RequiemⅦ
そしてたどり着いたのは私の部屋の隣の部屋――通称"開かずの間"だ。
ずっと昔からこの部屋には入ってはならないとIRIAに言われていた。
私自体もなぜだか入りたくなかったので今まで入っていなかった。
……私は確信していた。
ロボットであるIRIAを破壊する方法はこの中にあるのだと。
いままでひた隠しにされてきたのはそういう理由だからと私は推測した。
一度息を整え心を落ち着かせると私は開かずの間のドアノブに手をかける。
――ガチャリ。
労せずともそのドアは開きだした。
この部屋に入るのは初めてだ。一体中はどうなっているのだろうか……?
まず目に入ったのはシンプルな学習机。
教科書やノートの類はなく綺麗に整理された(というよりはなにもない空っぽな)状態だ。
中に入ってみると空気は別段汚いわけではなかった。
埃もなくどうやら日常的に掃除が行き届いているようだった。
「……誰が掃除しているんだろう?」
いや、きまっている。IRIAだ。
自分の独り言に対して自分でツッコミを入れつつ大きなクローゼットを開けてみる。
そこにはごく普通の人間が使用するような色々な荷物がしまってあった。
たくさんの機械のコードやゲーム機にスキー板、それにキャンプ用品なんてものもあった。
「なんて生活感ただようクローゼット……誰か住んでいたのかな?」
しかしここは私の家だ。
いままで私の記憶にここに誰かが住んでいたなどというものはない。
そう、生まれてからずっと――。
「……ずっと?」
私は生まれてからのことを思い出そうとした。
しかしなぜだ?真っ白で……なにもイメージがない。
さっきから考えが上手くまとまらない。
夢現な頭の中と私の身体。どうやらもうもたないらしい。
洗脳される前にIRIAを破壊してしまわないと……!
焦ってクローゼットの中を探索しているとガコンッと大きな音がした。
足元を見ると野球に使われる金属のバットがあった。どうやらこれが倒れたらしい。
しかし……なぜバット?
家の人に野球をする人なんていただろうか?
というか……家の人って誰が居たっけ?
私と……IRIAと……?
「……馬鹿馬鹿しい」
考えるだけ無駄だ。この世界ではもはや常識や……私の意志は通用しない。
私はバットを手に取るとぶんっと一振り。
……いける。
こいつは"現世の剣、リア・ドリームキャリバー"と名付けよう。
これがあればIRIAを破壊することができる。
「マスター?一体何の音ですか?」
IRIAの声がする。
どうやら先ほどのバットを倒した音を聞きつけてやってくるらしい。
パタパタと小走りでこちらへやってくる音が聞こえる。
あいつを殺るなら……今しかない!
私はドアの脇に立ち息を潜める。
「ここは……――の部屋……。マスターはここに……?」
ドアの向こうからくぐもった音が聞こえる。
もう……すぐそばにいる。
「マスター……?」
ドアが開く……いまだっ!
「IRIAぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ガンッ。
……やった!
私の振るった現世の剣はIRIAの頭を直撃。その頭からは血が……血?
なぜ……ロボットであるIRIAから血が出るのだ……?
「マスター……」
「IRIA……なんで……血が……」
「……――だから……」
「……え?」
「私はお姉ちゃんの妹だから」
妹……?
お姉ちゃんって……私が?
「待ってIRIA!私がなんだって!?」
倒れているIRIAを揺さぶる。
「……マスター……」
「なに?」
「たどり着けなかったんですね……"こちら"に」
「IRIA、教えてよ。一体なにがどうなっているの?」
「マスター……右腕をご覧ください……」
「右腕?」
私の右腕は確か……皇円寺姫竜の不思議な力で動けなくされて……。
ふと自らの右腕を見てみる……いや、"見れなかった"。
無いのだ。
私の身体に"右腕が付いていない"のだ。
「はははっ……ねえ、IRIA」
「……はい」
「私のこれ、どうしちゃったのかなぁ?」
「ずっと……前から」
「前?」
「そうですよ」
「嘘だ、私は」
「嘘はあなたです、マスター」
「……なにが」
「あなたはあなたの世界に対して嘘をつき続けている」
「……」
「……思い当たる節があるでしょう?」
「……どういうこと?」
「あなたはずっと前から、そんな姿で……それを受け入れられないあなたはそれを認めない形で心のバランスをとろうとしていた」
「していた?」
「そう、していた。でも今あなたはそれに気づいた。それは辛い現実と向き合うことができたということです」
「その……血は?」
「ロボットなんて」
「……?」
「ロボットなんてこの現代社会にいないですよ」
……え?
いや……でも、IRIAはロボットじゃ……。
「なぜそんなことを?あなたはロボットでしょ?違うの……?」
「2012年7月24日……そんな現在にロボットなんていないですよ」
「つまり……あなたはロボットじゃない……と?」
「だから……言ったではなppppppですか」
言葉をさえぎるノイズ。
私を真実から遠ざけるように、それを隠すように。
「ねえ……IRIA」
「……はい」
「あなたは……なに?」
「ずっと……ずっとあなたを守るために存在するものですよ」
「私を裏切ったんじゃ……」
「そんなはずないではありませんか」
「闇の組織は……」
「そんなものありません」
「洗脳は……」
「ありません」
「事件は……」
「ありません」
「私の……腕は……」
「ありません」
「じゃあ……私は何をしたの?」
「なにも起こらなかった日常で、ある日突然たった一人の妹を金属バットで殺してしまったんですよ」
「IRIA……」
「なんでしょう?」
「私はどうしたらいい……?」
私のそんな問いに、そうですね……と一呼吸終えてからIRIAは話し始めた。
「問題です。バスに5人のお客様が乗っています。あるバス亭で2人降りて3人乗り、次のバス亭で3人降りて1人乗りました。さて、現在バスには何人の人が乗っているでしょう?」
唐突な問題だった。
なにか意味があるんだろうと思ったので真剣に考えることにする。
最初に5人……次にプラス1で……次にマイナス2……。
「えっと……4人?」
「違います。5人ですよ」
「へっ?そんなわけ……あ」
「そうです。バスの運転手さんを数え忘れていますね」
「意地悪問題ね」
「そうかもしれません。では次の問題です」
一体これに何の意味があるというのか。
よくわからないけど負けたままじゃ悔しいので次の問題も答えることにする。
「もうすぐ世界は"夏休み"を向かえ、そして崩壊していきます。世界には何十億人という人口がありますが"あなた"を除いて全て消えてしまいます」
……勘の悪い私でもわかる。
これは"これから起こるであろう"ことを言っているのだ。
「さて、"あなた"は一人ぼっちでしょうか?」
……決まっている。
「一人ぼっちだよ。これまでも……そしてこれからも」
「違います。正解は二人ですよ」
「なぜ?私のほかに誰がいるというの?」
「私だよ、お姉ちゃん」
視界が歪む。
IRIAが私をお姉ちゃんと呼ぶ。
それに違和感を感じる。
意識の端でそれは違うと……そう訴えかけてくる。
「ずっと御側にいると……約束したではありませんか」
「IRIA……」
そうだ、私は世界にどれだけ裏切られようとIRIAだけは信じるといったではないか。
そんなIRIAに……私はなんてことを……。