側室、生足を出す
チェレッチアが嫁いで来て十日が過ぎた。今日も王城は平和な日々を送っている。
「続きまして、本日の被害届けによりますと…」
カギルドが書類の束を見て溜息を付くと、カシムも同じように溜息を付く。チェレッチアが来てから恒例の報告となっている。
「先ずは状況報告を。今朝は天気がいいからと、布団をバルコニーにて日干し。その後は散歩にと馬で獲竜の森へ。その際、護衛に就いた兵二名とはぐれ、チェレッチア様は泥だらけになって一人でお帰りに。夕暮れに兵が瀕死の状態で帰還。」
カシムの眉間の皺が深くなるのに気付きながら、カギルドは無表情で続ける。
「昼食が終わり、侍女に読書を進められ図書室へ。高い場所にあった本を取ろうと、脚立を使わずよじ登り、降りる事なく本棚の上で読書。侍女がチェレッチア様に気付かず、行方不明になったと大騒ぎ。おまけにチェレッチア様はうたた寝してしまい、夕方まで発見されませんでした。」
深い、深い溜息が室内に響く。チェレッチアが来てからというもの、彼女が大人しくしていた日はなかった。
「護衛に就いた兵二名と侍女一名が移動、若しくは離職を願っています。泥だらけで城に入った為、絨毯が使い物になりません。本棚から降りる際、飛び降りた衝撃で月呈の壺が破損。修復不可能な程粉々に。一応これ、国宝ですから。」
「もういい。兵と侍女には移動を聞き届けろ。残りは任せる。」
「畏まりました。」
カシムは目の前にある書類を眺めながら、チェレッチアの事を考える。出会いこそは衝撃的だったが、城の生活を知れば他の側室と同じようになると思っていた。
しかし実際はどうだ?
宝石やドレスを要求する訳もなく、貴族とお茶会をする事もない。毎日毎日健康に遊んでいるではないか。
初日の夜、チェレッチアの寝室に行くと既に就寝。侍女に聞けば、彼女は8時には寝てしまうそうだ。子供か!!夜会にすら連れて行けないのだ。
「布団を干す妃なんて聞いた事がない。」
「ですね。」
「泥まみれになる妃なんて見た事がない。」
「ですね。」
「本棚の上で寝る妃なんで何処にいる!?」
「ですね。」
「貴様話を聞いているのか?」
カシムの話を流し答えるカギルドに苛立ち、訝しげに睨むと爽やかな笑顔で、
「もう慣れました。」
爽やかだ。しかし背後から溢れる黒いオーラが恐ろしい。この表情をする時のカギルドは、かなり不機嫌である。チェレッチアの事で、上からも下からも苦情がきているのであろう。若干疲れも見える。
「何時もすまない。助かっている。」
「急に寒気が、風邪ですかね?」
「貴様な…」
「冗談です。しかし何時までもこのままだとよくありませんね。」
カギルド言う事は最もだ。いくら遊牧の民の出身といっても、この城の生活に慣れて貰わないといけない。チェレッチアの所業が、他の側室や貴族に侮られてしまうからだ。
「私から話しておこう。孤立されては困るからな。」
「では早速時間を作りましょう。明日の昼食をご一緒なされては?」
「明日は…」
「…ニーア様とご一緒ですか。ならば午後のお茶のお時間にお願いします。」
「…すまん。」
ニーアとは、カシムが寵愛している九番目の側室。その溺愛っぷりは城中に知れ渡っており、そのせいか時折ニーアは嫌がらせを受けている。自分のせいだとわかっていても、ニーアが愛おしくて手離せないでいるカシム。正室との仲は悪くはないが良くもない。世継ぎが生まれても二人の仲は冷めきっていて、正室は子育てに夢中でニーアの事には無関心なのだ。
ニーアを邪険に思うのは他の側室であろう。世継ぎの為にと選ばれた貴族の娘、チェレッチアと同じ外交の為に嫁いできた者。
見目麗しいが、カシムが嫌う性格な為、殆どと言っていい程相手にされなかった。ニーアとの扱いの差に嫉妬し、追い出そうと陰湿な嫌がらせをしている噂がカシムの耳に入り、被害を最小限に抑えようと必死になっている。
もし嫌がらせの事で警告しようものなら、更に事態は悪化し、暗殺を企てるかもしれない。側室達もこの国の重鎮の血族の者。力で捩じ伏せれば、内乱が起こるかもしれない為、迂闊に手が出せないのだ。カシムが出来る事は、ニーアの周りの警備を増やし、時間がある限り常に一緒にいて守る事しかなかった。
「女はめんどくさい。」
「その女に溺れているのは誰でしょうねぇ?」
「……………」
カシムはぐうの音も出なかった。
翌日。
カシムは午後のお茶の時間にチェレッチアの下に訪れる。日頃の行動の注意と、この城での生き方を教えに。
「へ、陛下っ!!あの、そのっ」
チェレッチアの部屋の扉を叩くと、侍女が出てカシムに驚く。事前に来る事を伝えていた筈なのに、戸惑い中々部屋に入れようとしない。
「何をしている?部屋に通せ。」
「あのっ、お止めしたのですが…あのっ」
おどおどした様子の侍女に嫌な予感がしたカシムは、侍女を退かし扉を開ける。まさかもう他の側室からの嫌がらせが?
急いで部屋に入り目に飛び込んできたのは、
「チェレッチア様っ、お止め下さい!!」
「そのようなお姿をなされてはいけません!!」
「えーー、これが1番美味しい造り方なんだよ?」
素足になって床に座り、恥ずかしげもなくスカートを捲くり、足を開くチェレッチアの姿。彼女が手に持っている物は、薬草から薬を作る時に使われる道具。石皿を足で挟み、何かの草を楽しそうにすり潰している。
「…何を、している?」
「あれ陛下?もう来ちゃったんですか。まだお茶っぱすり潰し終えていないですよ。」
「お茶っぱ?」
「はい!!この葉っぱはすり潰して濾すと、とっても美味しいんですよ。」
笑顔で答え、再度石を動かし始める。石が擦れる鈍い音が耳障りだったが、確かにチェレッチアの言った通り、お茶は美味しかった。
カシムは王族のお坊ちゃまである。年頃の女性は皆お淑やかだと思っていたカシムにとって、チェレッチアの行動はまたまた衝撃だった。
「陛下とお茶が出来て楽しかったです。お仕事頑張って下さい。」
「…ああ…また来る…」
「はい!!」
茫然としたままお茶会は終わり、何も話せないままカシムは自分の部屋に帰っていた。
「意気地無し、へたれ。」
帰ってきたカシムに悪態を付くカギルド。チェレッチアを説得して、少しはこの生活も楽になると思っていたのに、カシムが何も言わなかった事に腹を立てたらしい。
「違う!!お前だってあの場面に出くわしたら何も言えなかった筈だ!!」
「あの方のやる事にはもう慣れましたと言いましたが?」
「女が昼間から生足をさらけ出して、床に座っていたら誰だって驚くだろうがっ!!」
カギルドは笑顔のまま固まり何も言えず、二人の間に気まずい空気が流れた。
「取り敢えず、明日は朝食をご一緒なさって下さい。私もご一緒しますので、必ずご忠告だけでもして下さいね。」
「ああ…わかった。」
疲れたような返事を返し、お互いの目が合わさると深い、深い溜息が出た。