Princess AllianceⅡ
「あなたが野中FRTでのチャンプ、姫ね?」
彼女から発せられた言葉に私は思わず萎縮してしまう。
いくらなんでも色んな人に知られすぎではないのだろうか。
しかしお嬢様的なイメージがついていた姫竜さんにしては珍しくゲーセンの話題だなんて。
まあ私の勝手なイメージだけどね。
そんなことはさておいて、一体どう答えたものか。
ナナにもすっかり知られてしまっているし、ここでいまさら隠すこともないだろう。
そう思った私は姫竜さんに本当のことを言うことにした。
「うん、そうだけど?」
私のその言葉を聞くと彼女はやっぱりか、とでも言いたげな表情を見せた後、視線はしっかりと私を捉えたまままた質問を投げかける。
「今度のPPの大会、もちろん出るんでしょうね?」
その内容というのはどうやら今度行われる大会についての話だった。
優勝すればプロトモジュールという携帯の機能を拡張できるものがもらえるという噂のアレだ。
「うん、狙うは優勝のみ!ってね」
本当に優勝する意気込みだった私は自信満々にVサインをする。
しかし彼女の反応はそんな私のノリとは正反対に非常にクールなものだった。
「優勝……できると本気で?」
彼女は腕を組み、そこはかとなく自信あふれるような口角をつり上げた表情でこちらを見ると挑発のような言葉を私に送る。
「それはなに?もしかしてあなたが私を止めるとでも?」
先ほどからの彼女の自信。
もしかすると姫竜さんが出場して私を倒す、そんな話の展開のような気がした私は負けじと質問で返してみる。
「ええ、あなたの伝説を終わらせてあげるわ」
どうやら本当に姫竜さんが出場するらしい。
自分で言うのははばかられるがPPの格ゲーは一日二日で上達するものではない。
日ごろの練習の積み重ね、さらには研究の結果いい戦いができるものだと私は思っている。
現に私はそうして地元のゲーセンのチャンプにまでなったのだから。
しかし私の噂はどうやらよくわからないところに飛び火しているらしい。
彼女の言う伝説とは一体何なのだろう?
「よくわからないけど、私は負けないから」
ただそう言い返すと彼女はその長い髪をふわっとなびかせながら後ろを振り返ると少し上げた右手の指を2本ピッと立てる仕草をしながら自分の席へと帰って行った。
返事のつもりだろうか、そんな彼女の余裕の姿を見て私は俄然大会へのやる気を燃やすのであった。
キーンコーンカーンコーン……。
そんな時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「……あ、飲み物買えなかった」
何のために自分の席を立ったのだろうか。
大人しく座りながら少し悔やむ。
それというのも全部姫竜さんのせいだ!
と、全然関係のないところからも闘志を燃やしながら皇円寺姫竜への勝利を誓うのだった。
私もまだまだ子どもだなぁ……。
頬杖をつきながらぼーっと黒板を意味もなく見つめながら私はそう呟く。
自分では冷静だとか思ってたけど、案外燃えやすいタイプだったんだな私。
こんなことに今気がつくなんて、何年生活しているんだよって話だよね。
……何年だっけ?
ま、いっか。もう授業が始まる。
早くPモバにログインしなければ。
さーて、頑張るぞー。
そうして2時間目、3時間目とゲーム三昧で過ごした私。
今は3時間目と4時間目の間の休み時間である。
ずっと携帯を見っぱなしだった私はすこし凝ってしまった肩をほぐすように首を回したり拳でぽんぽん叩いたりしていると目の前に宮子が立っていた。
「そうやってゲームばっかりしてるから肩凝るんだよ」
お気遣いどうもありがとうございます宮子さん。
しかし私から娯楽をとったらもはやなにも残りゃせんですよ。
でも宮子は私にあきれながらも心配してくれているので素直に聞くことにはする。
「うんうん、わかってるよ。それで宮子はなんでここに?」
別に話をそらしたかったわけではないがわざわざ目の前に立っているということはなにか用があるということなのだろう。
「なんでだろうね?なんで私はここにいるんだろうね?」
宮子がここにいる理由?
そうだなあ……例えば。
理由1."ここ"は自分のクラスだから。
理由2.いなければならない理由があなたをここに縛り付けているから。
理由3.実は私のことが好きだから。
理由4.私の近くに落ちていたお金を拾いに来たから。
理由5.飛ばした紙飛行機がこの辺に飛んできたから。
理由6.神様が決めた予定調和の一つにすぎないから。
理由7.気分。
理由8.あ。
「意図的に正解を外すな!それに理由が意味不明なのがあるし、最後になるにつれて手抜きになってるじゃないか!!」
おいしいリアクションありがとうございます。
いや、ここまでまんまだとは思わなかったよ。
「おーけーおーけ、それで何の用?」
あんまりぴったりな宮子の返答に気分をよくした私はここでやっと素直に話を聞く姿勢をみせる。
我ながら面倒な性格である。
「いや、次体育だよ?わかってる?」
ツギタ・イイク?
すいません、日本語でお願いします。
「体育だよ!た・い・い・く!」
うぃ?え、あ……体育か!
まったくもって想定外の言葉を聞いたときってなんか言葉として認識できないことってあるよね?
今その症状を身をもって体感できた。
うん、実に不思議な感覚だね。こんなに簡単な言葉を認識できないなんて。
でも今はそんなことは問題じゃないね。
次が体育ということは私は体操服に着替えなければならないということで。
そして私は体操服を持ってきていないわけで。
ということは私は体育の授業を受けられず科目得点が減点されてしまうというわけで。
それは私の思い描く学生生活には少しばかりの不具合があるわけで。
「つまり私はどうすればいいんだろう?」
すっかり立ち往生してしまう私。
そんな時天使の声とも思えてしまう声に私の失われかけていた意識は間一髪のところで引き寄せられた。
「お待たせ優紀ちゃん」
そんな声に振り向けば立っていたのはおそらく体操服が入ってあるであろう紙袋を持った私の相棒、IRIAであった。
本当にいざという時に頼りになるねこの娘は。
「ありがとうIRIAっ」
あんまりに愛おしくなったので思わず抱きしめる。
ついでに頭をナデナデもしておく。
「ゆ、優紀ちゃん恥ずかしいですよ……」
なにを言うか、私たちは姉妹みたいなものでしょうが。
……ん?IRIAにこんなプログラムはされていたっけ?
抱きついたら恥ずかしがった……いや、そんな機能はないはずだ。
少し確認してみる必要がありそうだ。
「IRIA、コマンドプロンプトオープン」
「了解、コマンドプロンプトオープンします」
これはここ最近IRIAが行ったプログラムを確認するためのモードである。
大量のプログラムが教室の壁へと、さながら映写機のごとく投影される。
一番最近行ったコマンドは一番下……えっと、これはなんだ?
"kanzyou.exe"
かんじょうえぐぜ?
……感情実行プログラム?
どういうことだろう。
そんなものはマニュアルにも見たことはない。
「プログラムの詳細を表示して」
「Error、このプログラムにはロックが掛かっています」
ロック?
IRIAのユーザーは私だ。
ロックなんて掛けられるのは私だけのはずだ。
「ロック内容の表示を」
「了解、ロック内容の表示」
壁の画面にはそのロック内容が表示されていく。
"当個体の中枢記憶メモリ、および深層波長のロック。当個体にセットされた電子頭脳-COL81は国際級機密を持つものである。なお、当プログラムへのロック権利者権限は個体ユーザーではなく当機が独自で行うものとする"
つまり……これはとても重要な部分であり、IRIA自身がロックを掛けている……と?
それに国際級の機密?
一体なんのことを言っているのかわからない。
もう少し深く調べてみなければ。
「検索、"kanzyou"について」
「了解、"kanzyou"サーチを開始します」
IRIAの中にあるkanzyouと名のつくファイルを片っ端から検索する。
さっきのプログラムの中身を確かめるためだ。
「検索終了。該当する単語は見当たりませんでした」
存在しない?
そんなわけがない。先ほどコマンドで確認したじゃないか。
こうなったら直接起動させてみよう。
「"kanzyou.exe"の起動」
「了解、"kanzyou.exe"を起動します」
さあ、これでどうなるのか。
いったいこのプログラムはなんなのだろうか。
これで全てがわかるはずだ。
……と、私は湧き上がる探求心を抑えられず思わず興奮してしまうが返ってきた答えは呆気ないものだった。
「"kanzyou.exe"の起動に失敗。File Not Found...」
ファイルが……ない?
頭がこんがらがってきたぞ。
ならばさっき起動したものは一体なんなのだ?
つい数分も前の話じゃないか。
そんな時、私の頭の中によぎる言葉……"国際級機密"
「なるほど……私のような一般市民には公開できない、と」
ふう、とため息をつきどうやらこれ以上の詮索は無駄だと判断した私はあきらめることにした。
「IRIA、コマンドプロンプトクローズ」
「了解、コマンドプロンプトクローズ。通常モードに移行します」
画面は閉じられ、いつものIRIAに戻る。
先ほどからの私の行動が理解できないのか、きょとんとした様子でこちらを見ているIRIA。
……ねえIRIA、あなたにどんな秘密が隠されているの?
私の探究心は失われたわけではなかった。