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007 :// 火の扱いは慎重に

「やだ!!」


 左耳から右耳へ抜けるような悲鳴に、飛び起きた。

 周囲は暗く、寝起きの目には何も見えない。

 ぐすん、ぐすん、とすすり泣く音。


「……リーシア?」


 目が暗闇に慣れ、頭も冴えてきて、悲鳴が隣で寝ているリーシアだったことを理解した。

 覗き込むと、リーシアはぎゅっと瞼を閉じている。

 まだ眠っているようだが、固く瞑った瞼から止めどなく涙が溢れている。


 悪い夢にうなされているようだ。


「行かないで! 置いて……かないで……!!」


 何も言わないが、ラーシスもシグも起きたようで、リーシアの様子を気にしている。

 ここは大人である自分が適任だろう。

 クロアは少年二人に大丈夫と合図を送った。


 クロアはリーシアに寄り添って横になり、そっと涙を指で拭った。

 そしてゆっくり頭を撫でる。


「置いてかないよ、大丈夫」


 日頃どんなに笑顔でいても、親に捨てられた子供なのだ。

 魔獣も出るような恐ろしい森に、信頼していたであろう親によって放り込まれる。

 その心には計り知れない苦しみがあるだろう。

 普通に考えて、性格がねじ曲がってもおかしくない。


 撫でられるのが落ち着くのか、リーシアがすり寄ってきた。

 涙がクロアの胸元に染みこんでいくが、仕方ない。

 ご褒美だと考えることにする。


 そのままリーシアが落ち着いて眠るまで、撫で続けた。

 というか、クロアも気付いたら一緒に寝落ちしていた。



          ■□



 ラーシスたちと暮らすようになって、もう2週間ほどだろうか。

 漁の網はリーシアに手伝って貰って改良し、魚の入手に時間と手間が掛からなくなった。

 安定して食料を得られるので、生活は向上したと言える。


『魚、ちゃんと今日も獲れてるよね? そろそろ寝坊してもいいのでは?』

『んなヒマねーよ! 時間あんならウサギ狩りいくぞ!』

『アァー……引っ張らないでー……怠けさせてー……』


 この2週間ほど、何度もあったラーシスとの会話である。

 子供たちはそう簡単に怠けさせてくれない。


 ラーシスがよくウサギ狩りをすると言う割にはウサギに出会えず、肉は食卓にのぼらないが仕方ない。

 というか、多いと聞いていた割に魔獣にも野獣にも全然遭遇していない。

 せいぜい白い鳩のようなデブ鳥が遙か上空を飛んでいるのを見かけるだけだ。

 安全第一なので良いことだが、不思議だ。


 肉は得られないが、1人でいた頃には全く見つからなかった果実のなる木も近くに群生地があるので、食には安定している。


 だが、そろそろ炭水化物が食べたい。

 あと調味料が欲しい。


 炭水化物はなかなか見つけることが出来ずにいるので、クロアは調味料の方を攻めている。

 草や種、根などを集めては乾燥させて、味見を繰り返していた。


 塩や砂糖とまで行かずとも、スパイスになるようなものがあればいい。

 よくわからない種やいい匂いがする草を手当たり次第試している。

 なお腹は2回壊した。

 だが諦められない。諦めてはいけない、と自分に言い聞かせている。






「まだやってんのかよ、それ」


 今日も乾燥した草を砕いて、昼食に持って行こうとしていた。

 もちろん子供たちに得体の知れないものを食べさせるわけにはいかないので、自分専用だ。


 乾燥した草を石で叩いて砕くクロアを、ラーシスが呆れた顔で見ていた。


「この私の努力に、いつか感謝することになるハズさ。

 食は幸せへの第一歩! おいしいごはんさえあれば、世界は平和になるのだよ」

「うそつけよ」


 大きな葉っぱを皿代わりに、砕いた草を入れると思ったよりいい匂いがする。

 これは期待度が高まる。


「あのよ、リーシアのこと……ありがとな」

「ん?」

「この前の夜のことだよ」


 ばつの悪い顔をするラーシス。

 粗暴に見えて、陰で妹のことを思っているあたり、可愛らしい少年である。


「ああ、アレ? オトナの役目ってヤツよ。いーのいーの」

「……またリーシアがつらそうな時あったら、頼んでもいーか?」

「もちろん。……あ、ラーシスくんがつらい時も、クロアさんの胸に飛び込んできていいよー」

「するかよバーカ!!」


 茶化すと顔を真っ赤にする姿は、正直で子供らしい。

 クロアが笑うと、余計に耳まで真っ赤になった。


「お兄ちゃん、クロア~? 準備出来てるよ?」

「行く行くー」


 乾燥草を入れた葉っぱの皿を手に、ラーシスとリーシアと焚火エリアへ向かう。

 煙が立つと危険人物や魔獣に場所を悟られるかもしれないので、拠点である木のウロから少し離れたところを焚火の場所としている。

 シグがまだ火の立たぬ焚火を前に座り、待っていた。


「お待たせシグ」

「ラーシス、はやく、火」

「任せろ。燃えろ、【(ファイア)】!」

「おおー」


 ラーシスの人差し指の先に火が灯り、クロアは感嘆の声を漏らす。

 かつてクロアがあんなに苦労した火つけは、ラーシスの魔法によっていとも容易く行われる。

 嬉しいような、悲しいような。


 焚火を囲み、魚が焼けるのを待つ。


「そろそろ私も、魔法試してみようかなー」


 今さらながら、重大なことを思い出した。

 なんやかんやで忙しく過ごしてきたので、実はまだ魔法を試してなかったのだ。


「クロアは何属性なんだろうね?」

「氷っぽくね? 火はねーかな」

「なんか失礼な感じ?」


 念の為確認したが、属性による性格の指向性はないらしい。


 ラーシスは火属性。リーシアは水と風属性の2属性持ち。シグは使えないとのこと。

 人族は多くの者が魔法を使えるが、使えない者もいるらしい。

 その中でも大抵の人が1属性だが、複数属性持つ人間もいて、使える属性が多いほど出世しやすいのだとか。


 存在する魔法の属性は、火・水・氷・土・風。

 ファンタジーの定番である光や闇、雷などはないらしい。

 なぜその属性がないのか謎である。

 質量がないものは駄目なのかなど色々考えたが、風属性があるからそういうことではないようだ。


「みんなどうやって属性確認してるの?」

「基礎魔法を一通り試してくだけだよ」

「なんか地味だなー」


 ステータスが無ければ属性判定アイテムもない、相変わらず夢のない8ビット魔法世界である。


「とりあえずやってみたらいーんじゃねーか? 火は『燃えろ【(ファイア)】』だぞ」

「……火、ダメ。どこまで、燃えるか、わからない。川で、やった方が、いい」

「たしかにー」

「基礎魔法でそんなに出るわけねーって! みんな家の中で使う魔法だぜ?」


 ちょっとコンロに火をつける程度の感覚なのだろうか。

 先程のラーシスの魔法も、確かにマッチやライター程度の火種だった。


 ラーシスが言うに、規模を大きくするには詠唱を変更して上位の魔法を使用するのが一般的とのこと。

 ちなみに火魔法の次の段階は『焼き払え【火放(ファイア・ブレス)】』。

 ラーシスが練習中らしい。


「まずは水からやってみようかなー」

「水属性の基礎魔法は、『滴れ【(ウォーター)】』だよ。こうやって出すとやりやすいよ」

「ふむ……」


 リーシアが両手の側面を合わせて、器のように手のひらを丸める。

 そういえばたまにリーシアがその体勢で、水溜めにしている切り株に水を入れていた気がする。

 どこから運んでいるのかと思っていたが、魔法だったとは。


 思いつつ、クロアも倣って手で器を作る。


「『滴れ【(ウォーター)】』」


 し———ん


 焚火の爆ぜる音だけだ。


「クロアは水属性じゃないんだね!」

「……思ったんだけど。詠唱して魔法出る時と出ない時の違いって、なに?」


 この歳で口にする渾身の詠唱で、何も起こらなかった恥ずかしさがあるが、意外と頭は冷静だった。


 考えてみれば、今のクロアは詠唱を口にしただけ。

 ラーシスもリーシアも、先ほど詠唱を口にしていたが別に魔法は発生しなかった。

 つまりクロアの知らない何かがあると見た。


「あ、マナ集中知らねーのか」

「そっかそうだよね! ごめんね、クロア!」


 思った通りだった。


「目を閉じて? 体の中のマナを感じるの。そのマナを感じながら詠唱するのよ」

「マナねー……」


 ファンタジー定番ワードだ。

 故郷のイメージ通り、魔力や魔法エネルギーのような認識で問題ないようだが、自分の中にある何かだと考えるとわからない。


「マナってどんな感じ?」

「うーん。なんかぶわって、体中があったけー感じ?」

「私はポカポカした液体がゆっくり全身をぐるぐるしてる感じ、かなぁ?」


 人によって認識が違うということが、またクロアの中の難易度を上げる。

 そもそも異世界人である自分にマナがあるとは限らないのだ。

 もしかして無理かもしれない、と諦めを若干抱きながら、クロアは目を閉じた。


「んー……」


 あたたかさ。

 そういえば、この世界はずっと程よく暖かい。

 だから自分の体自体も温かいのだと勝手に思って違和感もなかったが、ひょっとして、これがマナだったりするのかもしれない。


「これか? 『滴れ【(ウォーター)】』」


 ザッパ———ン!!


 一瞬、何が起きたのか、全く分からなかった。


「?」


 全員が、シグすら、目を丸くして互いを見合った。


 誰もが全身水浸し。

 焚火も完全に消えてしまっている。


「嘘だろ……? 基礎魔法だぜ……?」


 周囲を確認するとクロアを中心に半径3メートルくらいが濡れている。


「え?」


 近くの木の高い枝と葉からも、水がぼたぼたと滴っているのを見て、やっと何が起きたかの全体像を把握出来た。

 とんでもないことが起きたらしい。

 水の基礎魔法というよりも、これは水の暴発だ。


「……クロアって、マナがすっごくいっぱいあるのかな……?」

「……ハハハ……これじゃ使いモノにならないねー……」


 シグが犬のようにぶるぶると全身を振るわせて、水を払う。


「火、じゃなくて。本当、よかった」


 全員がその言葉で最悪の事態を想像し、戦慄した。


「……焚き火、場所、変えないと」


 一人冷静なシグがくたびれたローブを絞りながら立ち上がり、やっと皆思い出したように自分の服を絞り始めた。

 滝でも召喚したような水浸しの地面に、服からどばどばと水が出ていく。


 基礎魔法でこれなら、この先どうなってしまうのだろう。


「いや待て……」


 ただびしょ濡れになっただけで残念な雰囲気になったが、よく考えればこれは。


「コレって、念願のチートでは!?」


 ピンと閃いたことをつい叫ぶと、靴をひっくり返して水を出すラーシスに睨まれた。


「なんだようるせーなぁ」

「チートってなぁに?」

「あ、えっとー……なんでもない」


 説明も面倒なので適当に誤魔化して、クロアは一人悶々と考える。


 もしかして、莫大なマナ所持量があるというチートなのかもしれない。

 閃きに自然と胸が高鳴る。

 これで命を日稼ぎする勇者から、戦える勇者に進化出来るかもしれない。


「フフフ……ついに来たか、この時が」

「クロア、なんだか顔がこわいよ……」






 こうして、クロアは魔法の練習を開始した。

 

 ラーシスたちに聞いたが、彼らもきちんと魔法を習ったことがないのでクロアの魔法暴発状態について詳しいことは分からないそうだ。

 仕方ないので、クロアもよく分からないままとにかく闇雲に魔法を使ってみることで練習とした。

 おそらく効率が悪いだろうが、攻撃手段ゼロは命の危険に直結するので、手探りでもやっていくしかない。

 いざと言う時に使えるように、魔法の規模感や発生個所をコントロールすることを最初の目標にした。


 ザ・ファンタジーな勇者になりたいとは思わないし、なれるとも思えないが、せめて自分と子供たちの安全を守れるくらいにはなりたいと思う。


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