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You & I -Reverside Drunker-  作者:
第二章"G線上のIRIA"
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IRIA on G code ~Reason~

「……だから、わかったかい愛? もう優は……」

 セピア色に色あせた私の記憶。

 それは私の心の始まり。

 それから前の記憶は、あまりない。

「おまたせ、"IRIA"」

 そんな声に振り向けば立っているのは長い入院生活から帰ってきた私のお姉ちゃん。

 しかし私はその"IRIA"ではない。

 私は水無瀬愛璃(みなせあいり)。正真正銘この水無瀬優紀の妹だ。

 なぜお姉ちゃんが私をこう呼ぶようになったのか……まずはその話をしようと思う。











~第二章"G線上の人形(IRIA)"~


 これは今から2年前……お姉ちゃんが高校1年生の時のこと。

 学校行事の遠足の途中に電車の事故に見舞われてしまった。

 その結果、お姉ちゃんは右腕を失い心も強く病んでしまった。

 この国では障害者は、ぱっと見てわかるようにそれを表す鈴を身体に身に着けることが義務となっている。

 身体障害を持つ者は赤の紐の鈴を、精神障害を持つ者は青の紐の鈴を着けなければならない。

 お姉ちゃんはこの二つの鈴を付けることを余儀なくさせられてしまった――つまり生活にハンデを背負ってしまったのだ。

 鈴二つ持ちの人は一人ではまともに生活をすることができないので"ヘルパー"と呼ばれる生活をサポートする人物が付いてやらないといけない。

 そこで私は通っている学校を辞め、お姉ちゃんのヘルパーとなることにしたのだ。

 幸い、ヘルパーになれば国から多少の支援も出るので稼ぎ元がお兄ちゃんしかいない我が家にとっては一石二鳥のメリットがあった。

 お兄ちゃん――水無瀬和真は両親がいない私たちにとってはパパのようなものでもあった。

 お金を稼ぐために高校を卒業したらすぐに仕事先を探して、今は怖い仕事でお金を稼いでいることはお兄ちゃんは隠しているようだけど私は知っている。

 そうしてしばらくお姉ちゃんの介護生活が続いた……ある日のこと。

 お姉ちゃんが高校三年生になった。そんな時、お姉ちゃんは私たちの目を盗んでドラッグ――つまり危険な薬に手を出していたことがわかった。

 思考能力が欠落しているゆえにそれがなんなのかもわからずに服用してしまったらしい。

 それから以後、私はほぼ24時間体制でお姉ちゃんを監視しドラッグの乱用に至らないようにした。

 しかしドラッグというものは服用するだけで禁断症状というものがでてしまう。

 毎日毎日お姉ちゃんは叫び、暴れる……そんな日々が続いた。

 これは――そんなお姉ちゃんに何もしてあげられない、ただ見守ることしかできない私が見てきた過去の物語。









「触るな!! 私から離れろ!!」

 朝、開口一番介護の対象である姉から飛び出した言葉はそんなものだった。

「お姉ちゃん、私は」

「いいから消えろ!! 幸せの薬を返せ!!」

「お姉ちゃん、あの薬は」

「黙れ!! 死ね!! ……ああ鬱陶しい!!」

 ガラスが割れる音がした。

 それは姉が据え置き型のライトを窓に向かって投げたからということは部屋の惨状を見ることで理解できた。

 そして頭が割れるように痛いのは、私の視界に床しか見えないのは、きっと部屋に置いてあった地球儀で思い切り殴られたからだと私は思った。

「……ごめんなさい」

 床を這いずるようにして姉の部屋を出た私は部屋の扉を閉じ、それに背中を預けるように座り込む。

 耳を澄ませば部屋の中に居る姉が「鬱陶しい……鬱陶しい……」と何度も呟く声が聞こえる。

 姉は薬の禁断症状で以前の優しい姉ではなくなってしまった。

 落ち着かない、と爪を噛むのだが何時間も、それも何度も噛みすぎて爪はボロボロどころか無いに等しく、大量の血とグジュグジュになった肉が飛び出す形となっている。

 その痛みが姉のムカムカする気持ちをまた高ぶらせるらしく、その痛みを紛らわせようと手の甲の皮を引きちぎる。

 赤黒い中身をのぞかせるそれは非常にグロテスクであったが、姉はどうやらそれがお気に入りのようだ。

 先ほどのようにわめき散らして暴れたかと思えば、そのグロテスクな自信の手を見つめてクスクス笑ったりしていた。

 ……そう、ちょうど今のように聞き耳を立てている時にその傾向が見られる。

「また暴れたのか、あいつ」

 そんな声に顔をあげると兄の水無瀬和真がこちらを見下ろしていた。

「……うん、今は多分笑ってるところ。だから今入っても大丈夫だと思う」

「わかった」

 兄は地球儀で殴られて頭からたくさんの血を流す私のことは二の次に、一番の心配は姉の優紀に向いていた。

 私も、それでいい。

 私なんかの心配よりも、今はお姉ちゃんのことで頭がいっぱいなのは仕方の無いことだと私は認識している。

 兄はコンコン、と扉をノックすると続けて「入るぞ」と一言言って部屋の中へ入っていった。

 私も痛む頭を抑えながら立ち上がり、部屋の中へ入る。

「優? 調子はどうだ?」

 兄は暴れて落ち着いた様子の姉に優しく声をかける。

 対する姉はベッドに座り天井をボーッと見つめては「……ん」とわずかに唇を動かすだけ。

「なにか欲しいものはあるか? 薬以外なら、なんでも用意してやる」

 兄は姉に優しい。

 本当に姉のことを親身になって心配をしている。

 そんな兄に姉は「……音楽」と一言呟く。

 音楽というのは姉が好きなクラシック音楽が聞きたいということだろう。

 ただ姉の部屋に置いてあるオーディオはつい先日に姉が暴れた拍子に壊れてしまったのだ。

「そうか、この前オーディオ壊れたろ? だからほら、見ろよ優。兄ちゃんipod買ったんだぜ」

 この家の家計は正直苦しい。

 両親がいないので兄ただ一人で稼いで、なんとか生計を立てているこの状況で姉のために高価なものを買ったらしい。

 兄は姉の隣に座るとそのipodでクラシック音楽を流してやり、イヤホンを片一方を耳にはめてやっている。

 姉は曲を聴いて少し満足したのか、次は窓のほうを見やりまた「……ん」とただ一言を漏らす。

 これは一応「ありがとう」と言っているらしい。

 ただこの風景だけなら仲の良い兄妹だ。

 しかし姉は一定の周期で暴れたり、落ち着いたりを繰り返している。

 次またいつものように暴れだすかわからない。

 私はそんな姉になにかしてやりたいと思った。

 ――思った、だけだった。

 私がしてやれることなんてせいぜい身の回りの世話だけだ。

 またいつかのように私を優しく抱きしめてくれる日々を願って、ただ見守ることしかできないのだ。

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