第7話 三人組 ふしぎなお菓子を作ろう!その1《さんにんぐみ ふしぎなおかしをつくろう!》
ある晴れた日の午後、秋月と明蘭、そして林の三人は、王老師の第二書斎で大掃除の手伝いをしていました。
高く積み上げられた古い本の山から、明蘭が「うわっ!」と声を上げて一冊の本を引張り出しました。
「見てみんさい! ぶち綺麗な、お菓子の絵が描いてあるよん!」
明蘭が広げた古い|ページには、金色の焼き色がついた、見たこともないほど美味しそうな丸い焼き菓子の絵が描かれていました。
「タォー……桃酥って書いてあるねぇ。昔の宮廷のお菓子じゃないん?」
秋月が覗き込むと、隣でほこりを払っていた林が目を見開いて突進してきました。
「お菓子!? どこなん! どこにあるん!?」
「まだないよん! この本を見て、これから作るんじゃん! 秋月、材料は何て書いてあるん?」
明蘭に促され、秋月は墨で書かれた古い文章をなぞりました。しかし、すぐに眉をひそめます。
「……うーん、なんだか変よ。『雪の粉』を四両、『黄金の蜜』を二両、『月の乳』を少々……仕上げに『香りの種』を散すこと、って書いてあるねぇ」
「雪の粉……? 今、夏じゃん! 雪なんかどこにもないよぉ!」
明蘭が頭を抱えると、林が胸を張って提案しました。
「へへん、北の思いっきり高い山まで行けば、夏でも雪が残っとるかもしれんぞ! ワシが取ってきてやろうか!?」
「そんな、遠いとこ行かんよ! 溶けてしまうじゃん!」
明蘭の鋭いツッコミが飛ぶ中、秋月は古い本の絵と文字をじっと観察していました。
「待って。この挿絵の『雪の粉』の粒、すごくきめ細かいよ。……もしかしてこれ、冬の雪じゃなくて、きれいに挽いた一番粉の小麦粉のことじゃないん?」
「なるほど! さすが秋月じゃね! ほいじゃ、まずは市場の粉屋さんに行ってみようやぁ!」
こうして、三人の「ふしぎなお菓子」の材料探しが始まりました。
◇
三人は市場の粉屋に駆け込むと、店主のおじさんは「なんじゃ、雪の粉ぁ?」と大笑いしました。
「ハハハ! 沈さんとこの娘さん、雪なら冬まで待ちな!……と言いたいが、うちにもあるよ、雪の粉!」
「ほらみんさい! 林、やっぱり小麦粉のことじゃわ!」
明蘭がドヤ顔で林を指さします。
秋月の推理通り、雪の粉とは丁寧に篩にかけたきめ細かい小麦粉のことでした。
まずは第一の材料を無事に獲得する三人組。
「次は『黄金の蜜』じゃね! 黄金で甘いと言ったら、蜂蜜に決まっとるじゃん!」
明蘭は自信満々に、城下町の外れにある養蜂場へ向かって今にも走り出そうとしていました。
「あ、待って明蘭! ハチミツとは限らんかもよ……」
「そんなの考えるより先に突撃じゃん! 林、養蜂場へ走るよん!」
「おうよ!」
「わわっ、明蘭、また引張らんの〜! 」
秋月の制止も聞かず、明蘭は養蜂場のおじさんの仕事場へ突撃していきます。しかも運の悪いことに、ちょうどおじさんが巣箱から巣脾枠を出している最中だったのです。
「ぶわっ!?」
羽音の嵐が吹き荒れました。
ブン、ブン、ブーン
怒った蜂の大群が、巣箱から黒い雲のように湧き出してきます。
「ひゃあぁあ! 蜂じゃあぁ! ぶち襲ってくるよぉー!」
「だから言ったのに! 二人とも、走って逃げるよん!」
「うわあぁあ! ワシ、甘い匂いしとらんのにぃい!」
三人は悲鳴を上げながら、城下町の路地を西へ東へ猛ダッシュで駆け抜けました。
途中で井戸の水をかぶり、なんとか蜂を振り切った頃には、三人とも息も絶え絶えで地面に倒れ込んだところです。
「おいおい、お嬢ちゃんたち。水も滴るなんとやらで、一体どうしたんだい?」
声がした方を見上げると、そこには以前、金魚の飴をくれたあの飴細工のおじさんが屋台の横で苦笑いしていました。
「あ! 小くんの金魚のおじさんじゃん!」
明蘭が息を整えながら「実は『黄金の蜜』を探して養蜂場に行ったら、ハチに追われたんよん」と事の顛末を話すと、おじさんはお腹を抱えて大笑いしました。
「ハハハ! 黄金の蜜ぁ? 古い本の洒落た言い回しだな。
そりゃハチミツじゃなくて、うちの屋台でも使ってる黄金色の水飴のことさ。大麦の芽をじっくり煮詰めて作るから、透き通った黄金色になるんだよ」
「水飴……! 蜂蜜じゃなかったんね……」
明蘭がガックリと肩を落とすと、おじさんは壺から木へらでトローリと伸びる黄金色の水飴をすくい、小さな壺に分けてくれて、さらに教えてくれました。
「ほら持っていきな。で、もう一つの『月の乳』なら、あそこの薬種屋に行くといい。あそこなら上質な杏仁が手に入るはずだよ」
お礼を言って向かった薬種屋では、店頭に薬棚を並べた店主のおじさんが「『月の乳』かい?」と優しく微笑んで迎えてくれました。
「昔の人は風流な呼び方をしたものだねぇ。牛乳のことじゃなくて、アンズの種の中身……甜杏仁をすり潰して絞った甘い汁のことだよ。大粒で、少し細長く扁平な甜杏仁は、杏仁豆腐や杏仁茶などの製菓用なんだ」
「ワシん家にもアンズの木があるから、月の乳、搾り放題じゃ!!」
林が威勢よく胸を張ると、おじさんは苦笑いしながら頷きました。
「アンズの木にも種類があってな、苦杏仁なら苦いからな。薬の材料となる。うちに持ってきたら買うよ」
「えぇ、そんな種類があるん。林、いい勉強になったねぇ」
秋月が感心したように頷くと、林は「へへん!」と誇らしげに鼻を鳴らしました。
「おうよ! 今度からアンズの種を見たら、苦いんか甘いんか、じっくり観察してみるわい!」
薬種屋のおじさんは手際よく甜杏仁の実を薬研ですり潰し、布で絞った真っ白な杏仁の汁を瓶に詰めて分けてくれました。
こうしてなじみの大人たちの知恵のおかげで、次々と材料の正体がわかって、なんとか手に入れるこたができた三人組でした。
ーーつづくーー




