来部さんの憂鬱
現役アイドルが自分の家に来る…昔ならテンションが滅茶苦茶上がっていたと思う。
でも、今は来部さんが無事に帰ってくれたらそれで良い。
別にアイドルが嫌いな訳じゃなく、年相応に興味がなくなっただけ。
アイドルの甘いラブソングよりも中年男性が歌う演歌の方が心に染みるし、破壊的なロックよりハートフルな童謡の方が心地よく聞こえる。
何しろ、俺は来部蘭の事を全く知らないから喜びようがない。
どんな性格で、何が好きで何が嫌い…
(やべ、来部さんの嫌いな食べ物を聞くのを忘れてた)
料理を食べてもらうのなら、最低でも好き嫌いは知っておきたい。
カレーライスを辛いルーと甘いご飯が混ざり合うから嫌いだって言う人もいるんだし。
でも相手は有名人だから、検索をすれば情報は簡単に手に入る筈。
(えーと、コメットエンジェルだったよな…おっ、あったあった。へー、結構人気があるんだな)
コメットエンジェル、五人組のアイドルでCDアルバムも二枚出しているそうだ。
来部さんは好きな食べ物がオレンジで嫌いな食べ物がパクチー…これじゃあ、飯を作る参考になりゃしねえ。
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ある意味、もの凄く贅沢なシチューエーションなのかもしれない。
俺の目の前には現役アイドル来部蘭さんと大和撫子(見た目限定)美少女の琴美がいる。
「へー、今日は和風オムライスにしたんだ…うん、美味しい!!」
琴実の言う通り、今日は納豆チャーハンをオムライスにしてみた。
若い女の子でオムライスを嫌いな子はいない筈…。
少なくとも俺の周りには居なかった…データが少なすぎるけど。
「おい、お嬢様。食事の前には、いただきますを言うのが礼儀なんじゃないのか?」
これでも琴美はお嬢様モードになると礼儀作法を完璧にこなすんだから、女は怖い。
「はーい、じゃ、いだいています。蘭も食べて、普通に美味しいから」
琴美は面倒臭そうに俺を一瞥すると、再び食事を再開した。
「ねえ、俺の話を聞いてる?それと、食べては俺のセリフだよね」
「聞いてるから、いただいていますって言ったでしょ。それと、細かい事を気にする男はモテないぞ」
「はんっ!!残念ながら俺は細かい事を気にしなくてもモテないんだよ。あっ、来部さん良かったら食べて下さい」
「知ってる。クラスの女子から怯えられていたらモテる訳がないよねー。蘭、冷めたらトロトロ玉子の美味しさが半減しちゃうよ」
それは俺達からしたら日常的なやり取り。
「うーん、君達は恋愛禁止のアイドルの前でイチャイチャして楽しいの?それとも新手の嫌がらせ?」
来部さんはテーブルに肘を突きながらニヤニヤと笑っている。
「ら、ら、蘭!!何を言ってますの!?私と茂はイチャイチャなんてしてないんだから!!ねっ、茂、そうだよね!!」
ほんのりと顔を赤らめながら否定する琴美。
そんな風なリアクションを見たら勘違いしちゃうじゃないか。
(美少女に好かれているなんてのは勘違いで思い上がり…嫌われていないだけラッキーと思え)
琴美と知り合ってから何度も心の中で呟いた自戒を繰り返す。
琴美は俺に何らかの好意を持ってくれているらしいが、それが恋愛と思うのは痛すぎる。
大人は良い意味でも悪い意味でも自分を知った時から始まるって言葉がある、それでいくと蒲田茂はお世辞にもモテる男ではない。
スッポンが月に惚れられると思い込んでいたら、痛さを通り越えて笑い話になってしまう。
「ご期待に沿えず残念ですが、普段通りのやり取りですよ」
「そうそう、茂とはいっつもこんな感じなんだから。勘違いしないで」
危うく俺は勘違いする所だったけど。
「ふーん、なんか息の合った夫婦漫才を見てる感じだったけどな」
「め、め、め夫婦漫才?」
茹で蛸の様に顔を赤くしてフリーズする琴美お嬢様。
大事なのは夫婦に反応したのか漫才に反応したのかの見極め。
「俺は誰と絡んでもお笑いになりますからね。何しろ、幼馴染みの中で俺だけが異質ですし」
多分、俺に前世の記憶がなかったら、周りが凄すぎてコンプレックスでひねくれていただろう。
「そんな風に油断していたら琴美を盗られちゃうよ。蒲田君と一緒の日に転校してきた薬鳴くんっていたでしょ?琴美の事を根掘り葉掘り聞かれたんだよ」
「根掘り葉掘りって趣味とかですか?」
あれだけモテてるのに、薬鳴君はまだ物足りないんだろうか?
おじさんからの忠告としては恋愛で二兎を追った奴は、最終的には手痛いしっぺ返しを喰らうんだぞ。
「ううん、琴美に小さい頃に別れた幼馴染みがいるかとか、琴美が好きな食べ物は苺で嫌いな食べ物は納豆でしょ?とか聞かれたよ」
何で薬鳴君は琴美本人に確認しないんだろう?
「別れた幼馴染み?居たかも知れないけど、あまり覚えていないな。色々と濃い幼馴染みの思い出に塗り潰されたのかもね。それと納豆が嫌いだったのは子供の頃で今は苺より好きかも」
確かに、琴美は納豆チャーハンに何の納豆を使ったのかも分かる程の納豆フリーク。
「俺と会う前だと小学校二年生 位の時か?それと濃い幼馴染みって誰の事だ?」
「あのね茂と会ったのは小学校三年の九月だよ。だから、小学校三年の八月までの話。正確にはキャラは濃いけど、薄情な幼馴染みかな」
「ちゃんと位って言ったろ」
前世では情に厚く涙脆いシゲさんと言われていたのに。
「数学のテストに三位って書いて正解になる?ならないでしょ?茂って、いっつもそう!!大切な事をちゃんと覚えないで薄情者っ!!」
いや、自分は小学三年までの幼馴染みを忘れてた癖にそんな事を言うの?
「はいはい、好きなだけいちゃつくなりじゃれるなりしてなさい。こりゃ、古い幼馴染みを忘れる訳だわ」
来部さんは、俺と琴美が口喧嘩を見ながら深い溜め息を漏らした。
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次の日、学校に行くと菊谷さんが話し掛けてきた。
「貴方も転生者なんでしょ?私の邪眼は誤魔化せないからね」
そう言ってニヤリと笑う菊谷さん…やだ、この人違う意味で怖い。
「天声社?悪いけどうちは先祖代々仏教なんですよ」
「宗教勧誘じゃないわよ…ヤオイと言えば?」
「UFO研究家ですよね」
ジュンイチさんは下手な芸人より面白いんだぞ。
「薄い本で思い出すのは?」
「フリーペーパーでしょ」
ちなみにグランシャリオではフリーペーパーに着いているクーポン持ってきてくれた方にミニクロワッサン一つをプレゼント(五百円以上お買い上げされた方のみ)しています。
「BLと言えば?」
「バターロングだっ」
フランスパンにバターを塗りグラニュー糖を振りかけたグランシャリオのロングセラーベーカリー。
オーブンで温めると美味しさアップ。
又の名をダイエットストッパー。
「あくまで誤魔化すのね…良いわ、私と翔太きゅんの邪魔はしないで」
「嘱託?仕事の邪魔はしませんよ」
「早乙女翔太君の事よ。私は翔太きゅん推しなの!!翔太×夜鬼、翔太×空は最高のカップリングよ」
菊谷さんは物凄い剣幕で捲し立て始める。
決めた、出来るだけ関わらないでおこう。
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