自己主張の鈴
「ナナ……?」
目の前の、妹に似た少女に圧倒的な違和感を感じ、思わずその名前を反復してしまう。
顔立ち、声、なにからなにまで妹と似ていた。
しかし、この少女には妹とは決定的に違う部分があった。それは……。
「右腕が、ある……」
そう、目の前の車椅子の少女は妹と違い"右腕がある"のだ。
それがこのナナという少女と、妹との決定的な違い。
「右腕……?」
俺の言葉に反応して自らのその細い腕を不思議そうに見つめるナナ。
「あ、ああ……今のはこっちの話」
どうやら俺の言動で彼女を不思議がらせてしまったようだ。
まあ、不思議といえば俺もこのナナについての疑問はいくつもあるのだが。
「名前……」
「え?」
「名前……教えて」
あ、そういえば俺はまだ名乗ってなかったっけ。
あんまりに妹に似てるものだから、ちょっと動揺してしまっているようだ。
「俺は水無瀬和真、えっと……ナナちゃんだっけ。こんなところで何してるんだ?」
「紙吹雪を……降らせている……」
……まあ、それは見たらわかるが。どうして降らせているのかを聞きたかったのだが。
「……どうして降らせているか……?」
「そうそう、どうして降らせているんだ……って、あれ……俺声に出してたっけ?」
俺の思っていたこと。紙吹雪を降らせる理由が知りたいということ。
考えていたことが、目の前の少女の口から発せられる。
「世界には」
「はい?」
「世界には、たくさんの形がある。元は一つだけど、世界を見る人の感じ方、その感性の数だけ世界がある」
俺の疑問はスルーされ、ナナは散らせた紙吹雪を眺めながら、ある一人のドランカー研究者の有名な言葉を呟いた。
別に、俺だって少しくらいはそういう知識だってある。もちろん知っているさ。
だから、俺はその言葉の続きを紡ぐ。
「……しかし、その"元の一つ"を見ることができる人はいない。世界を有りのままに感じることができる人などいない」
するとナナは驚いたようにこちらを見て、更にその続きを言う。
「ならば、正常な人などどこにもいない。我々は皆、ドランカーなのではないだろうか――」
言い終わったその直後、屋上に風が吹き、舞い上げられる紙吹雪たち。
そしてそれらはやがて浮力を失い、町の中へと吸い込まれていく。
風の音も、紙吹雪が散る音も無くなった静寂の中で、ナナは俺に問いかけた。
「あなたは、ドランカー?」
俺は言葉に詰まった。
どう答えていいのかわからなかった。
さっきの言葉の後ならば、人類は全てドランカーである。
つまり、あなたは人間か?と問われていることと同義であるのだ。
「さっきの言葉を受け取ったまま答えるとしたら、俺はドランカーだろうな」
だから、有りのままを伝えた。
俺だって、感じている世界は寸分違わず他人と一緒だということはないだろう。
そういった意味では、俺もドランカーだということだ。
「答え」
「うん?」
「さっきの質問の、答え」
さっきの……というと紙吹雪を降らせていた理由はなにかということに対する答えのことか?
それにしても、変なコミュニケーションのとり方をする子だな……。
「今日、7月20日。この町に雪が降りました」
「違う、君が降らせたんだ。ただの、紙を」
「それはあなたの世界。他の人の世界では、きっと雪が降っている」
他の人……ドランカーのことか。
確かに、俺が一瞬見間違えたくらいだ。ドランカーならば本当に雪が降ったという体感になりかねない。
「……世界には、たくさんの不安であふれている。あるはずの無いものに怯えている人がいる」
……うちの妹がまさにそんな状況だ。
勝手に世界を自分の中に作って、現実から怯えて……。逃げ続けているんだ。
「私の友達が……ドランカーなの」
「……そう、だったのか。可哀想に……」
気狂いの病気、ドランカー。
身内にその患者がいれば、その苦労は痛いほどわかる。
「でもね、その友達はいなかったの」
「え……いない……?」
"いなかった"とはどういうことだ?
……まさか!?
「想像上の友達≪イマジナリーフレンド≫……ドランカーの人が見る、幻影……空想の人」
やはり、そうか。
できるだけ視界から外していたのだが、どうやら本物だったらしい。
"あの首に提げてある青色の鈴"は……!
「私はドランカー。この世界で夏雪を見る人の一人」
ちりん、と鈴の音が鳴る。
精神病を患っていますという……自己主張の鈴が。