決心
「愛ももう大学生だなぁ〜。」
父親の政夫はお酒も入っているからか、上機嫌で言った。
あの後、家に帰ると愛の帰りを待っていた家族と共に卒業のお祝いにとレストランに食事をしに行く事になっていた。
今は食事も終わり、食後のお茶を飲みながら家族団らんの時間を過ごしている。
「どうしたぁ?愛。あんまし元気ないじゃないかぁ。」
政夫は愛の顔を覗くように言った。
「大丈夫だよ。卒業式でいっぱい泣いたから疲れたんじゃない?」
あくまで元気なふりをしてみせた。
大丈夫なはずない。
九条にふられてまだ数時間しかたっていないのだ。
楽しい気持ちになんかなれるわけがない。
しかしそれを玲子に悟られるのは嫌だった。
未だに愛には玲子と九条の関係ははっきりしない。靄が晴れない。
玲子を見た。
しかし何も知らないような顔をして話をしている。
何故何も言ってくれないのだろうか。
どう考えても二人に何か関係があることは明らかである。
どうせもう会わないのならば教えてくれてもいいはずだ。
なのにその話になるととても悲しそうな顔をする。
愛はそれ以上何も言えなくなってしまうのだ。
一番初めに浮かんだのが昔に二人はつき合っていたんじゃないかということ。
それならそれではっきり言ってほしい。
たとえそうであっても過去のことだ。何の支障もない。
そう言えば、初めて九条に会った日、九条は私を見て昔の恋人に似ていると言っていた。
あまり自分が母親と似ているとは思わないが、雰囲気は似ているかもしれない。
「そろそろ帰ろうか。」
と言う政夫の声にはっとして考えを中断した。
その夜、愛は眠れずにいた。
時間を見ると夜中の二時。
忘れられぬ九条を想うあまり涙が出そうになった。
心の靄が晴れるようにはっきりさせてほしかった。
思い切って九条の携帯に電話をかけた。
だが話し中だった。
何コールか待ったが、出る気配がなかったので一つため息をついて電話を切った。
愛は水でも飲もうと部屋を出て階段を降りた。
キッチンの明かりがついていた。
こんな時間に誰かいるのかとゆっくりキッチンに近づいていくと、話し声が聞こえた。
「それで、もう会わないことになったのね。」
携帯で話しているようだった。深刻な話をしている感じだ。
「愛には本当に何も言ってないのね?」
「!?」
まさか九条?おそらく電話の相手は九条だ。愛は音を立てないようにキッチンの入り口の外側に立った。
「うん、うん。わかってる。愛にこの事は一生話すことはないわ。そんなこと話したら家族が壊れかねないもの。あなたも私と愛のことは忘れて自分の家庭を持った方がいいわ。もう三十過ぎでしょ?」
ここまでの話からやはり玲子は九条の昔の女らしい。
だが、玲子の次の言葉を聞いて愛は耳を疑った。
「もう娘がいることは忘れて。愛はあたしと政夫の子として生まれてから今まで育ててきたんだから。・・・あなたに子供が出来たって言ったときにあなたは何も言ってくれなかったわ・・・。だけど政夫は結婚しようと言ってくれた。それであたしは愛を一生政夫の子として育てることに決めたの。」
あり得ない・・・。
九条が私の父親・・・?頭が真っ白になった。
何がどうしてこうなった?昔二人がつき合っていたのは確かだった。
しかし九条が私の父親でお父さんが本当の父親ではない・・・
と言うことはお母さんはお父さんをだましてる?お父さんはあんなに私を愛してくれているのに・・・。
微かに玲子に対して憎しみが生まれた気がした。
今まで並の家より心配症な親なだけの極普通の家庭だと思っていたのに母親だけが知っているわが家の秘密が存在していたなんて・・・
信じられない。
そして携帯サイトで偶然出会った九条が私の本当の父親だったなんて・・・
好きなのに。
愛しているのに。
父親としてではなく男として九条を愛しているのに!愛は苦しくなって涙が出てきた。
だが今ここで泣いたら玲子に気づかれてしまう。
愛は声を押し殺しながら音を立てないように自分の部屋に戻った・・・布団に潜り、やっと声を出して泣いた。
私のこの体には私が愛している人の血が流れている。九条の血が。
もう何も考えたくなかった。
苦しくて苦しくてしょうがない。
時折嗚咽がもれる。
この涙を止めたかったが止めることなどできない。朝まで涙が止まることはなかった。




