罪
愛は決めた。
もう一度九条に会って話をしなくては気がすまない。
私の事を本当はどう思っているのか。
嫌いなら嫌いでいい。娘だと思っているのならそれでもいい。
泣きすぎで腫れた目をこすりながら愛は布団から出た。
電話では九条は出てくれないと思い、メールをすることにした。
自分が九条の娘だと知ったことは伝えないことにした。
ただ本当は好きなのか嫌いなのかをはっきりしてほしかったからだ。
理由はなんでもいい。本当の気持ちを知りたい・・・
『あなたの本当の気持ちが聞きたいです。あたしがあなたを諦めなければいけないのであれば連絡を下さい。勝手に貴方の事を思っていていいのであれば私は勝手にさせていただきます。その代わりどうなっても知りません。』
というメールを送った。・・・というより送りつけた。
こうでもしないと返事をくれなさそうだからだ。
愛は九条からの連絡を待った。すぐ来ない事は覚悟していた。だが二日経っても三日経っても一週間たっても九条から連絡は来なかった。その間愛は九条の事ばかり考えていて食事もまともに取っていない。玲子はそんな愛をいつも心配そうに見ていた。しかし、理由を知っているからか、何も言っては来ない。その方がありがたかった。九条から連絡が来ない不安と玲子に騙されていた悔しさがいらいらに変わって今にも爆発しそうだったからだ。こんな不安定になっていることに自分でも気付いていなかった。
それから何日経っただろうか。愛が軽く引きこもりがちになってきた頃、九条から連絡がきた。メールだった。愛はボーっとした顔でメールを見た。もう急ぐ気力は無かった。
『連絡遅くなってごめん。仕事で日本出てたんだ。メール見て驚いた。もう一回ちゃんと話そう。明日なら昼間空いてる。それでいい?良かったら一時に初めて会ったとき言った公園で。』
一方的なメールだったが、逆にそれで良かった。いろいろ何でとか聞かれたらまた泣くところだった。
その夜もまた明日の事を考え、眠る事が出来なかった。ちゃんと話せるだろうか。ちゃんと本当の気持ちを聞けるだろうか。心配な事が多かった。そしていつのまにか朝日が部屋の窓から差し込んでいた。
まぶしさに目を細める。今日の一時だ。そのときになれば全ての答えを出す。愛はそう心に誓ったのだ。自分がどんなに傷つく結果になろうとも母の気持ちを無視しようとも、九条の本当の気持ちを聞くのだ。
この日愛は珍しくきちんと食事をした。玲子はほっとした様に愛を見ていた。きちんと体調を整えておかなければ話もできない。
約束の一時まで10分を切った。愛は家を出た。玲子は家にいたが、玲子には何も言わずに出てきた。
公園まで歩いて五分だ。今日も初めて九条に会った日と同様、よく晴れた空だ。上を向くと青空が視界いっぱいに広がっている。
公園についた。前二人で座ったベンチに九条はいた。また煙草を吸っていた。久しぶりの九条だ。ふられたことも忘れ、後ろから抱き付きたい衝動に駆られたが、それを押さえて九条の隣に座った。以前より幾分か二人の間は隙間があった。
「嫌いじゃないよ。」
そう切り出したのは九条だった。
「嫌いじゃなかったら何なの?」
いつのまにか洋平と同じ事を口にしていた。それに気付いてあのと気の洋平の気持ちが今わかった気がした。嫌いじゃない。その言葉がどれだけ言われた方をいらいらさせるか。好きなのかそうでないのかはっきりして欲しい。
「好きだ。」
煙草の煙を吐きながら言った。愛は怪訝そうな顔をした。九条の顔を見た。今もまた九条は悲しそうな顔をしている。どう言う事だ??今はっきり好きだといった。
「でも、好きでいてはいけない。」
「何で?」
「何でも。」
「何でよ!」
「もう、気付いてるかもしれないけど、俺は玲子と昔付き合ってた。」
「だから何!?今は関係無いじゃない。あたしは九条が好きで、九条もあたしのこと好きなんでしょう??」
愛はすがる様に言った。九条の口からお前は俺の娘だ。・・・なんて聞きたくなかったが、はっきり言ってくれた方がすっきりする。諦めもつく。次に九条から出てくる言葉はそれだと思った。
「俺は今でも玲子を愛してる。」
「え・・・?」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。驚きのあまり九条を見つめることしか出来ない。
「愛を見てても玲子の顔が浮かぶ。だから、愛の事ももちろん好きだけど、玲子じゃなきゃだめなんだ・・・!」
「そんな・・・。」
九条は俯いた。愛の視線に耐えられない様で、顔を両手で覆った。
愛はいつのまにか涙が流れていた。そして、九条の膝に両手を置いた。
「代わりでもいい・・・。お母さんの代わりでもいいよ。あたし。だから・・・」
その後は喉が詰まって言葉にならなかった。だからそばにいさせて。そう言いたかったのだ。
涙は止めど無く流れていた。ぐしゃぐしゃで見にくい顔になっていると分かっていたが、九条と目を合わせたくて涙をこぼしながらずっと九条を見つめていた。
「ねえ・・・代わりでいいからっ・・・。」
泣いている愛の頭をそっと九条はなでた。
「代わりとかそんな風に見れないよ愛を。愛は愛なんだから・・・。」
「だって・・・やだよ・・・。」
もう親子とかそんなのどうでもよかった。事実一緒に暮らした事も無ければ出会いは他人だったのだ。今更親子と言う事が分かったって気持ちを変化させることなんか出来ない。九条を愛しているのだ。九条だってそうなはずだ。母親の事を愛していようがいまいがあたしのことが好きならそれでいいじゃないか。母親も九条もなんでそんな事を気にするのだ。あたしは九条と一緒にいたいだけなのに。戸籍だって九条とは赤の他人だ。結婚だってできる。もう本当の親子とかそんなのどうでもいい。一緒にいたい・・・一緒に・・・。
「愛・・・。」
九条は困った顔をしていた。それを見て愛は決心した。
「ねえ、じゃあ、抱いて・・・九条・・・。」
最後・・・これで最後だ。九条に会うのも九条を想うのも最後にするんだ。涙はもう止まっていた。
これできっぱりと忘れるよう、思いっきり九条を感じればいい。
「愛・・・後悔しない?」
「しない。それだけは言える。」
二人は近くのホテルのベッドに横になっていた。九条の腕を枕に愛は天井を見た。これで九条を忘れられる。明日からは新しい自分になるのだ。
気付くと目の前に九条の顔があった。唇が近づく。愛は目を閉じた。後は九条に任せればいい。九条の大きな手が頭から首へ、首から肩へ移動して行く。動くたびビクッと体をこわばらせてしまい、九条は愛を見た。
「大丈夫?もうとまんないよ?」
「大丈夫。」
愛は九条の首に腕を回した。九条も愛の体を両腕で包み込む。
好きな人と抱き合う事がこんなに幸せであるという事を愛は今実感した。九条の温もりが伝わる。気持ちも伝わってくる感じがするのは気のせいだろうか。
体を這う手や唇が、どれも優しくどれも愛しい。今まさに母親の代わりにされているとしても九条が愛しくて堪らなかった。九条はもう一度キスをした。今度は今までした事無いような激しいキスだった。そしてその間に愛の中に九条の指が入っていく・・・
愛は少し痛みを感じ、体を強張らせた。九条を抱く手に力が入る。何度か抜き差しいていると痛みは快感に変わってきた。もう愛は恥ずかしさと気持ち良さで何も考えていなかった。何もかも初めてで愛の頭はパニックに陥っていた。
「入れるよ?」
その言葉の後激しい痛みが愛を襲った。あまりの痛さに呻き声が出た。呼吸も荒い。もうだめだ。こんな痛み我慢できない。だめだ、だめだ。気を失いそう・・・。目の前には恍惚に顔を歪めた九条の顔。この顔ももう二度と見る事はない。もうこの腕に抱かれる事はないのだ。そう考えると涙が出てきた。九条の汗ばんだ顔が滲む。荒い呼吸・・・呻き声、揺れる体・・・九条の温もり・・・
忘れたくない・・・
やっぱり、忘れられないよ・・・
九条の動きが止まり、快感の頂点を迎えた・・・
九条の左手が頬に触れた。その左手の薬指には初めて会ったときから付けていた指輪が今ははずされていた。
「指輪・・・」
ボソッと言うと九条は微笑んで言った。
「愛を玲子だとは思えないから今だけはずした。」
また涙が出てくる。
そうか、今はお母さんの代わりじゃなくて、一人の女として抱かれたんだ・・・。そう考えると嬉しかった。
部屋を出るとき、九条は言った。
「もう、諦めはついた?」
「うん約束だもん。もう九条に会わない。」
「ごめんな・・・初めてだったんだろ?」
「いいの。じゃ、あんまり遅くならないうちに帰るね!今までありがとう。」
そう言って愛は一人で部屋を出た。
残された九条はふうっと溜息をつくとその場にしゃがみこんでしまった。自分の犯した罪が今更罪悪感となって襲ってきた。自分も愛を愛してしまった。今となってはむしろ玲子より愛しているかもしれない・・・
九条は再び愛する人を失ってしまった・・・
「ただいま。」
「お帰りなさい。どこ行ってたの?」
家に入ると玲子がいた。愛は玲子を睨んだ。この人がそもそもの原因なのだ。何故九条と結婚しなかった?何故愛してもいない九条の子供を産んだ?言ってやりたい事が山ほどあったが今更言っても仕方が無い事だ。愛はそのまま何も言わず自分の部屋へと向かった。玲子は何も言えずただ愛が階段を上がっていくのをボーッと見ているだけだった。
そしてエプロンのポケットから一つの指輪を出した。若い頃九条からもらったおそろいの指輪だ。捨てようと何度も思った。だが、何故か捨てられなかった。一応大切な愛の父親でもあるし、その事は忘れてはいけない罪であるからだ・・・
愛は部屋に入ると電気も付けずにただ突っ立っていた。涙だけが静かに流れ落ちる。
窓を開けた。夕方の冷たい風が愛の顔をなでる。鞄から以前買ったたばことライターを取り出した。一本取り出して火をつけた。部屋中に九条の香りが広がった・・・
貴方と過ごした三ヶ月はとても幸せでした。貴方はとても優しくて、愛しくて・・・
貴方しかいない、そう思っていました。確かにあたしと貴方は歳が十五も離れていて、貴方に取ったらあたしなんて娘みたいな存在だったかもしれません。それでも、あたしは貴方に抱かれている間は一人の女でした。
急に目の前からあなたがいなくなって、あたしは苦しくて苦しくてどうしたらいいのか解らない。涙も止まらない。何故あなたがいなくなったのかは解っているの・・・ 恋人としてでなくてもいい。もう二度とあたしを抱いてくれなくてもいい。だから、だから戻って来て・・・
お父さん・・・ううん・・九条・・・
会いたいよ・・・
どうも読んでくださりありがとうございました!!
恋愛物は初めて書いたのでうまく自分の物語が皆さんに伝わっているか分かりませんが、是非、感想お聞かせ下さい☆