親友
昔同じタイトルで小説を書きました。
今回は出来るだけ公平に。
そして少しだけ成長した自分から見た
愚かな二人の子供への思いを込めて。
昔、親友という名前の知り合いが居た。
彼女は昔、
私が世界で唯一「負」の方向へ執着のある人間だった。
つまり、私に憎まれている唯一の女性だったのだ。
彼女はとても誇り高く、
運動も勉強もそれなりに出来た。
もちろんそれは井の中を出るレベルではなく
彼女自身も自分より高く跳ぶ者が居る世界のことを知っていた。
それにしても、彼女は利発で社交性も高く、
私と比べるとそれこそ「月とスッポン」。
まあしかし、正確に二人の関係性をものに例えるのなら
「ひまわりと日時計」というものにも例えられるのだが。
そう、この例は自分でも非常に良い例だと思う。
太陽の光が無くては存在意義を見つけられない私と、
太陽を求め太陽のフリをして日時計を翻弄する彼女は、
この一文だけでも、相容れない存在であることは分かるだろう。
彼女が望んでいたのは『一般的な友人』
この場合の友人とは
社会が私達に課す、「理想的な生活」のうちで
必要不可欠な物質である。
私はきっと、『友人』という肩書きくらいは貰えていただろう。
何故なら『友人』とはどんな人間でもなれる
ある意味、誰がそうでも関係のない役職だからだ。
そう、私は『友人』ではあった。
しかし一般的ではなかった。
彼女は、実に普通な女の子であった。
おしゃれに気を使い、勉強もそこそこにし、
好きな男の子の話題で頬を染め、昨日のテレビについて語り合う。
それは非常に一般的な、普通の女子。
彼女は望んでいた。
相手にも、自分と同じような反応を。
自分と全くもって同じな会話内容を。
私はそれに応えることは出来ない。
私は普通の女の子と違うのだろうか。
この場合、普通の定義を明確にしなければならないのだが
まあそこまで厳密にしなくとも
私は一応「普通の」女の子だろう。
だって私は五体満足でありその他身体的障害も抱えず
高名な親の子でもなく自身が天才なわけでもなく
特別重い病を抱えもせず唯一の生き残りでもなく
ただ少し、人の気持ちを悟るのだけが苦手な女の子だ。
そう、概ね普通。
しかし、私の欠点
人の気持ちを悟ることができないということは
「普通の生活」を望んでいた彼女にとっては
耐えられない汚点であったのだろう。
「もう桂華には話しかけてあげないから。」
突如伝えられたその短い伝言は
私の目の前から、信頼できる人を奪い
尚且つその太陽が、別に何ともない凡庸なヒマワリであったことを
残酷なまでに突きつけた。
そうだ、私は彼女を信じていた。
何を言われようと、どんなに理不尽に虐げられても。
ただ盲目的に信じる以外の道を、知らなかった。
私は彼女を信じ彼女は私を信じない。
これは、私がずっと前から分かっていたことなのに
何も理解はできていなかった。
怒りながらも、彼女が離れることなど想像していなかった。
彼女もまた、知らなかったのだろう。
自分の思う以外の友情の形とやらを。
結局のところ、私達は
ヒマワリでも日時計でも無い
ただの愚かな子供だったのだろう。
私は当時のことをあまり覚えていない。
彼女の伝言を聞いた日のことも
彼女が私へ言った数々の言葉も。
勿論、私が言った数々の言葉も。
今では有り得ない友情の終わりは
私からあまりにも遠く、その存在は希薄で
私の多くを変えた出来事のはずなのに
本当に、そのときのことを覚えていないのだ。
記憶に残るのは
いつも同じ席順になっていて苦笑していた姿。
バーベキューの野菜ばかり残って一緒に始末した事。
帰り道に登下校班の皆と全員でやった風変わりなゲーム。
中学最初のクラスで一緒になれた喜び
そして宿泊研修の時の叱責する声。
何かするたび見てくる冷たい瞳。
露骨なまでに私を見下す視線。
そしてあの伝言
私はもうそのときのことを覚えていないのに
その伝言だけは私の頭に張り付いて、
いつまでもいつまでも
いつまでも剥がれず私を蝕む。
学び舎を違えた今、
きっと彼女は私のことを思い出しはしない。
あの伝言すら覚えていない。
私は彼女にとっては大勢の友人のうちで
明らかな失敗作の一つであり
気に留める必要も無い存在だろう。
私は彼女を憎んでいた。
私を捨て、私を落とそうとした彼女を
しかし今では、私は彼女にそこまでの憎しみを持っていない。
それは私の彼女への執着が消えたという証であり、
私が唯一傾けた憎悪が消えたという事実だ。
愛と憎しみは表裏一体というが
私も彼女を愛していたというのだろうか
今は彼女を愛していないというのだろうか
彼女は私を愛していたのだろうか、憎んでいたのだろうか。
それは誰にも分からないが、
確かに一つ言えることは、
あの時、
彼女が受けた高校が私より大分下のレベルだと知った時
私は彼女を見てほくそ笑み、
彼女は私を見て顔を背けた。
しかし今同じ状況になっても
私も彼女も、お互いを見ることは無いだろうということだ。