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006 :// 食料調達の苦難 -2-

「ヨーシ! 出来たー!」

「変な、形」


 シグが手伝ってくれて、あっという間に大きな網が出来上がった。


 ただの網ではなく、形状は特殊である。

 まず大きな長方形状の網が一つあり、その真ん中にあえて開けた大きな穴を塞ぐように、さらに網を張っている。


「行くぞーシグ! ついてきて」


 相変わらずはてな顔のシグだが、素直についてくる。

 クロアは程よく大きめの石があるエリアを探して進む。

 途中で良い具合の大きな岩を見つけたので、網はシグに持って貰い、クロアは石を両腕で抱えた。


 網を川に対して垂直に張るように広げ、固定のために作った四隅の紐部分を岸にやり、上に石を置く。

 反対側の網の端は、川の半ばあたりにある岩で固定した。


「ゆるい。もっと、広げないと」

「わざとだよ。これでいーの!」


 川の流れに沿って、U字にたわむように網を張った。

 よく分からないらしく、シグが不満そうだ。

 流石にそろそろ説明してあげるべきだろう。


「これはねー“定置網”。固定して魚を獲る網」


 草のない地面に木の棒で図を書くクロア。


「魚って狭いとこだと壁に沿って泳ぐ習性があるのさ。だからここに来た魚は、この網に沿って進む。

 一つ目の網の穴の先まで進むと、奥にも網があるからここで捕まる。

 入ってきた穴は塞いでないから脱出されちゃいそうに見えるけど、この穴まわりが『返し』になるから、二つ目の網の中をぐるぐる回っちゃう。らしい」


 故郷の漁法の網にしてはお粗末だが、これで何匹かでも捕れれば大きい。

 運がよければ、働かずとも夜中に勝手に捕まっててくれるかもしれない。


「私の故郷でやってた手法でねー。

 上手くいくか分からないけど、これで上手くいったら楽出来るし。ダメだったら、両岸で二人で網の端っこを持って、同時に走るとか。色々出来るんじゃないかねー」


 シグはほんの少しばかり、驚いたような悩むような顔をする。

 本当に上手く魚が捕まるか怪しいからだろう。


「ちょっと試してみようか。シグはここいて」


 クロアは網から離れて、川上を進む。

 途中で川に魚がいるかも、しっかりチェックする。

 何十メートルか離れたところで、川の中に入った。

 そして大きく息を吸い、走り出す。


「うおおおおお!」


 安全のためにゆっくりと、それでいて派手に水面が動くように走る。

 クロア25歳。運動不足、元会社員。しんどい。水が重い。

 川底の石で転びそうになりながらも、網目指して頑張った。


「シャァァァ……! っはぁ……はぁ……」


 網の前で止まり、荒い息を整える。

 岸にいるシグが目をまん丸にしてクロアを見ていた。


「さて、入ったかな?」


 網の奥を覗き込むと、大きめの2匹の魚が泳いでいた。


「シグ———!! 見て見て、捕れたー!!」


 クロアの狂喜乱舞におののきつつ、シグも川へ入り網を確認する。

 2匹の元気な魚を見つけると、いつも虚無の瞳がほんのり輝いたように見えた。


「クロア、すごい……!」

「人類の知恵よ、叡智よ! 我らの勝利だ!」


 クロアは両拳を天に突き上げて喜びを噛みしめた。

 やっつけ仕事だったが、素晴らしい成果だ。

 社会の先生の話も100%の無駄ではなかった。


 勝利の余韻に浸りながら早速魚を陸揚げすべく、網を持っていく。

 網ごと魚を持ち上げると、思ったより大きく、ビチビチと跳ねる。


「あぶない」


 シグが網の下から魚を支えようとした時だった。


 ばしゃ———ん


 シグにとっても想定外に魚のビチビチが強かったらしい。

 頬を尾で叩かれ驚いたせいで足を滑らせ、尻餅ちをついていた。


「シグ、大丈夫!?」


 網を肩に抱えて、クロアはシグの二の腕を引っ張った。


「ん?」


 立ち上がれるように引っ張り上げたつもりだったのだが、立ち上がるところか。

 重さにむしろ引っ張られた。


「え。重すぎない?」


 シグはクロアよりも背が低い。

 ほぼ顔しか肌は見えないが、それでも頬骨を見るに痩せすぎだろうことがわかる。

 何かおかしい気がする。

 持ち上げるところが悪かったのかと、シグの手首に場所を変えて握る。


「……ん……?」


 固い。

 まるで固い金属の腕輪でもしているかのような感触だ。


「だめ」


 シグが手首を守るようにクロアを振りほどいて、立ち上がる。

 無言で岸に向かって行った。


「…………」


 クロアも網を抱えて陸に上がる。

 網をとりあえず足下に置いて、座りこんで服を絞るシグの前にしゃがみ込んだ。


「ねぇ、シグ。腕見せて」


 シグは服を絞るのをやめて、ぎゅっと自らの腕を掴んだ。

 そのまま見つめ続けると、誤魔化しきれないと悟ったようで無言でゆっくり腕を差し出した。


「ちょっと失礼」


 指先も出ない長い袖をまくると、腕には想像通りの金属があった。

 千切れた鎖が繋がっているそれ。

 本物は見たことがなかったが、何かくらいはすぐにわかった。


 手枷だ。


「こんな……」


 ふと今までのシグの動きを思い出す。

 いつだって、ゆっくりだった。


 隙をついてローブの足下もめくりあげた。

 シグがあっと声をあげるよりも先に、手首と同じものが足元に露わになった。


 嫌な想像が当たってしまった。

 ボロボロの靴から覗く足首に、枷があった。


「…………」


 何も言えなかった。

 枷の内側の皮膚は赤黒く変色しており、長い間その状態だったことが窺える。

 重い枷は、歩く度に皮膚を少しずつ抉るのだろう。

 新しい血も滲んでいた。


 シグは子供である。

 こんな扱い、あってはならない。


「……ふう」


 情に深い方ではないと自分で思っているが、シグがこの状態に至るまでどんな環境だったか想像すると、シグの周りにいたであろう人間を殴りたい気持ちに駆られる。

 クロアは湧き上がる怒りを、そっと息にして吐き出した。


「知らなかったとは言え、ムリさせたね。魚獲りなんて辛かったでしょ。ごめん」

「別に……慣れて、る……」

「コレに慣れてるって、よくないコトだからね? ローブ貸して。絞るよ」


 シグがローブを脱いでクロアに手渡す。

 クロアは受け取ると渾身の力で絞った。

 やはり着たままではロクに絞れていなかったようで、水がぼとぼとと落ちる。


「乾かして行きたいところだけど、そろそろ戻らないとラーシスたちが心配するかな?」

「……うん、もどる」


 シグが獲れたての魚2匹に木の棒でトドメを刺した。

 他のシグがモリで獲った魚も木の枝に刺して持ち帰る準備をする。

 クロアもそれに倣った。


「……なにも、聞かない、の?」


 シグはクロアに目を合わせることなく、消えるような声を吐き出した。


「……聞かないよ。喋りたいなら、もちろん聞くけどもさ。

 でも、出会ってすぐの奴にペラペラ言いたくなるような話じゃなさそうだし。嫌なら別に一生話さなくてもいいし。シグに任せる」


 どんな理由にしても、出会って1日や2日の人間には話したくないだろう。

 もし自分だったとしたら、そう思う。

 シグの顔は悲しみでも怒りでも苦しみでもない、複雑な表情だった。


「その枷のこと、ラーシスたちは知ってるの?」

「ふたりとも、知らない」

「秘密にした方がいい?」

「……うん」

「わかった。じゃあ誰にも言わない」


 シグはまだ湿っているローブにくるまれる。


「じゃあ、帰ろっかー」


 まるで何もなかったかのように微笑むクロアを見て、シグは帽子を深くかぶり直した。

 急激にセンシティブなことに触れてしまって、クロアは申し訳なく思う。


(なんて夢のない異世界だ……)


 どこへ行こうとも世知辛いとは、これが現実か。


(なんかなぁ……違うよな)


 異世界召喚は、楽しいものだと思ってた。

 確かに生活基準は下がることは分かっていたけれども。


 ここまで来て、嫌なものしか目にしていない。


 所詮、漫画やアニメなどあてにするものではないか。

 どこに行こうと人が人である限り、光も闇もある。


 妙に達観したような気分だ。

 クロアとシグは無言で帰路についた。



          ■□



「シグ。ちょっと来て」


 夕方、ラーシスとリーシアが先に焚き火場所に向かったので、クロアはこっそりシグを呼び止めた。

 じり、と下がるシグ。

 おそらく枷の件で警戒しているか、気まずいのだろう。

 巨木のウロの中へとしつこく呼び寄せると、仕方なさそうにシグがやって来た。


「ここ座って」


 素直に座らないので、強引に肩を押して座らせた。


「足出して」


 やはり素直に出さないので、足を掴みあげてローブをまくった。

 何度見ても痛々しい足首。

 正直、新鮮な傷しか見たことがないので変な気持ちだ。

 ここまで治療されなかった傷を見ることがない世界は、本当に幸せだったのだ。


 複雑な気持ちが顔に出そうになるのをぐっと抑えて、クロアはポケットからスカーフを取り出した。


 たまたま鞄につけていて、あまり存在価値を感じたことのないスカーフ。

 友人からの貰い物だが、子供のためなら雑に使っても許してくれるだろう。

 シーズンを選ばない幾何学柄で、つるりとして肌触りがよいこれを、事前に二つに破いておいた。


「クロア……!?」


 スカーフを足枷の内側にくるくると巻いて、キツすぎない程度で結ぶ。

 その上から足枷を動かしてみると、結び目がかさ張って、以前より足枷と足の間の遊びが無い。

 これならケガもしづらくなるだろう。


「なに、してるの……!?」

「布巻いてる」

「すごく、キレイな、布、なのに……!」

「こんな森じゃ、キレイな布もただの布。ハイ、反対の足」


 反対の足も強引に引っ張りだし、スカーフを巻いた。


「これでヨシ! ちゃんと外して洗うんだぞー。不衛生なのは病気のもとだからねー」


 シグは立ち上がると足踏みして、枷の具合を確認している。

 顔を見るに、ほんのり喜んでいるような気がする。


「なんで?」


 不安そうなシグの言葉に、クロアははてと首を傾げた。

 何に対する何故なのか、あまりよくわからないが。


「ケガを心配するのは当たり前じゃない? なんか出来ることあるなら、してあげるのもね。

 相手が一緒に暮らす仲間だとか、子供相手なら、なおさらさ」

「……そういう、もの?」

「そういうものじゃない?」


 何故と問われると言語化が難しいが、そういうことだと思う。

 確かにスカーフは、この世界で貴重なものだったかもしれない。

 いずれ街にたどりつければ、いい金になる可能性もあるとは考えた。

 しかしだからと言って、不器用で優しい少年の傷をそのままにしておくのも嫌だった。


「私がしたくて勝手にしたことだから、気にしなくていいの。子供は子供らしく、オトナに甘えときなー」


 ポンと肩を叩くと、シグは恥ずかしげにうつむき、小さく頷いた。


「素直でよろしい。さて、早く焚き火行こー」






 ちなみにクロアの網で捕れた大きめの魚は大好評だった。

 バリアという魚らしく、ラーシスたちの生まれ育った場所では希少もあって来客に出すような、ちょっといい魚だそうだ。


 でっぷりとした身は焼いてもプリプリで、噛むとじわりと香ばしくて甘い脂が滲み出る。

 皮まわりの身はサクラのスモークチップのような香りがして、是非とも塩を振りたいお味。

 食べるにつれクロアの頭には醤油と大根おろしが浮かんでは消え、浮かんでは消えて、満足ながらも故郷の食事を思い出して切ない夜となった。

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