愛と洋平
九条と会う約束をした。明後日の土曜日、十二時に駅前。今度は車で来るらしい。すごく楽しみにしている。だが、その前に愛にはしなくてはならない事がある。洋平だ。まだ話していない。話せないでいる。何度か話をしようと試みたがなかなか言い出せない。
「待たせてごめん。」
そう言いながらHRを終えた洋平は、教室から出てきた。
「そうでもないよ。」
二人は歩きだした。
またこの間のような気まずく、微妙な空気が二人の間を流れていく。
洋平の通う予備校までは歩いて10分くらいしかない。
その短い時間で別れ話をするのもなんだと思い、今日もまた話すのを諦めようとしていた。
学校を出たところで洋平は言った。
「今日さ、俺予備校休んだから・・・」
「えっ?な、何で?」
「最近俺達微妙じゃね?だから話したいなと思って、、、」
こんなところでチャンスが訪れるとは、、、
「愛、なんか俺に隠してることない?」
いきなり本題を切り出されて心の準備ができていなかった愛は何も言えないでいた。それが確信となり、洋平は話始めた。
「俺のこともう好きじゃないの?」
「・・・。」
まだ何も言えない。
好きじゃないわけじゃない。
むしろまだ好きだ。
だけど九条のことがある。そして九条のことが好きだ。洋平よりも・・・
「愛?」
洋平は愛の顔をのぞき込んだ。
「どした?」
我慢しているとは思うが、洋平の声が優しくて自分が今から言わなくてはいけない言葉が喉につまる。
「泣くなよ・・・」
言葉の代わりに涙が出てきた。
情けない想いでいっぱいになってしまった。
いけない事とはわかっていながら洋平を裏切った。
その事を謝って、自分とは縁をきってもらおうと決意してこの時を迎えたのにいざその話になるときまずくなって話せなくなる自分が腹立たしい。
「落ち着こう?いつかは話さなきゃいけないことだから。俺ん家行こう。」
と言って泣いている愛を支えて家まで行った。
なぜこんなに優しいのだろうか。
いつもなら洋平の我慢は越えているはずだ。だが今日は違った。
家に着くと、二階の洋平の部屋へ入った。
「ほら、すわんな。」
洋平はベッドに腰を下ろしてその隣を勧めた。
「う、うん。」
洋平の部屋に来たのはこれで二回目だ。初めてのときは付き合い初めで慣れないせいか、お菓子食べながらテレビ見て、他愛もない話をちょこちょこっとして終わった気がする。
「あんまし泣くなよ。ちゃんと話そう?」
「うん、ごめん。」
愛は手で涙を拭うとハンカチを取り出して更に拭いた。もう涙は止まったようだ。
「も一回聞くけど、俺のこと嫌いになった?」
洋平の顔を見た。
その優しい声からは想像できないほど辛そうな顔をしていた。そんな顔にさせているのは自分だ。
「違う、、、違うの。」
「何が違うの?」
「・・・嫌いじゃないの。だけどあたしが・・・」
「他に好きな人でもできた?」
「・・・。」
ズバリ言われて言葉を失った。
洋平はそんな愛の手を握った。
「俺やだよ。別れるの。」
洋平を見た。真剣な顔をしている。
「愛に他に好きな人がいたとしても別れないから。」
「な、なんで・・・。」
「なんでじゃないよ。お前が好きだからだろ?てゆうかほんとにいるわけね、その様子じゃ・・・。」
「うん・・・。」
手を握られる力が強まった。少し痛かったが我慢した。
「別れてあげないよ。」
「洋平・・・。」
窓の外はすっかり夕焼けで真っ赤に染まっていた。
その陽の光で二人も赤く染まっているはずだ。部屋の中は気まずい雰囲気が漂っている。
「誰?」
「・・・ルル・・・男の人だったの・・・。」
洋平は笑った。
「まじで・・・?・・・やっぱりと言うべきかなんというか、、、」
握っていた手を離した。そして愛を見た。今度は少し睨み気味だった。
「お前まじ怖いわ・・・。」
「ごめん・・・。!?」
いきなり洋平に突き飛ばされ、愛はベッドに倒れた。
「なにす・・・」
上に覆い被さり、口の自由を奪われた。両腕もしっかり抑えられている。
「んんっ・・・ はぁっ。」
「んで? そのルルとは何したの?」
「・・・キス・・・だけだよ。」
「俺とは一回もしてないのに?」
そう、九条とのキスが愛にとってファーストキスだった。洋平ともそういう雰囲気になった事はあるが洋平がいつも止めていた。
「俺は愛がそう言う事に関してまじめだと思ってたからキス一つしなかったのに。箱入り娘だし。でもそうじゃなかったんだな。出会って間も無い男とキスできるんだもんな。俺は何の為に我慢してきたんだ?」
上から見下ろしている洋平の顔は笑っていたが、目と声は怒りが滲み出ているかのようだった。
いつもの怒り方からは想像できない今の姿に愛はすっかり萎縮して何も言えなかった。
「今家誰もいないから安心してできるよ。」
「!?」
抑えていた愛の腕を放し、愛の顔を撫でる様に触れた。そして今度は軽く、優しいキスをした。
愛は両手が自由になったはずなのに、恐怖で抵抗できないでいる。手はしっかりとベッドのシーツを握り締めているだけだ。
さっきまでの優しい声で話をしていた洋平はどこへ行ってしまったのだろうか。今の洋平は悔しさと欲望だけで動いている。理性の欠片も無い。
「やだ・・。やだよ洋平・・・。」
涙が滲む。
「やだじゃないよ。俺のがやだよ。」
首筋や胸元に洋平の舌が這う。同時に制服のボタンもはずされていく。
「洋平・・・。」
どうしよう・・・どうすればいい?
愛の目から一筋の涙がこぼれた。それを見て洋平の手が止まった。
「洋平〜・・・・。」
愛は完全に泣き出してしまった。両手で顔を覆う。
怖くて怖くて仕方が無かった。それと、洋平にここまでさせてしまったことに対して申し訳ない気持ちがあいまって苦しかった。
洋平は一人起きあがった。愛が見ると、半ば放心状態で突っ立っていた。
「よ、洋平・・・?」
外はいつのまにか暗くなりかけていた。その色は洋平の愛を征服しようとしていた欲望が落ち着きを取り戻した様子を現しているかのようだった。
洋平は両手を硬く握り締めていった。
「別れよう・・・愛。」




