Akashic RecordsⅡ
<こんばんは、姫>
ログインするなりナナからメッセージが届く。
本当にナナはいつもいるイメージがある。
<うん、こんばんは>
とりあえず挨拶を交わす。
ついでに聞きたかったことも聞くことにする。
<ナナはこの時間によく寝ちゃうの?>
なにせ寝ぼけてここにログインするくらいだ。
この時間にうたた寝することもあるだろう。
しかし返ってきた返事は私の想像していたものとは違うものだった。
<いえ……そんなことはないですけど。どうしてですか?>
あれ、違うのか。
なら昨日はたまたま寝ぼけてたってだけかな?
<だって今日言ってたでしょ?昨日は寝ぼけてただけだって>
<え……?なんのことですか?>
ん?どういうことだろう?
また寝ぼけているのだろうか?
<今日もゲーセンで私と会ったでしょう?>
<いえ、私は今日はずっと家にいましたよ。それに今日も、とは?>
<嘘、昨日と今日私と会って話をしたでしょう?>
<あの……昨日も言ったように私はまだ姫と直接の面識はないですよ?>
どういうことだ、これは。
寝ぼけているようにはとても見えない丁寧な文章。
私が会ったあれは……誰だ?
やはりこれは和真の言うパラレルワールド?
いや、そんなものは存在するはずがない。
あまりにも不可解すぎる出来事。
そこにナナは私に唐突に言葉を投げかける。
<アカシックレコードというのは……ご存知ですか?>
アカシックレコード……?
まったく知らない言葉だがなぜか聞いたことがあるのは多分気のせいだろう。
<なにそれ?>
<この世に起きる全ての出来事を記憶しているもの、だそうです>
<全ての出来事?>
<はい、過去に起きたことも……そしてこれから起きることも、全て>
予言……とはまた違うものなのだろうか?
<この世で起きることは全てアカシックレコードにより定められているといいます。今ここでこうして私達が話をしていることも、私達が生まれそして死んでいくことも>
なるほど、なかなか興味深い話題だ。でも……。
<なんで今それを私に伝えたの?>
<今の話が全て事実だとして……姫と、その……私がゲームセンターで出会ったというのは果たしてアカシックレコードに記されていたことなのでしょうか?>
つまりナナはこういいたいのだ。
本当は出会ってなどいないのでは、と……。
つまり私の勘違い……?
いや、確かに私は話した。
そのことを鮮明に覚えている。
<そのアカシックレコードに記されていないことは、絶対に起きないの?>
<アカシックレコードとはすなわち世界そのものです。記されていないこと=起きないこと、ですが例外はあります>
<例外……?>
<ええ、それはアカシックレコードは一つではない可能性があるということです>
<待って。複数あったらおかしくならない?例えば私がここでリンゴを食べるということが記されたレコードがあるとするでしょ?そして食べることはありえないと記されたレコードがあるとしたら……?>
<つまりはそういうことですよ。皆、自分の中に世界を持っています。ただしそれは虚像にすぎない。本物ではありません。皆、一様に自分の見る世界が正しいと思い込んでいるだけです>
ナナが言いたいことがなんとなくわかった気がする。
私の中でナナと出会ったことは事実。
ナナの中で私と出会っていないことも事実。
だかそれは二人とも自分の見ている世界の結果に過ぎない。
あくまで一人称視点なのだ。
ならば三人称視点のアカシックレコードにはどう記されているのだろうか?
先ほどのナナはそう言いたかったのだ。
どちらが正しいかなんて私達にはわからない。
私達を三人称の視点で見ている人……つまりは神。
神にしか世界で起こった真実の事象を知ることはできないのだ。
<ねえ、この世界でなにが起こっているの?>
明らかに不可解な、不思議な出来事。
私はかすかに不安を感じる。
<分かりません。ただ分かることは私達は真実のアカシックレコードに背かなければならないということです>
<どういうこと?>
<今日のニュースは見ましたか?>
<いや……まだだけど>
<……これです>
するとナナから今日のニュースデータが送信される。
中にはこんなことが書かれていた。
各地で起こる多数の不可思議な自殺事件!
ついにその数は10000件を越えた。
自殺者の携帯の待ちうけは全て"アストラルの導き"なる文字が描かれた画像に変更されていた!?
10000件を越える自殺事件……?
それに携帯の待ちうけ画像が同じものに変更されている?
アストラルの導きって……?
<このアストラルというのはおそらくアストラル光のことです。これはアカシックレコードにおける記憶媒体だとされています>
<つまり、この人達はアカシックレコードに記されたとおりに死んでいった……?>
<そうなりますね>
<世界に決められたとおりに?>
<その通りです>
<でもそれっておかしいよ。なんでこんな急に人が死に始めるの?しかもわざとアカシックレコードのことを匂わせるようにさ。絶対に、なにかの事件に違いないよ>
<そうですね……ただ、私達とて例外ではありません。いつ消されてしまうかわからないのです>
<一体……どうしたら……?>
<姫、私はアカシックレコードは都市伝説ではないとおもっています>
<これから起こることが全て記されている……?>
<ええ、しかし私はここで独自の解釈をします>
独自の解釈?
<アカシックレコードとは何者かによって管理されているデータバンクであり、これまで起こった全ての事象、そしてこれから起こる全ての事象を記録しているものではないか……と>
<つまり……私達人間はその何者かによって歩む人生を決められていると?>
<それだけではありません、今回の事件はその何者かの連中の中で謀反が発生し、アカシックレコードを書き換えた者がいます>
<書き換えた……?>
<やつはアガスティアの葉に描かれたプログラムを書き換えアカシックレコードに進入、私達人類を滅亡させようというつもりです>
ちょ、ちょっと待って。
よくわからない単語の羅列だ。
かなり突拍子もない理論だが今の私に反論する理論がなかった。
真実味こそなかったが私は提示された一つの可能性にすがりつくことしかできなかったのだ。
<私は……どうしたらいい?>
<姫はアカシックレコードを探してください>
私が?アカシックレコードを?
<姫は最近不可解かつ不思議なことが周りで起きませんでしたか?>
不可解かつ不思議……といえば。
そういえば今までにたくさんあったはずだ。
IRIAのバグ、なぜか家にいた和真、話が食い違うナナ、妙な夢を見た……私。
変なことだらけだった私の日常。
なぜいまになって気づいたのか……。
<それはあなたが真実に触れる者、ナディ・リーダーだからです。ただの一般人には最近起こった不可解な事象は理解できていません。もちろん私も理解できていません。
全ての違和感に気づくことができているのは姫だけなのです>
そうか……そういうことだったのか。
私に起こる不可思議な出来事はそういうことだったのだ。
私は世界を救うために動かなければならない。
<姫、あなたはきっとどこかでアカシックレコードを見たことがあるはず。どうか探し出してください>
<わかったよ。ナナも死んでしまわないように気をつけてね?>
<はい、姫も直感で行動しないようにしてください。その直感に従わないことこそがアカシックレコードに立ち向かう唯一の術です>
<了解、それじゃあそろそろ晩御飯の時間だから切るよ?>
<はい、ではまた>
私はログアウトするといままでの話を頭の中で整理した。
私は……ナディ・リーダー、真実に触れる者。
世界の真実を暴き出すのだ。
そしてこの事件を解決する。
私は携帯を閉じると部屋を出て、リビングに向かうのであった。