし、朋子の相手が薬鳴だったら寝れなくなるだろう。
「ふーん、蒲田君は何も聞かされないで転生してきたんだ。でも、これだけは覚えておいて、私は君の味方。ショウタきゅんを誘惑する悪魔を抑えて欲しいの」
「悪魔?それは誰の事です」
むしろ菊谷さんの方が小悪魔だった感じがしたけど。
悪魔はいなかったけど鬼はいたらしい。
「しーげーるー、なーに楽しそうにお喋りしてるのかなー?お昼ご飯を作るだから、早く来なさい…菊谷さん、それでは失礼します」
琴美は菊谷さんに微笑みながら挨拶をしたかと思うと、俺の耳を掴んで歩き出した。
「琴美、耳が千切れる!!ちゃんと歩くから」
「人が待っていたのに、話に夢中になっていたあんたが悪いの」
ふと見ると、菊谷さんが興味深そうに俺達を見ている。
「へー、あの一途に待つだけの姫星琴美を、あそこまで変えたんだ。面白い」
クスクスと笑う菊谷さん。
でも、俺は面白くないです。




