Start DayⅡ
さて、もうすぐ夏休み。
学校は半日で終わるし、しかも授業も内容のないものばかり。
私的には意味のないこと。
悪い言い方だと"時間の無駄"ってやつ。
普段妄想で時間の大半を使ってるようなやつがなにをいう。
とか思ってるそこの人、私が妄想をするのはなにも四六時中じゃないぞ。
登下校中とか、そういう時にしかやらないんだぞ。
あんな朝からぶっとんだような話をしているがまあいつものことだ。
バカな話は私の栄養になる。もちろん精神的な意味で。
「おはよう優紀」
「おっす宮子」
朝の挨拶を交わす。
この娘は須藤宮子。
ボーイッシュなイメージにきりっとした目。
そしてなによりかっこいいんだな、性格がさ。
「や、そんな本人の前でベタ褒めされたってなにも出ないよ?」
「あっれ、また口に出てた?」
「その癖直したほうがいいよ、なんかこう考えが丸出し……みたいな?」
ふむ……いかんいかん、私の脳内が丸出しなんて恥ずかしすぎる。
「いやだからまた口に出てるって……」
「癖だから仕方ないんだよっ!く、くやしい……でもっ……つぶやいちゃう!」
「あのねぇ……」
あきれた顔の友人A。
朝からこんなバカと一緒になってご苦労様です。
「ねえねえ、なんの話?」
そこに参上しますはおっとり系筆頭、天宮春香さんですよ。
ボーッとした表情に某パンダのように垂れた目。
そしておもわず手に絡ませたくなっちゃう長い髪。
「ヘブン状態……!」
「なにを言っとるんだあんたは……」
「うるさい友人A、私は今脳内でこの垂れパン○ダの髪をだな……」
「誰が友人Aだ、そんでもって伏字の使い方がどうにも間違ってるぞ」
「お、おお……ツッコむねえ。でも脳内で髪触るのはいいんだ」
「ツッコミきれんだけだっての。」
……はっ!
ここまで来て私は春香をスルーしていることに気づいた!
ほうらご覧、スルーされて涙目になってる春香さんが目の前に……
「え、なに?」
別に涙目でもなんでもなかった!
泣かないのはいい子だけどそれはそれで寂しい。
「もう慣れただけだよ……」
ですって。
おっとり系の癖にあたふたしないとか何様のつもりだ!
「それで、なんの話をしてたの?」
改めて尋ねる春香嬢。
え、なにそんなに気になりますか。
「このおバカのいつもの癖についての話だよ。今も現在進行中の。」
「ああ、いつも考えてることが口に出ちゃうっていう……」
すいませんでしたね、色々と駄々漏れで。
「あ、そういやさ」
宮子がぽんっと手を叩きなにやら携帯を取り出した。
「優紀は何レベルになったの?」
「?レベルって……?」
「なにボケてんのさ、Pandora Protorionモバイル版だよ。略してPモバ。」
「モバイル……版?」
まずここで説明しておこう。
Pandora Protorion(通称PPとかパンプロと呼ぶ)というのは今世界中で大人気のメディアだ。
まずRPGゲームとして発売され、どんどん続編が作られていった。
漫画になり、そしてアニメ化、小説にもなり今や知らない人はいないぐらいの人気ぶりだ。
なにを隠そう、私もPPの大ファンであり全てのゲームはやりこんでいる。
PPシリーズのキャラたちが集って戦う格闘ゲーム、PPCross Fightってゲームが
あって私はホームのゲーセンではチャンプとして君臨している。
ちょっと話がずれたけど、ようは私はPPが大好きだってこと。
そのモバイル版……?なんてのは聞いたことないけど……。
「まさか優紀……知らなかった?」
知らないよそんな情報!
「そ、それっていつからなの!?」
「金曜日の21時ごろからだから……3日前くらいかな?」
うわあああああああああああ、出遅れたああああああああっ!!!!
すかさず携帯を取り出しPPの公式サイトへアクセスする。
画面をどんどんスクロールしていく。
概要……ふむふむ、携帯オンラインゲームなのか。
……待て、いまランキング項目に下品な名前を発見した。
ランキング6位PN.カズLv70
これってまさか……。
「ねえ、和真は?」
ユーザー登録を済ませながら私は尋ねた。
「立木君ならさっきトイレに行くって言ってたよ。もう授業始まるのに……」
あの野郎、授業サボってPモバやる気だな!
さっきの70レベは絶対和真だ!
くう……すぐに追いついてやるからっ!
ユーザー登録は済ませたから後は登録完了メールが来るのを待つだけだ。
凄く待ちどおしいこの時間。
ハンドパワーでも送り込んでやろうか。
「あのね優紀、念力送ったってメールはすぐに届かないって」
おおっと、とうとう行動までもが表に出てしまうとは……反省反省。
ピピピピピッ!
おっ、メールの着信音だ!
「今日の授業時間は有意義に過ごせそう……」
おもわず怪しい笑みをこぼしてしまう。
「わ……こいつ授業サボる気だ……」
「失礼なっ、ちょっと携帯触るだけだよ」
そろそろ授業の始まる時間だ。
さあて……れっつぱーりー!ってね。
そうして授業が始まった。
ポチポチポチっと……。
携帯のボタンをひたすら押している私。
このPPの世界観はファンタジーであり剣と魔法が飛び交うものである。
キャラクターたちはプロトという掻い摘んで話すとずばり魔法のようなもので戦う。
このプロトは"成すべきことがあるかぎり使える"便利な、そして強力なものである。
Pandora Protorionと、タイトルにもあるとおり重要なファクターであるのはお分かりいただけるだろう。
しかしこのプロトは敵も使ってきており、傷つけるための能力として扱われてきた。
第一作目、いわゆる無印PPのラストでプロトは"大人になれない者への救済措置"だということが
発覚するのだ。
「力がないものはなにも成しえないが力あるかぎりなにかを成すことは可能である」
これはPPの重要な人物「パンドラ」の言葉であり、人々がプロトを使えるように仕組んだのはこの人物だ。
確かに力を持つことでいままで成し得なかったことができるようになった。
しかしその力のせいで傷つく人も増えた。皆が幸せにはなれないのだ。
傷ついた人は逆に高みを目指してやろうと決意する。するとプロトに目覚める。
そのプロトを使って幸せになれば誰かが不幸になる。
この悪循環こそが狂気の男パンドラの狙いだったのだ。
開けてはならない箱の中身は人を不幸にする能力だったのだ。
そんな中、一人の青年が立ち上がった。
光の剣士シュナイダーは人々ではなくパンドラこそが悪だと悟り、その討伐の旅出る。
ちなみにシュナイダーは私の一番好きなキャラだ。
ゲームのラスト、シュナイダーは仲間とともにパンドラ退治に成功するが彼は奇妙な言葉を投げかけたのだ。
「まだ子どもだな」と……。
パンドラは消えたが以前としてプロトは消えないままだ。
世の中の辛い現実を受け止め、自力で頑張ろうとする人にプロトは発現しない。
つまりプロトを持つ者はまだまだ皆子どもであり、それを持たないことこそが大人の証なのだと……。
そうパンドラは言いたかったのかもしれない。
戦いを終えたシュナイダーたちのプロトはまだ消えない。
彼等もまた、やり残したことのある子どもだったのだ……。
と、これが初代PPの大まかなストーリーだ。
このストーリーが人気を呼び、続編がたくさん出た。
大人になるためのRPGというジャンルはいまでも色あせることなく続いている。
今回そのモバイル版を今授業中にも関わらずプレイしているのだ。
まずユーザーネームを決める。
私のは優紀からとって"You"にした。
次に使用キャラを決める。
使用キャラはもちろん初代PPの主人公シュナイダーだ。
シュナイダーは光の剣士と呼ばれており、プロトを使って光の剣を生成することができる。
癖の無く、使いやすい接近戦主体のキャラだ。
今回のPモバでもそれは変わらず序盤のモンスターをばっさばっさと切り倒す。
授業も4時間目というところでレベルは12になっていた。
「そういえばこれってオンラインゲームなんだよね……」
フィールドを見ると何人かが集まって一緒にモンスターを倒している。
経験値分配システムなるものでパーティ全体に経験値がいきつくそうだ。
さらにパーティボーナスというものがあり一定の数のモンスターを倒すと経験値が少し増えたりもする。
つまりなにかしらパーティは組んでおいたほうが得なのだが……。
「宮子と春香は……授業ちゃんと受けてるしなぁ……」
ということは適当にパーティを検索してどこかに入れてもらうしかないわけだ。
「ん?受信メール二件……?」
一度ホームサイトに戻り個別アカウントページに戻ると二件のメールが届いていた。
どうやらパーティのお誘いらしい。
まず一件目のメールには……。
「Hello! PP Would! 管理人より」と書かれている。
どうやらゲームを始めた時に届くメールらしい。
ならばもう一件はなんだろう?
まずはタイトルに目をやる。
そこには「神様」とだけ書かれている。
内容はこうだ。
「ようやく出会えましたね。もう何年も待ちわびておりました。 ナナより」
と書かれている。
画面をスクロールするとこのユーザーの招待を受けますか?との文字があった。
どうやらパーティのお誘いらしい。
ぱっと見ではただのいたずらメールかもしれないが優紀はこの言葉を知っていた。
「確かこれってPPⅢ天使編の中盤で敵の堕天使がシュナイダーに言う台詞だよね……」
相手はそうとうのPPファンらしい。割かしマイナーな場面の台詞をチョイスしてくるあたり
少し自分と重なる部分もあるかもしれない。
「いいよ、一緒に戦おうじゃない」
優紀はくすっと笑うとメールを送り返した。
「では俺の手を取るがいい。おまえが俺に……否、世界に相応しい器なのか確かめさせてもらうぞ」
相手に習って原作どおりのゲームの台詞でメールの文章を送る。
これでナナというユーザーとパーティを結成したことになる。
同じパーティ内の仲間のステータスが表示される。
YouLv12 ナナLv33
う……結構レベルに差があるなあ……。
こりゃ頑張らないと。
すると今度はパーティチャットのウインドウが開かれる。
「こんにちは」
ナナという人物からのチャットだ。
「こんにちは」
こちらも送り返す。
「よくあの場面がわかりましたね」
さらに返事が返ってくる。
どうやら私があの台詞の元ネタを知っていることについての話だろう。
「PPⅢは結構やりこみましたから」
「そうなんですか、私はⅢが一番好きなんです。Youさんは?」
「格ゲーのクロスファイトが一番好きかな?RPGならやっぱ初代です」
「クロスファイトですか、私もやったことありますが全然下手ですね」
「一応私ホームのチャンプなんですよ」
冒険そっちのけでPPの話で盛り上がる二人。
そんな中、私の一言でチャットが一時的に止まる。
怪しまれた?いやでも本当のことだしなあ……。
しばらくすると返事が届いた。
「……もしかして"姫"ですか?」
!?
なんで私のホームのゲーセンでの呼び名を?
確かにあそこは色々盛んなところだけど……。
どうしよう、なんて答えようか。
嘘をつくのもなんだし……ここは正直に答えよう。
「はい、そうですよ。もしかして地元の方なんですか?」
とりあえず無難に返す。
「そうですね、あそこのゲーセンにはたまに行きますよ」
なんてこった……。普通に知られているじゃないか。
次はなんて変えそうか迷っていたらさらにメッセージが届く。
「あ、時間が来たので少し落ちますね。ではこれからよろしくお願いします」
そうするとナナはログアウトしていった。
キーンコーンカーンコーン……。
ちょうどその時授業終了を告げる鐘が鳴り響く。
これで学校終了だ。
私もログアウトするとさっさと帰りの準備をする。
「あ、こら優紀!HRサボる気か!」
教室を出ようとすると宮子に声をかけられる。
「じゃあね宮子、また明日!」
有無を言わさず手を振ると私は走って逃げることにした。
HRなんて一番無駄な時間だからね。
さあて、放課後はなにをしようかなあ……。