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You & I -Reverside Drunker-  作者:
第二章"G線上のIRIA"
33/44

テセウスの船

「そう、たとえば"テセウスの船"だ」


 機嫌よく歌っているかと思えば、姉は突然口を開いた。

 テセウスの船……確かそれはパラドックスの一つだったはず。

 ある物体(この場合は船のことだ)を構成している要素(たぶん船の部品とか)を全て置き換えた時、はたしてその船は基本的に同じでありえるかという話だ。

 まあ、それを今なんでお姉ちゃんが話しているのかまったく理解できないけれど。


「IRIAの頭パーツを変えてみる。これはIRIAですか? はい、IRIAです」


「IRIAの身体パーツを変えてみる。これはIRIAですか? はい、IRIAです」


「IRIAの手足パーツを変えてみる。これはIRIAですか? はい、IRIAです」


「IRIAの顔パーツを変えてみる。これはIRIAですか? はい、IRIAです」


「ならば……」


 お姉ちゃんは少し考えて、数秒止まったかと思えばまた口を開く。


「IRIAの記憶をつかさどるハードディスクを変えてみる。……これはIRIAなんだろうか」


「思えばどこからがIRIAでどこからがIRIAじゃないのか、なんて誰が決めるのだろうか? それは主観によって変わってしまうものだ。もしかしたらIRIAの頭パーツを変えてしまうだけでそれはIRIAじゃないって人もいるかもしれない。そしたらだよ? もし私が髪型を変えた時点でそれは私じゃないってことになったら"私"ってなんなんだ? 私は髪の毛なのか? もし記憶喪失になってもはたしてそれは私か? 記憶喪失になった私が私じゃないなら今の私って記憶なのか? それとも顔? 顔が変わったら私じゃなくなるのか? だったら……」



「"私"って誰だ?」



 姉の言葉はどんどん早口になっていく。

 不安げな表情を余計に曇らせていきながら、言葉は饒舌になっていく。


「これは砂山のパラドックスにも共通するものがある。たとえば私の腕が一本なくなるとする。……これはまだ水無瀬優紀だ」


 仮定の話でお姉ちゃんは自己質問していく。

 まあ腕がないのは"たとえば"でもなんでもなく本当の話で微妙に的を射ているのが悩ましいところだ。


「もう片方の腕がなくなっても私。足がなくなってもまだ私。死んで物言わぬ屍になっても……それは水無瀬優紀」


「火葬して灰になった燃えカスも私? だったら元素のC(カーボン)も私? なら物理の授業で私が出てきているのか? そうじゃない、Cはみんなだ。だから灰は固有名詞じゃない。だってみんな灰なのだから」


「だったら私ってなんだ? 私って誰だ?」


「灰だけなのは私じゃない。腕だけなのも私じゃない。脳みそだけなのも私じゃない。全てが合わさって私なんだ」


「……だから」


 お姉ちゃんは空を見上げる。

 今日も代わり映えのしない空。

 ずっと変わらないであろう空だ。


「顔が違くても、声が違くても、記憶だって違くても……」


 私ははっとして足を止める。

 どこかで聞いた……言葉? いや、そうじゃない。

 頭の端っこのほうでチリチリ、パチパチとなにかがはじけ、私の思考をくすぐる。


「私は私でいられたら、それでいいなって。誰かが私を私だって、わかっててくれたらいいなって思うんだ」


 それは誰に対しての言葉なのだろうか。

 お姉ちゃんにはなにが見えているのだろうか?

 誰と……話しているのだろうか?


「IRIA……私は、誰?」


 ……えっ?

 私は見えていないはずではなかったのか?

 でも、今確かにお姉ちゃんが私を。


「……なーんちゃって、ね。ちょっと悲壮感漂わせて見たりするのでした」


 ……独り言、冗談だったのだろうか?

 いや、それにしてはなにか真に迫るような……。


「和真か……急に人の妄想に入ってこないでよ」


 和真……兄の……名前?

 兄は……お姉ちゃんの世界から消されてしまったのではなかったのか?

 私は周りの様子を確かめてみる。

 もちろん兄はいない。

 そりゃそうだ、お姉ちゃんは兄のことを"和真"なんて呼んだりしない。

 すると……その"和真っていうのは……誰……?

 ねえ、お姉ちゃん……あなたの世界には……何が映っているの?


「無限……」


 なおも、お姉ちゃんの謎の呟きは続く。

 この呟きが、元の世界への帰還の拒絶を表しているようで……。

 お姉ちゃんが、帰ってきたくないよっていってるみたいで……。


「お姉ちゃん……」


 だから私はお姉ちゃんを抱きしめた。

 ねえ、お姉ちゃんは私の体温をどう感じるの?

 私はロボットだから冷たい?

 それとも今は車椅子だから……なにも感じないの?


「嫌だよっ……!」


 嫌だよ……そんなの……。


「……ひっく……嫌だよぉっ……!」


 思わず漏れる嗚咽。

 出口なんて見えない、回復の余地もなし。

 どこへ進んでも、どこへ進んでも、行き止まりの迷宮。

 私は……どうしたら救えるっていうの……?


「どったの急に?」


「えっ……?」


 お姉ちゃんの言葉にはっ、とする

 私の思いが……通じた?

 私が……見えるの?


「お姉ちゃん! 私……私っ!」


 抱きしめて、ただいまって言ってほしい!

 もう大丈夫だよって、もうなんともないよって……私のことを抱きしめて……。


「……ならば……神はなにでできてるんだろう?」


「お姉……ちゃん……?」


 ……お姉ちゃんは私を見てなどいない。

 その視線はただ虚空を見ている。

 虚ろな瞳で、表情で……ただ虚空を見やっていた。

 哲学者になりきった姉の……ただの独り言。


「もう嫌っ……」


 もう、嫌なんだ……。

 こんなお姉ちゃんを見るのは……嫌なんだ……!


「誰か助けてよぉ……誰かっ……ぁっ……ぐぅぅ!!!???」


 渦巻く思考。

 あふれる感情。

 逃げ場もなく膨れ上がったそれはダイナマイトの爆発のように弾けた。


 ――バツッ。


 瞬間、私の脳から大事なものが今まで聴いたことのない変な音とともに"切れた"。

 ほら、見てごらん。

 脳みそって大事でしょう?

 ちょっと千切れちゃったくらいですぐおかしくなっちゃう。狂っちゃうんだよ。


「ぁ……――……――っっっっ!!!!!??!?!??!?!?」


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる回る。

 視界がぐるぐる回る。

 上にいって、下にいって、私の口に入っていって、お尻から出てきたそれは私の大事なところへと進入して子宮へと到達する。

 ほら、ここが赤ちゃんのできる場所だよ。暖かいでしょう?


「あったかい……あったたらったたったら……ったたたかいよママ……」


 もうあんしん、とてもあたたかい。

 とてもあんしん。もうだいじょうぶ。

 ほら……たくさんのあいじょうだよ。

 おねえちゃんからじゃなくてもたくさんもらえるんだよ。

 こころがこわれてよかったね。

 じゅうどのすとれすしょうがいなんだって。

 もうかんじょうもなくなっちゃったね。


 ――ろぼっとだね。


 kanzyou.exe

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