ここまでがプロローグ
お姉ちゃんと共に家を出た私を待っていたのは、お兄ちゃんだった。
何故?昨日の出来事からお兄ちゃんがお姉ちゃんから見えるっていうのはわかった。
でも……こんなに簡単に目の前に現れていいの?
「なんでいるのさ」
お姉ちゃんが、いぶかしむ様な表情でお兄ちゃんを見る。
「なんとなく、一緒に行こうかなと」
「まあいいけどさ」
何事もないように、まるでそれが当然……いつもの日常であるかのような振る舞い、やり取り。
お姉ちゃんの認識は劇的に変わった……?
それも、今までにない変化が。
「女が邪悪であることを証明せよ」
しばらくすると、お兄ちゃんは急に口を開いたかと思うと変なことを言った。
……ああ、そうか。
これは昨日テレビでやっていたジョークの、証明問題の話だ。
確かお姉ちゃんも一緒に見ていたはず。お姉ちゃんはすらすらと公式を話し、答えを証明してみせた。
「……こんな感じだったかな? まあわりと簡単かつ、ちょっと面白い話だよね」
「大正解だ、さすがは水無瀬だな」
お兄ちゃんが賞賛の言葉を送ると、お姉ちゃんは思いがけない言葉を返した。
「4ちゃんまとめスレで見たことあるしね」
「ん? なんだそれは?」
お兄ちゃんは私をちらりと見て「これはどういうことだ」とでも言いたげな表情をした。
私も知らない。この証明問題の話は昨日見ていたテレビ番組で知った情報では……?
「ああいや、こっちの話。……なんだ、意外とそっちの方面の知識には疎いのか」
お兄ちゃんの問いに対して、お姉ちゃんはなんでもないと話題を流した。
お姉ちゃんの言う"そっちの方面"とはなんなのだろうか。
証明問題の知識は昨日のテレビではなく、どこか別の場所で知ったのだろうか?
だとするとお姉ちゃんのいう"そっちの方面"というのは、あんな証明問題があるくらいなのだから、面白い話題であふれている場所なのかもしれない。
「それで?」
「ん?」
「いや、「ん?」じゃなくてさ。なんでいきなりそんな話?」
「ああ、そのこと」
お姉ちゃんはどうしてお兄ちゃんが昨日テレビでやっていた証明問題の話題を急に投げかけてきたのか、疑問に思ったのだろう。
お姉ちゃんは首を傾げながらお兄ちゃんを見つめた。
そんなお姉ちゃんの問いに対して、お兄ちゃんは空を見上げながら、まるでその先に"誰か"を見るような視線を空に向けながら意味深なことを言った。
「俺とお前には、どれだけの差があるのだろうか」
「差? 特にないとは……思うけど?」
お兄ちゃんの言葉に、お姉ちゃんはさらに首を傾げ、うーんと唸った。
「いや、今の知識な。昨日テレビで見たんだ」
私もそうだ。
でも、お姉ちゃんはどこか別のところで知った。という風なことを言った。
「さっきから話が繋がっているのかいないのか、よくわからない。こいつは一体何が言いたいのだろう」
お姉ちゃんの心のモノローグが口を通して声となる。
私にも、お兄ちゃんが話そうとしていることの意図が見えない。
「そうなんだ。なんチャンネルで?」
こちらは通常の話し声だろう。
お姉ちゃんはいぶかしみながらお兄ちゃんを見る。
「4チャンネル」
お兄ちゃんは端的に、チャンネルを告げる。
そうだ、私も4チャンネルの番組であの問題を知った。
「でも4チャンネルなら私も見てたけどなぁ……。そう、私も同じチャンネルを見ていたはずだがそんな放送は見なかった」
……え?
いや、お姉ちゃんは確かに昨日私と一緒に見ていた……はず。
「夢でも見てたんじゃないの?」
「違うね」
お姉ちゃんの疑問を、ただ一言で否定するお兄ちゃん。
その後はパラレルワールドの話を用いて、お姉ちゃんの認識が私たちとずれていることをお兄ちゃんは知らせようとしていた。
しかし、それはお姉ちゃんが本当の世界に気づく要素にはなりえない。決して届かない。
何が邪魔をするのだ?
どうして届かない?
いい加減にしろ!
誰に言うでもない、私は心の中で叫んだ。
誰か、誰でも良い。
私をこの悪夢から覚めさせてほしい。
そんなことはありえないと、そう思いながら私は願った。
この時の私はどんなものにでも縋り付きたい気分だったのだ。
しかし、そんな願いがまさか今日叶うとは、この時の私は考えもしなかった。