側室、最強(凶)権力者と出会う
チェレッチアは広い城で迷子になっていた。
「どうしよう…」
3時間前。朝食をカシムと一緒に食べていた時、カシムから注意と色々な事を教えてもらった。
「いいかチェレッチア。ここは平原とは違い、女がむやみに走り回ったり…あ、足を出したりしてはいけない。お前はこの国の妃。慎ましくしなければならないのだ。今後気をつけて欲しい。」
「……はーい」
チェレッチアは不満げに返事を返す。数日前まで当たり前にやっていた事をするなと言われ、返事はしたものの簡単に受け入れられないでいた。
そんなチェレッチアの不服を感じ取ったカシムは、慰めるように穏やかな声で話す。
「すまないな。此処は王城で、外来の謁見者も多い。礼儀や作法に煩い連中が君を中傷するかもしれないんだ。堅苦しいだろうが我慢してくれ。」
「陛下…」
「もう一つ。一人でも多くの味方を作るんだ。君は私の側室だから、邪な目論見を持った者達が君を利用しようと近付くかもしれない。十分気をつけて欲しい。」
自分の事を気にかけてくれているんだと思うと、チェレッチアは嬉しくなり力強く頷く。嫁いでから何度か顔を会わせたが、何時も顔を引き攣らせていた。
嫌われているのかもしれないと思っていた矢先に、カシムからの気遣い。大人しくするのは苦手だが、チェレッチアは頑張ろうと意気込む。
「来週小さな舞踏会が開かれる。私と一緒に出席し、気の合う友人を見つけるといい。」
「はい、陛下。」
満面の笑みをするチェレッチアに、カシムは目を奪われ戸惑う。
自分の周りにいる連中は、皇帝という権力のおこぼれを欲し、御機嫌を取ろうと諂う(へつらう)者ばかりだった。本心を隠し、偽りの仮面を被った者達の中で生きてきたカシム。唯一、ミーアだけが邪心や欲望の目でカシムを見なかった。だからこそ、心を許せたのだ。
「作法とか苦手だけど頑張ります。友達も出来るといいな。」
「そうだな。」
ミーアと同じ。
否、ミーアは優しく微笑むが、チェレッチアは明るく太陽のように輝いて笑う。カシムは胸が暖かくなるような、そんな不思議な気持ちになっていた。
朝食が終わり、侍女と共にサロンに向かう途中に事は起こった。
「サロンには他の側室様や貴族の方々がいらっしゃいます。チェレッチア様とお話したがる方もいるでしょう。味方を作るよい場所だと思います。」
「ありがとう。陛下に味方や友達を作って欲しいって言われて気付いたんだけど、私自分の事ばかりで人との交流がなかったと思うの。色んな人とたくさん話して、この国の事を知らなきゃ。」
「よい事だと思います。」
侍女と話しながら歩く事数分。チェレッチアの前に小さな影が横切った。
「えっ?」
「如何なされましたチェレッチア様?」
「今そこに何かが…」
「お下がり下さい。確かめて参ります。」
警戒してチェレッチアの前に立ち、廊下の角の向こうに近付く。危ないから止めようとした時、
「ミュー」
小さな、本当に小さな鳴き声がチェレッチアの耳に入る。鳴き声に誘われるまま後ろを振り向くと、そこには真っ白な小動物が物影に隠れていた。
垂れた両耳につぶらな瞳。ふわふわの毛並みと長い尻尾の愛らしい動物に、抱きしめたくなる衝動が抑えられない。
「か、可愛いっ」
触りたくて近付こうとしたら、驚いて逃げてしまい、チェレッチアは小動物を追い掛ける。。
陛下に言われた慎ましくする事も、侍女の事も忘れて。
「チェレッチア様、向こうには何もいませんでし…」
角の奥を見に行った侍女が戻って来た頃には、チェレッチアの姿は何処にもなかったのだった。
そうして慣れない城を走り回り、小動物を捕まえ我に返った頃には迷子になっていた。
「どうしよう…帰り道がわからない。」
「ミュー」
怖がって逃げていた小動物はすっかりチェレッチアに懐いたようで、腕の中で大人しくしている。
「君は帰り道なんてわからないよね?困ったなー」
「ミュッ」
「あ、何処行くの?」
突如垂れていた耳を逆立て、腕から逃げ出し何かに釣られるように走り出した。一人になるのが心細く、慌てて後を追う。小動物は静まり返る廊下を走り、時には部屋の中に入るは通気孔を通るはで追い掛けるのが大変だった。
しかし何やら冒険をしているような楽しい気分になり、部屋に帰るという目的も忘れ、人に見つからないよう隠れながら冒険を楽しんでいた。
「ちょ、ちょっと待ってよー」
「ミュー」
探索し続けて数十分。今現在、チェレッチアは隠し通路を歩いていた。
清掃器具が入っていた棚の奥に、まさかこんな隠し通路があったなんて驚きである。小動物は走りながら時折振り返り、チェレッチアを何処かに導いているようだった。
「ミュッミュッ」
「え、行き止まり?って、うあっ!!」
小動物が立ち止まった先は行き止まりで、真っ黒な壁があるだけだ。不思議に思い壁に触れると、壁は反転し、チェレッチアは勢いよく壁の向こう側へと転ぶ。何かが体に絡まり、壁の向こう側にあった扉が開かれ、暗闇だった通路から明るい部屋へとたどり着いた。否、転げ落ちた。
「いたたたっ…ん、これドレス?」
体に絡まっていたのは、色取り取りの美しいドレス。きらびやかだが下品さはなく、着る者の品性を上げるような繊細な衣装。チェレッチアがキラキラと輝くドレスに見とれていると、
「あら、可愛いお客様ね。」
「ミュー」
声の主に目を向けるとそこには、小動物を抱き抱え優しく微笑む一人の老婦人が佇んでいた。
「えっと…お邪魔します。」
「ようこそ。お客様なんて久しぶりだから嬉しいわ。一緒にお茶でも如何?」
「はい、喜んで!!」
走り歩き回っていたので、すっかり喉は渇ききっており、お茶という言葉に飛び付く。ドレスを元に戻した後、老婦人について行くと気品溢れる室内に案内される。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。あー生き返る。」
「ふふ、まさか秘密の通路を通って来るなんて驚いたわ。」
「秘密の通路?」
暖かい紅茶を飲み一息つき、チェレッチアは老婦人を見る。暖かい眼差しで優しく微笑む姿に、故郷の祖母を思い出してしまい思わず涙が出た。
「どうしたの?気分でも悪くなった?」
「いえ、お婆ちゃんを思い出して…懐かしくて…」
「そう、御家族と離れると辛いわね。いいのよ、我慢しなくても。」
「うっ…うぇええええっ」
ハンカチで涙を拭き、優しく背中を摩る老婦人に甘え、チェレッチアは隠していた寂しさを涙で流した。
泣き終えた頃にはすっかりお茶は冷めきっていた。見ず知らずの人の前で泣いてしまった事に恥ずかしくなり、慌てて謝る。
「すいません泣いてしまって。」
「大丈夫、私も同じだったから。」
「同じ?」
「ええ。此処に嫁いで来た頃は寂しくて何時も泣いていたわ。だから気にしないで。」
「…ありがとうございます。泣いたらすっきりしました。」
赤目ではにかむチェレッチアに優しく微笑み、老婦人はもう一度お茶を入れ直す。
「そういえばお名前お聞きしてなかったわね。私はセリルスタ。セリーと呼んでね。」
「セリーさん…あ、私はチェレッチア・グダサンです。よろしくお願いします。」
城に来て、初めて知り合った人が優しい方でよかったとチェレッチアは思う。恐らく老婦人は上流貴族の方。この城に住めるのは王族の者と、その血縁関係者のみ。厳しい審査をくぐり抜けなければならない為、城に住めるのは名誉な事である。
「チェレッチアさんは陛下の側室の方かしら?」
「はい、この間嫁いで来たばかりです。」
「陛下の事、どう思いますか?なかなか気難しい方とお聞きしますけれど。」
陛下の話題になった途端、目が厳しくなった気がした。嘘はいけない、正直に話さなければならないと直感で悟る。
「…最初は苦手でした。失敗ばかりしてたから、陛下の表情は何時も引き攣っていて…嫌われてるのかなって思ってたんですけど、今日話して、優しい所を知れて嬉しかったんです。」
「…………」
遊牧の民は皆が家族。明るく開放的な一族だが、この城に住む人達は閉鎖的で、誰もが壁を作って接しているように感じた。
自分の行動に呆れた表情を見せる周りの人々。陛下もその一人だと思っていたのに。
「まだ陛下の事は何も知りません。だからいっぱい話して陛下の事知りたいんです。」
「…そう。貴女は真っ直ぐで何にも染まっていないのね。何時までもそのままでいて欲しいわ。」
「セリーさん?」
「ふふふ、これからもよろしくねチェレッチア。」
「はいっ」
和やかにお茶を楽しんでいると、時計の鐘の音が響く。時計を見れば、もうすぐ夕食の時間。
「あっ!!」
急に席を立ち慌てだすチェレッチア。すっかり忘れていた侍女の事を思い出したのである。
「どうかなさって?」
「か、帰らなきゃ。ユウリを置き去りにしたままだった!!」
「落ち着いて。ユウリとはどなたの事かしら?」
「私の侍女です。廊下でその子にあって、思わず追いかけてしまって…ユウリに何も言わず置いてきてしまったんです。」
視線の先には、セリルスタの膝の上で安らかに眠っている小動物。安心しきったように、寝息を立て眠る姿に思わず口が緩む。
「ああ、この子は亡くなった夫が下さったの。私が寂しくないようにと。可愛いでしょ?」
「はい、とっても!!」
「ありがとう。名前はロロ、仲良くしてあげてね。」
ロロの頭を撫でながら、机の上に置いてある呼び鈴を鳴らす。部屋の扉が叩かれ、美しい侍女が入って来た。チェレッチアに気付き一瞬目を見開くが、何事もなかったかのようにお辞儀する。
「お呼びでしょうか、セリルスタ様。」
「チェレッチアがお帰りなの、アレスに送るよう伝えて。」
「畏まりました。」
もう一度お辞儀をした後、そっと部屋を出ていく。戸惑うチェレッチアに微笑みかけ、
「護衛の騎士に部屋まで送るよう伝えたわ。また何時でも遊びにいらしてね。」
迷子のチェレッチアにとって願ってもない事だ。此処から出ても帰り道がわからず、途方に暮れるしかなかっただろう。
「失礼します。」
「アレス、この子の事お願いね。」
「承知致しました。」
現れたのは迫力満点、金色に輝く髪を逆立てて厳めしく、鍛え抜かれた肉体。はっきり言って盗賊だとチェレッチアは思った。
「彼はアレス。私の専属騎士でなかなか優秀なのよ。見た目は怖いかもしれないけれど。」
「セリルスタ様…」
「あらごめんなさい。」
「…チェレッチア様。お部屋までお送り致します。」
軽く溜息を付きチェレッチアに視線を向ける。無表情で見つめるアレスを、不思議と怖いとは思わなかった。
チェレッチア達が部屋を出て静かになった室内。セリルスタは優雅にお茶を飲み、先程まで楽しかった出来事を思い出していた。
「ふふ、面白い子が嫁いで来たものね。あの馬鹿息子がどうなるのか、見物だわ。」
老婦人は笑う。
退屈だった日々に、新しい風と光が射した事に喜びを感じて。
「確かに、俺は味方を作れと言ったが…」
「まさか母后様とは…お見逸れ致しました。」
チェレッチアがまたも行方不明になったと聞き、兵を使って捜していた矢先、夕暮れにひょっこり現れたのはいいが、共に付けいた人物が問題だったのだ。
母后の専属騎士。
大切にしている専属騎士を、末端の側室の護衛に付けるなんて前代未聞である。それは、チェレッチアを認めるという証。
「この噂は立ち所に広がり、貴族や大臣、果ては各国まで流れるかも知れません。」
「何故だ。何故こうも厄介事が増える。」
「今回の事で、チェレッチア様は表に出ざる終えなくなるでしょう。陛下が仰っていた『ひっそりと平和に幸せを』は無理ですね。」
セリルスタはカシムの実母であった。前帝王が亡くなり、表舞台から身を引いたものの、その存在感と力は今だ健在。カシムに次ぐ権力の持ち主であるが、一風変わった感性を持っており、気に入った人物以外にはとことん冷たい。敵に回せば最早死も同然。
影では恐ろしいと噂されるが、その権力に肖ろうとする者も多い。もし本当にチェレッチアが母后の目に止まったのであれば、利用しようとする者は後が立たないであろう。
「頭が痛い。」
「同情致します。」
「ならば変われ。」
「お断りです。」
カシムの苦悩はまだ始まったばかりである。
新婚なの色気なし。
母ちゃん登場で、ちょっとは恋愛っぽく出来るといいなっと思ったり思わなかったり。
閲覧感謝です。