少女は世界の真実に触れた気がした
学校に着いてもすることは同じ。
私はただお姉ちゃんが過ごしている姿を見ているだけ。
……しかし今日は決定的に違うことがあった。
圧倒的に日常から外れた異常は休み時間に起こった。
「おはよう、IRIA」
……誰?
どうして私のもう一つの名前を知っているの?
声に振り向くとそこにいたのは神田直人だった。
直人さんが……どうして?
「メールは届いたかい? 昨日"届くように"送ったはずなんだけど」
私の頭の中のシグナルが一斉に、けたたましく点灯する。
なにか危険だ、そしてそれよりもなによりも、この人は今までの直人さんじゃない。
「あなたは……誰、ですか……?」
私の喉から出た言葉は、ただ疑問を搾り出すことだけだった。
「誰って、正真正銘"神田直人"さ。ちゃんと今の意思を持って、この十数年生きてきた本人だよ」
この人があのメールを送ってきた張本人?
今までと全然雰囲気が違う……。
……本当にお姉ちゃんを救う手がかりを持っているの?
「あの……メールのことは……」
「ああ、全て教えてやる。今、ここで」
私は興奮していた。
あの不可思議なメール。
世界の秘密……人々が知りえないなにかを知っている、この様子。
外から見れば私も、直人さんもおかしな人間に見えていただろう。
しかし、客観的に自分を見れないほど、今の私はなにも見えていなかった。
どんなチープなファンタジーでも、お姉ちゃんを助けてあげられるのなら……なんだってよかったのだ。
「ただし、今からこのコインをトスして表なら教えてやる。裏なら"絶対に"教えない」
そういって直人さんが取り出したのは一枚の銀色のコイン。
拳銃のマークがあしらわれている方が表、Rと一文字書いてある方が裏だ……と、直人さんは話を続ける。
私は不思議でしょうがなかった。
ここまで大きな話をふっておいて、コイントスの結果によっては教えてくれないだって?
その行為になんの意味があるんだろう?
「納得いかない……という顔をしているな」
私は黙って頷いた。
果たしてそのコイントスとやらには、どれほどの意味があるのかと……私が抱くその疑問は直人さん自身も予測していたらしい。
「強いて言うならこの行為が話の全てだ」
更にわけがわからなくなってきた。
ただただ不思議でたまらない私に直人さんはペンと紙を差し出した。
「さて……IRIA、今は何年だ?」
「え? えっと……2010年……ですか?」
急に「何年だ?」と、尋ねられた私はとっさに反応して答えた。
「ならば、2010とその紙に書け」
言われるがまま、私は紙に2010と書き込んだ。
まだまだ意味不明だったが、疑問を投げるのは一連の流れが終わってからにしよう。
「次は3つの数字を足して、答えが2010になるような式を書け」
私はしばらく考えると、「560 + 247 + 1203 = 2010」と書き込んだ。
なにか捻ったわけでもない、ただ無造作に思いついた数字を書いて、あとは2010に合わせただけの式。
「書けたか、それは"絶対に合っている"な? 数字に間違いはないな?」
やけに間違いがないかどうかを強調されて聞かれた。
3回も計算をし直して、それが絶対に合っていることを確認する。
「では、その紙は丁寧に折って大事に持っておけ」
その言葉に従い、意味のなさそうな数式を書いた紙を折ると両手でぎゅっと握った。
なんだか、テレビでこういうの見たことがある。
手品かなにかをするんだろうか?
「……そして、ここからが話の本番だ。今からこいつを上に弾く」
そうして直人さんの手には先ほどの銀のコイン。
直人さんはそれを自分の親指に乗せる。
「今から俺はコインをトスし、表なら真実を教える。裏なら教えない。これは絶対だ……絶対にこのコインに俺は従う」
まるで直人さんは私にではなく、自分に言い聞かせるように言った。
そして、コインが宙に舞う。
そのすぐ一瞬後にパシンッ、という音と共にコインは手の甲と手のひらを合わせキャッチされる。
「……結果を見るぞ」
直人さんがゆっくりと手を退かせる。
私は生唾を飲み込みながらそっと覗き込む。
そこに描かれているのは……。
「拳銃のマーク……表だ!」
私は思わず声をあげる。
これで私はこの不可思議な行為の意味と、あのメールについて教えてもらえるのだろうか?
「ああ、教えてやるよ。その前に……」
直人さんはコインをポケットに突っ込むと、口元を歪ませて私に尋ねた。
「今日は何年、だったか?」
「2011年ですけど……?」
さっきも聞かれたので、さっさと答える。
この問いにも何か意味があるのだろうか?
それとも……私はからかわれているのだろうか?
「そうか、ならお前がさっき書いたメモを開けて見せてくれ」
私は両手に持ち続けていた紙を広げて見せた。
そこに書いてあるのはもちろん、今年の年号とそれに合わせた数式が書いて……え?
「へえ……「560 + 247 + 1203 = 2011」か。IRIA、これ間違えてないか?」
紙を覗き込みながら直人さんは2011の部分を指差す。
そんなはずはない。
さっき3回も確認したのだ。
数式に間違いはないはず……でも、この式の答えは2010……それはつまりこれを書いた時点では2010年だったということ……?
そんな馬鹿なことがあるはずがない。
ただコイントスをしただけで……こんなこと……。
「……なにをしたんですか……?」
「ただ、コインをトスする前に表裏の結果による行動を決めただけだ。ただそれだけでこの世界の年号に関係する数字は認識上でだけ、1足される。だから年号に関係ない数字は変わらない。……式に間違いが生じたのはこのせいだ」
そう、式に間違いがある……本来の答えは2010で、私は今2011年だと認識しているのだから、これを書いてからもう1年は経ったはずなのだ。
ただ、周りの景色は変わらない。
生徒のみんなの顔も変わらないし、みんながなにかに気づいた様子もなく、どうしても1年経ったようには見えない。
「どう……して……?」
「これがこの世界の原理、真実……バグとも呼べるな。結果がランダムに変わるコインの表裏によって行動が分岐する時に限り、この現象が起きる。さっき俺がやたら強調して宣言したのもこの現象を起こしたかったからだ」
意味が分からない。
なぜ?どうしてそんなことで、こんなことが起きる?
この世界は……この世界は一体……。
「この世界は……なんなんですか……?」
「何回この現象が起こって、本当は今が何年なのかは知らないが俺なりの考えがある」
そうだ、今は2011年。
でも、こうして知らないところで年数の数字だけ変わっているのなら、本来の年号がわからない。
思考を張り巡らせ悩む私に、直人さんは言い放つ。
「この世界は、何者かに作られた電脳世界≪サイバーワールド≫……電気信号の世界かもしれないということだ」