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側室、夜会にて華麗にデビュー

 

「え、今夜ですか?」


 それはカシムとの朝食の時だった。

 今まで就寝時間が早過ぎて、なかなか参加出来なかった夜会に出るようにと言われたのだ。


「チェレッチアが嫁いで来てもうすぐ一月。一度も夜会に顔を出さないのはまずい。今夜の夜会には各国からの使者も出席することになっている。面白い話も聞け楽しめるだろう」


 幾度か夜会に誘ってみたものの、日が沈むと寝る生活をしていたチェレッチアには難しく、夜会の時刻まで起きていられなかったのだ。

 昼に開かれた舞踏会には出席したことがあるものの、重鎮の貴族達が集まるのは夜会。側室であるチェレッチアが出席しないのは問題である。

 

「大丈夫です。今回は寝ないよう作戦を考えてきたんですよ」

「ほう、興味深いな。是非教えて欲しいものだ」

「はい、それはお昼寝です!!」

「………」


 表情が固まるカシムに気付かず、力説するチェレッチア。


「お腹いっぱい食べてお昼寝をたっぷりすれば、夜会まで起きていられると思うんです」

「そうだな。頑張れ」


 カシムの笑顔は清々しかった。

 

 

 

 朝食が終わるとカシム達は仕事に戻り、今夜の夜会に向けてチェレッチアは踊りの練習をすることにした。何度か講師を付けて練習していたが、今日のチェレッチアは気迫が違う。自分がへまをすれば、カシムに迷惑を掛けることがわかっているからだ。

 

「そうです、上手ですよチェレッチア様」


 講師の先導に躓くことなく、流れるような動きで華麗に舞う。音楽を聴き、合わせるように踊る姿に講師は舌を巻いた。

 始めた当初は幾度も足を踏まれ痛い思いをしたが、コツを掴むと見る見る上達していく。教えれば教える程吸収していき、底が見えない。講師はチェレッチアに教えることがとても楽しかった。


「一休み致しましょうか。今飲み物をお持ちしますね」

「ありがとうございます。やっぱり体を動かすのって楽しいですね」


 ユウリが用意した茶菓子を机に置き一息つく。午前中に体を動かし体力を使えば、必ずお腹が空くはず。現にまだ昼前なのに、既に空腹感が来ている。


 

「今夜の夜会には私も出席しますので、チェレッチア様の晴れ姿が楽しみです。頑張って下さい」

「はい、一生懸命頑張ります!!」

 





 各国からの使者を招く為の準備を進める中、広間の飾り付けを指示していたカギルドが廊下を歩いていた。天気が良く、日差しの暖かさが気持ちが良い。

 ふと、窓の外を見れば、バルコニーにて奇妙な光景が目に入った。


「チェレッチア様、本当に此処で眠られるのですか?」

「うん!!こんなに天気が良い日は外でお昼寝するのが一番!!」


 長椅子を部屋から持ち出し、クッションと掛け布団を用意した後、満足げに笑うチェレッチア。

暖かな日差しを受けバルコニーで眠る姿に、侍女は微笑ましく笑う。日焼けしないようにと、傘を差し側に仕える彼女の姿は侍女の鏡である。

 

「………」


 カギルドは目の前の光景をぼんやり眺めていたが、仕事中だという事を思いだしその場を後にした。


 執務室に入れると、既に部屋の主は仕事を始めている。

 チェレッチアを側室に迎えた事によって貿易の幅が広がり、物資の流通盛んになった。

 喜ぶべき所もあるが、運搬の途中で盗賊に襲われる被害が相次ぎ、各関所から多くの被害届けが寄せられていた。予想を上回る報告に迅速に対応すべく、軍を派遣しなければならないが、貿易が盛んになったことによって市場にも様々な犯罪が多発し、住民達は困惑している。

 被害を最小限に抑えるべく、カシムの手腕が問われている状態だ。


「ヤガラの関所にはウィーク子爵に向かってもらう。彼ならあの土地にも詳しいだろう」

「確かウィーク子爵はヤガラの出身でしたね。あそこは今、誘拐の被害が出ているとの報告が上がっていましたが」

「ああ。丁度国の境目だからな。厳重にしていたつもりだったが、読みが甘かった」


 厳重に警備が出来るよう、普段より多めの兵士を派遣していたのだが、それでも人が足りずこの有様。

 今夜の夜会には隣国の使者が来る為、少しでも交流を深め協力してもらいたい。


「今夜の夜会は失敗出来ないな」

「そうですね。亀裂でも出来ようものなら、被害は余計悪化するでしょう。……夜会のことですが、チェレッチア様がバルコニーでお昼寝されているのを見ましたよ」


 どのような反応をするのかと期待していたが、カシムは動揺することなく書類にサインしていく。


「偶然だな。俺も此処に来る途中で椅子を運んでいるチェレッチアに会った。一番日当たりが良い所で寝たいのだと言っていたな」


 

 沈黙が走る。

 これが一月前なら呆れたり戸惑ったりしていただろうが、


(さすがにお互い慣れましたか)


 連日問わず規格外な行動をするチェレッチアに、最早何をしようが「何時ものことだな」と思えるようになっていた。


「夜会までの時間に配属する部隊を決め予算を見直す。書類を集めてくれ」

「畏まりました」





 日が暮れはじめた頃、ユウリに起こされ目を覚ます。寝ぼけながらも長椅子を下の場所に戻し、漸く頭が冴えた頃には夕食の時間だった。


「これだけ?」


 目の前に出された食事は、小さく切ったパン二つとサラダにスープのみ。普段の夕食の半分にも満たない。


「はい。ドレスを着る為にお食事は出来る限り控えて下さい」

「えーー足りないよ」

「我慢して下さい。後々苦しい思いをなさるのはチェレッチア様です。お腹が出ては、コルセットをきつく締めなくてはなりませんよ?」

「ぐっ……それはやだ」


 渋々出された食事を食べた後、さっさと片付けを済ましたユウリは満面の笑みで立つ。


「さあ、チェレッチア様。入浴のお時間です」

「……目つきが危ない。まだ時間には早い気がするけど?」


 タオルを持ち左右に他の侍女を控えさせ、若干興奮気味の様子に怯える。

 夜会までまだ三時間程余裕があるにも関わらず、もう入浴を進めてきたことを不思議に思う。昼間の舞踏会なら入浴と身支度で一時間程度で済むはずなのに。


「今夜はいつも以上にお綺麗になさらなくては。夜会には多くの貴族や使者が御出でですからね。念入りにお手入れさせて頂きます!!」


 ユウリは主を着飾ることが大好きである。自分の手で美しく輝かせることに使命感を持つぐらいだ。

 しかし今回の主は着飾ることに無頓着。他の側室のように大量に服やアクセサリーを買うこともせず、ある物だけで済ましてしまう。無駄遣いせず経済的だと言えば聞こえはいいが、仮にも皇帝の側室。あまりにも質素すぎるではないか。 

 チェレッチアが洋服を買わないことを、他の側室は陛下が業と与えないのだと嘘を並べ影で笑い者にしている事実を知り、腸が煮え繰り返る思いをした。

 

 今まで仕えてきた主とは違い何かと振り回されることもあったが、ユウリはチェレッチアに好感を持っている。傲慢でなく卑屈でもない、純粋無垢な少女。お転婆な所もあるが、それは皇帝の側室としての立ち振る舞いを知らないからであり、作法を教えればいいだけのこと。


「今宵はどうぞ私に全てお任せ下さいませ。誰もが見惚れるよう仕上げて差し上げます」

「だから目が危ないよ?あの、普通でいいからね」

「いいえ。今回は譲りません」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 二度と笑い者になどさせるものか。そう胸に誓い立て、チェレッチアを入浴室へと連れて行く。


「うわっ」


 湯舟に浮かべられた数々の花びら。入浴室の左右にはお香が焚かれ、既に待機していた侍女がチェレッチアを湯舟へと招く。

 丹精に磨かれていく体。指先から爪先まで満遍なく洗われ、羞恥心を通り越して疲労感が出て来た。


「さあ、こちらに」


 湯舟の横に寝そべり、ユウリのマッサージが始まる。肌を滑らかにする為の潤滑油を塗り、汗だくになりながら揉みほぐす。時折チェレッチアから「痛い」だの「くすぐったい」だの文句を言われるが、無心で手を動かし続ける。


(しかしなんて素晴らしいお体なのだろう。毎日健康に過ごしているお陰で、無駄な贅肉がなく引き締まった体つきだ)


 運動が好きで食事も好き嫌いせず食べる。若さのせいもあるが、これならば陛下も満足されるだろうと思う。

 チェレッチアが嫁いで来て一月。初夜が失敗した後は一度も足を運ばれず、当の本人は安らかに眠る日々。


(そんな側室があって堪るか!!)


 このまま夜の営みがなければ名ばかりの側室ではないか。後に泣くことになるのはチェレッチアだ。

 今宵こそは。今日程打って付けな日はあるまい。他の側室もいつも以上に飾り立てるだろうが、自分の腕に自信があるユウリにとって負ける訳にはいかない。今こそ『完璧な侍女』の腕の見せ所だ。

 

 だからこそ、チェレッチアがお転婆で規格外な行動を取ろうが仕えてきたが、今ではすっかりチェレッチアに好意を抱き、着飾ることが出来なくても仕えたいと思った。

 

「こちらが今宵来て頂くドレスでございます」

「うわーー、綺麗」


 流行に興味がないチェレッチアに代わり、ユウリがドレスを新調した。

 小麦色に焼けた肌に似合う純白のドレス。欝すらと見える鈴蘭の刺繍が気品を感じさせ、裾には今流行の青玉が小さく散りばめられている。

 

「もっと派手なの想像してたよ。赤とか紫とか出されたどうしようかと思ってたから、すっごく嬉しい」

「赤も宜しいですが、チェレッチア様には清楚な方が似合うかと」

「うん、ありがとうユウリ」


 にこにこ笑う姿に胸が高鳴る。これこそが彼女が着飾ることが大好きな理由の一つ。懸命に磨き上げられ美しくなることに喜びを感じ、お洒落に目覚め貴婦人としての一歩を進むのだ。  

 

「結構苦しいんだけどこれ。コルセットきつ過ぎない?」

「これぐらいが丁度良いのです。しかしチェレッチア様、意外に胸が……」


 遊牧での暮らしにコルセットはなかったと聞く。晒を巻く者もいたが、チェレッチアは苦しいので巻かなかったと言っていた。


(垂れてしまうではないか!!)


 叫びたい衝動を抑え、此処ではコルセットを見付けることが常識だと教えると渋々と受け入れていた。 普段はあまりきつくせず(ごねるので)垂れない程度に締めていたが、今回はチェレッチアの体つきを強調するドレスのお陰で、美しさと幼さの中に魅惑も感じさせる。


「後はお化粧と髪と爪ですね」

「まだあるの!?」

「当然です。これからが本番ですよ」

「お洒落って大変。他の側室さん達はいつもこんなことしてるんだね」


「はい。美しく目立ち、陛下からお呼ばれされることを願って」


 今の陛下はただ一人の側室を愛している。正室との間に世継ぎが生まれた今、母后になることは無理だろう。それでも一時でも愛を、と願う女性は後が絶たず、側室が増えていったのだ。


「終わりましたチェレッチア様。大変お美しいですよ」

「爪がキラキラしてる。ユウリは器用だね」


 美しい輝きを醸し出す爪。濃すぎないよう控え目な化粧だが、どこか気品を感じる。長かった黒髪を纏め上げ、普段のチェレッチアとはまるで別人。

 鏡に映る自分の姿を面白そうに眺め、クルクルと回りだす。

 丁度良い頃合いに扉が叩かれ、ユウリは夜会に向けて身支度を整える。


「さあ、チェレッチア様。お時間でございます」

「うん!!これで私も夜会『デブー』ね」




「……デビューです」





 昼間では会わなかった貴族達が集う夜会。当然他の側室も出席するであろう。寵愛を一身に受けるミーナも。

 隠して、波乱な夜会が幕を上げたのだ。






 前回から約二ヶ月遅れの更新……大変申し訳ないです。

 しかもカシムの出番殆どなし。次回はちゃんと出ます(汗)


 夜会デビューに伴って、チェレッチアと主要キャラが出会います。チェレッチアお得意の規格外な行動によりどうなるのか…

 今月中にはなんとか更新したいと思います。



 感想を下さった方々、返事が遅くなり申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました。




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