You & I "Best FamilyⅠ"
食事を終え、自室に戻った優紀は一日の疲れからベッドに倒れこむ。
オーディオに手を伸ばし音楽をかける。
今日はべートーヴェンの"エリーゼのために"だ。
「はー……疲れた」
まさかIRIAがあんなに"人間っぽい"とは思わなかった。
いままではやっぱりどこかで一線を引いていた部分があったがやはり私にとってIRIAは家族だ。
そんなどこかに違いがあるとかないとか、考えるのはやめよう。
しょうもないこと考えるくらいならなにか楽しいことをしよう。
そうだ、Pモバでもしよっと。
優紀は携帯を取り出すとさっそくPモバを起動する。
デフォルメされたシュナイダーがフィールドに出現する。
<こんばんは、姫>
チャットメッセージが入る。
今日同じパーティになったナナからのメッセージだ。
<こんばんはー>
私もあいさつを返す。
知らない人に姫って呼ばれるのには抵抗があったがこのナナにはある程度好感を抱いているのであまり気にならなかった。
<今日も凄かったですね、姫スペ>
姫スペというのは私の開発したコンボ、姫スペシャルのことだろうが問題はそこではない。
この人物は今日、あの場にいたのだ。
<見てたんですか?>
<はい、じっくり見せてもらいました>
向こうは私のことを知っていて、私は知らないなんてなんかずるい。
<声をかけてくれたらよかったのに>
<少し恥ずかしかったもので……>
まあそれはそうだ、私とて話しかけられたとしたら緊張していたに違いない。
<そういえば姫は"プロトモジュール"って知ってますか?>
続けてナナからメッセージが届く。
プロトモジュール?なんだろう?
<知らないです、なんですかそれ?>
<通称PM。これを携帯に装着するとプロトが使えるようになるのです。>
……はい?
プロトってPPの世界で魔法ってことだよ?
<えっ?どういうこと?>
<……といううたい文句で配布されているおもちゃですよ>
あ、なんだ……そういうことか。
<具体的にはそれはPモバの機能を拡張するもので色んなことができるようになるそうです>
へえ、それは凄い。
ちょっとやってみたいかも。
<なるほど、それはどこで売ってるの?>
<それが今は試験利用中で非売品らしいんです>
なんだ、残念。
<でも世界中の何人かの人はすでに手にしていて、色んなサービスをうけているらしいです>
それはずるいなあ。
私もほしいぞ。
<なんとか手に入れる方法はないの?>
<そこで姫の出番ですよ>
ん、これまたどういうことなのだろう。
<私の出番?>
<今週の日曜日に野中FRTでPPクロスファイトの大会が開かれるそうです。その優勝景品だそうです>
ほほう、それはなんとしてでも勝ちに行きたい。
これは明日から修行しないといけないな。
<わかった、優勝できるように頑張るよ>
<はい、私も応援してますよ>
こんなチャットをしている間にもPモバでモンスターを倒すのは怠っておらず結局寝る時間帯になるとレベルは30になっていた。
ナナもちょこちょこやっているらしくレベルは41になっていた。
「あら、もうこんな時間か……そろそろお風呂に入って寝ようかな」
<そろそろ落ちますね、ではまたノシ>
そうチャットのログに残すと私はお風呂に入ることにした。
自分の部屋を出てリビングに行くとIRIAと誰かがなにか話をしていた。
……っていうかあいつは!
「和真っ!」
「え?ああこんばんは水無瀬」
なんでこいつがここにいるんだろう?
というか、IRIAとなんの話を?
「悪い水無瀬、俺もう帰るから……じゃあまたな」
そういって去ろうとする和真の肩を掴み動きを静止させる。
「ちょっと待ってよ、なんであなたがここに?」
それもIRIAと……。
「まあ……ちょっとな。もう帰るわ」
そういうと和真は私の手を振り切って家を出て行った。
なんなのよあいつ。
人の家に上がりこんでおいてあの態度。
「ねえIRIA、和真と何の話してたの?」
あくまで特に気にしてないという風に問いただす。
「……すいません優紀ちゃん」
どうやら言えないことらしい。
ロボットにプライバシーはいらない、とまでは言わないけど私一人蚊帳の外みたいでおもしろくない。
「そう……じゃあ私お風呂に入ってくるね」
色んなわだかまりを抱えつつ私は当初の目的どおりお風呂に入ることにした。
不貞寝……不貞お風呂ってやつかな。
次の日、昨日のことなどすっかり忘れいつもどおりの朝を迎えていた。
「おはようIRIA」
「はい、おはようございます」
うん、いい笑顔だ。
この子を見ていると今日も頑張るぞって気になる。
「今日の朝ごはんは?」
「今日は苺のジャムパンですよ」
……はい?
それは昨日も食べなかったっけ?
それについての話もしたと思うんだけど……。
「あのさ、IRIA」
「はい、なんでしょう?」
「なんで2日連続で苺ジャムなのさ」
IRIAは少し困った顔をしたと思ったら急に頭を下げてきた。
「ごめんなさい、すぐ別のものを用意します」
そういってテーブルの上の朝ごはんを片付けようとするIRIAを私は静止させる。
「大丈夫大丈夫、昨日も言ったけど"別にいいけど嫌"なだけだから、ね?」
でも……と、渋るIRIAを半ば無理やりイスに座らせると私もその隣に座る。
「ほら、はやく食べさせてよ。自分で食べちゃうよ?」
「だ、駄目です。私の仕事です」
すぐさまパンを適度な大きさにちぎり私の口へ持ってくる。
「ん……んぐ、ずるいよIRIAは」
パンを飲み込みわざとふてくされたように言う私。
「だってこんなに優しくて可愛いんだもの、なにも言えなくなっちゃう」
「そ、そんなこと……は」
「あはっ、照れてる照れてる」
少し頬を赤く染めるIRIA。
でもこれはプログラミングされたことであって……いや、そんなことを考えるのはもうよそう。
「ほら、早く食べさせてよ。学校に行かなきゃ」
「は、はい優紀ちゃん」
こうして、なんだかんだとありながら私たちは暮らしている。
こんなひねくれた私にとってIRIAは最高のパートナーなのだ。
「ご馳走様」
「お粗末様でした」
早々に食事を終えると私はカバンを手に取り玄関へ向かう。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃいです」
今日の学校もまたPモバでもして過ごすかな……。
そんなことをのんびり考えながら私は学校へ出発するのだった。