描かれた世界線の式
食事を終えると、私とお姉ちゃんはのんびりとテレビを見ていた。
お姉ちゃんの世界と、こちら側の世界の整合性を確かめるためにテレビの内容がどのようなものか、ということを逐一話していた。
その中で一つ、お姉ちゃんが少し妙な……気になることを言った。
「これは証明問題……じゃないのかな? ……へえ、結構おもしろいね」
見るとテレビに映し出された文字は"女が邪悪であることを証明せよ"と表示されていた。
なんだろう、差別がテーマの番組なのかな?
そう思いそのまま見ていると、それはどうやら日本のことわざをおもしろおかしく、無理やり数式にするとそうなる……というジョークだった。
「そうですね、今のは凄くおもしろいと思います」
正直な感想を述べた。
考えた人はとてもユニークな人間だろうな、と思った。
しかし、お姉ちゃんの口からでた返事は私の予想していない言葉だった。
「えっと……おもしろいって、なにが?」
「え……ですから、さっきの証明問題ですよ」
「証明問題?」
「今テレビでやっていた……あっ」
すぐに私は、はっとして口を閉じた。
また記憶の改ざんが行われたのだ。
しかし何故?
これは果たして世界の真実に関係することか……?
"見えているもの、見えていないもの"の違い……それがわからない。
「……ナナ」
「……え?」
テレビを観賞しながら携帯の画面を一生懸命に見ていたお姉ちゃんが急に呟いた言葉。
……ナナ?
「それは……人の名前ですか……?」
「覚えている……。見えている……私の大切な……」
目は虚ろ、ただ空を眺め、その姿は私を捉えていない。
大切な……なに?
「……行かなきゃ……」
そう言ってお姉ちゃんは立ち上がると、リビングを出て行った。
おそらく自分の部屋にいったのだろう。
「あっ……待ってお姉ちゃ……」
突如、震える私の携帯のバイブレーション。
どうやらそれはメールのようだった。
タイトルは"世界の真実"
送り主は……"電脳の少女"……?
そんな名前のアドレスは登録していない。
私の記憶違い?
いや、こんな名前は聞いたことも見たことも……。
ごくり、と唾液を飲み込む。
手が震える。
このメールを見るべきか、なかったことにするべきか。
世界の真実……それはどのような解釈にもできる。
ただの妄言。
お姉ちゃんの病気の真実。
情報認識の違い。
……見るだけ、見るだけならばまだどうにもならない……はず。
そう思った私は、メールを開いた。
まずはじめに添付ファイルがあった。
「……これは……プログラムコード……?」
拡張子はJPEG……どうやら画像データのようだったが、よくわからない図になにかのプログラムコードのようなものが描かれている。
「たくさんの線に……これは球……かな?」
無数の線が縦に並んでおり、それらに○のマークが描かれている。
中央部分にあるものだけは、なぜか大きい。
world line program
wl = 2000 + year
world change(wl = <coin toss> )
if (coin toss == 1)then
auto (world1 = go)
else auto(world2 = go)
wait (30s)
auto (world1 = world2)
end if
「ワールドライン……プログラム?」
プログラムらしき記述の一番上には、そう書かれていた。
ワールドライン……世界の、線……?
私には、これらがとても意味のあるものに見えた。
なぜだかは、わからないけど。
次に本文に目を通す。
携帯に届いたメールでは最多の文字数。
届いた内容はとても理解に苦しむものだった。
----------本文----------
想像してみてほしい。
夏の午後7時くらいの時間帯程度に、暗くなった都市だ。
電車の走る線路……その高架下道路は影に覆われ、さらに暗いんだ。
どう?想像した?
……そして、人がたくさんいる。スクランブル交差点を人々が行きかう。
人々の歩みが止まると、今度は車が走る。右へ左へ、車たちが流れていく。
そんな中、交差点の真ん中を、少女は一人白いワンピースに身を包み裸足で突っ立っている。
人々の声、車の音、様々な雑音の中……少女は立っている。
その一つ一つを正確に聞き取ることはできないけど、ただ騒がしいということはわかるよね?
ただ、それでも何故誰も少女を気に止めようとしないのか。
道路のど真ん中に突っ立っている少女を、何故誰も注意しないのだろう?
これは独り言じゃない。……そう、君に話しかけているんだよ。液晶画面の前に居るあなたに。
あなたは自分が見ているものが、他のみんなが見ているものと寸分狂わず一緒のものかどうかわかる?
自分が赤色と思っているそれは、言葉で言えばみんなもそれを赤色というだろう。
でも、実際に自分で感じている色合いとほかのみんなが感じている色合いは、本当に一緒なのかな?
自分が見ている世界は、他のみんなが見ている世界とまったく同じなのかな?
私は普段からそんなことを考えていた……あなたはそんなことを考えたことはある?
……なにも反応しないね、まあそうだろう。
だってあなたたちにとって、こういう状況っていうのは"ここまではまあ、よくある展開"ってやつなんだろう?
……問題は次だ。
私たちが、"こっち側の世界の秘密"に気づけた後はどうするか、それが最大の問題だ。
今回は、こっちから積極的にアプローチを仕掛けていくことにするよ。
なにせこっちには優秀なメイドがいるんだ。
……?
本当になにも返事がこないね。
もしかしてあなたはどうしてこうなったかわかっていない?
……わかった、なら説明してあげよう。
どうして"コイントス"一つで、世界の仕組みに気づけたかってことをね。
なにもかも、意味がわからないみたいだね?
なら、納得させてあげる。
今、私を見ているあなたに、私が言った全ての謎を教えてあげる。
そんなもん知りたくねえ、電波乙、とか思ったなら携帯の電源を落として寝るといい。
そのほうが健康的にもいいしね。
ただ、コイントスでどうやって世界の仕組みに気づくんだ?とか、どうやって画面内の私があなたにこうしてコミュニケーションを取れるんだ?とかそういうことが知りたいなら、このメールに添付してあるデータを見るといい。
そのデータには私たちが今まで過ごしてきた日々が記録されている。
ちょっとしたタイムスリップ気分で見ればいいよ。ちょっとした神の視線ってやつを体験してもらうことになるかな。
あなたはデータを読み進んでいくと、またこのシーンに出会うことになるだろう。
その時にあなたはどうするか、きちんと考えてね。
どうか、平凡で……それでいて幸せな日々を、今回こそ取り戻すために。
-電脳の中の少女より-
……衝撃だった。
コイントス一つで世界を変える?
そしてその答えが添付されているデータ……ってこと?
私は怖くなって携帯を閉じた。
このメールはいったい誰から来たの?
なんのために送られてきたの?
様々な思考が頭を巡る。
気になる内容は他にもたくさんあった。
液晶画面の前にいる、私。
画面の中にいる、あなた。
……どっちが真実?どっちが仮想?
いや、この問いはあまりに愚問。
メールの送り主はいる。現実世界のどこかに、いるはずなのだ。
電脳の中の少女……。
あなたは現実の人間なの……?それとも……。