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005 :// 食料調達の苦難 -1-

「起きろよ、クロア! 朝だぞ……うっわヨダレ出てるじゃねーか!」

「んー……そんな……。たぶん雨だよ……雨……」

「快晴だぞ、起きろよ!

 メシの調達に行くんだから、さっさとしろよな!」

「ふぁい……」


 少年たちの朝は早い。

 まだ薄暗さの残る空と、木々の間から漏れる刺激的な朝日の中、ラーシスに起こされてクロアは目を擦った。

 リーシアとシグはもう横におらず、外に出ているようだ。


 朝日がまだ顔を出し切っていないこの薄暗さは、朝4時くらいだろうか。

 寝足りないが、仕方ない。

 ヨダレをそれとなく拭きつつ、ふわあとあくびをして起きた。

 慣れない場所で眠ったせいでバキバキになった体をほぐしつつ、ぼんやりする頭で眠る前から気になっていたことを思い出す。


「ていうか、私もここにいていいの?」

「あん!?」


 何故か怒った様子で睨みつけられる。


「別にどっか行きたいなら行っていーぞ」

「いや、一緒にいさせてくれるなら誠に感謝です」

「ちっ……何の役にも立たなさそうだけど、ほんのちょびっとの労働力でも、ないよりはマシだからな。

 リーシアとシグも……仲間が欲しいだろうしな? オレは別に、そんなんいらねーけど!」


 ふん、と怒ったように言うラーシスだが、それはただ恥ずかしがっているだけなのが、赤くなった耳で丸わかりだ。

 ツンデレが可愛くて、クロアはふふっと笑った。


「非力ながら、がんばります」






 あれから言葉について、色々試して理解が深まった。

 謎のコンバータ機能は魔法というよりも、翻訳機械的な動きをすることが分かった。


 例えば“ネコ”は変換されない。

 死ぬほど悲しい事実を不用意に知ってしまったのだが、この世界にはネコが存在しないらしい。


 しかし“借りてきたネコ”という慣用句は、通じる。

 この“借りてきたネコ”を言い直して貰ってみると、隣の家のイタチと聞こえた。

 意味を尋ねれば“借りてきた猫”と同じ意味。

 この場合、借りてきたネコとクロアの耳に変換されなければ困るのだが、思ったより機械的な翻訳がなされているようだ。

 翻訳機で一度変換して、それをもう一度変換させた時のようなよくある不具合。

 余計な混乱をきたすと面倒なので、慣用句は使わないようにしようと思った。


 便利だが微妙な、翻訳機能である。


 異世界転生のアニメなどでは、神様からスキルやら何やらで転生特典を貰えたりだとかしていたが、この翻訳機能がどこから来たのか甚だ疑問だ。

 勇者召喚された時、神様のようなものには出会わなかった。

 クロアは無神論者だが、魔法あり魔獣ありのとんでも異世界に来てしまった以上、ここに神がいる可能性も否定はできない。

 接触してこないタイプの神でもいるのだろうか。


 この翻訳機能、額の宝玉がもしかしたらソレなのかもしれないが、一体どこで埋め込まれたのか。


(実は神のようなものに会ってたけど、記憶を消されたとか?)


 ラーシスたちが言うには神は存在するとのことだが、どこまで真実なのか謎だ。

 疑問は深まるばかり。

 答えが出ることは無さそうなので、クロアは考えることをやめた。


 そんなことより、大事なことは目先の食料、および生活だ。


 ちなみに、この世界にはスキルやステータスという定番のファンタジー概念もないらしい。

 勇者や冒険者、魔法や魔獣はあるのに。

 絶妙にリアル味のあるファンタジー世界で、夢がないとがっかりした。



          ■□



「じゃあオレとリーシアは果物とウサギ狩りしてくっから、クロアとシグは魚獲りな!」

「ハーイ」


 ネコはいないのに、ウサギはいるんだな。

 次々と深まるこの世界の謎に、クロアは遠い目をした。


「シグ、場所とやり方、教えてやれよ」


 コクコクと頷くシグ。

 クロアが目を向けると、相変わらず無表情なシグと目が合って手のひらほどもある葉っぱを3枚渡された。


「これは?」

「魔獣避け」


 ラーシスとリーシアも各々葉っぱを手にして、腕や足にこすりつけている。

 クロアも見習って肌に擦り付けると、つるつるして痛くはないがハッカのようなツンとした臭いに身震いした。

 確かに獣や虫が嫌がりそうな特殊な臭いだ。


 クロアがひとしきり擦り付けたのを確認して、シグは再びコクコクと頷くと歩き出した。

 どうやらついてこい、ということらしい。


「昼ぐらいまでには帰ってこいよ!」

「ハーイお母さん」

「誰がお母さんだ!!」


 ラーシスとリーシアに手を振り、クロアはシグの斜めうしろについて歩き出した。


(不思議な子だなー)


 ぼんやりしているように見えて、ちゃんと周りが見えているし、何もかもに興味がなさそうな雰囲気があるのに、こうしてラーシスの言う通りクロアを連れて魚獲りに向かう。

 表情がない上に口数も少ないので、なんとなく掴みづらい子だ。


「これ」

「ん?」


 シグが指差す木の根元には、バツ印のような人為的な傷があった。


「川への道、目印」

「あー、なるほどー」


 進む先を見れば道に沿って、たまに同じような印を発見する。

 少年少女たちの知恵なのだろう。

 知らなければ気づかないであろう、草が生える根本付近にこっそりつけているあたりに、賢さを感じた。


 森の中を歩き出し、シグは時折チラリチラリと目線を左右に送って、ゆっくり進む。

 この森は小鳥がさえずり、葉が風で揺れる音ばかりの平穏さが目立つが、実際にはそうでもないらしい。


 この世界には獣が二種類いて、魔獣と野獣に分類されるそうだ。

 魔獣は魔法を使える獣で、それ以外が野獣とのこと。

 ラーシスとリーシアに話を聞いた限りでは、凶暴性のある獣=魔獣という認識でもよさそうなほど、あまり定義付けされていないらしい。


 魔獣は小さいものから大きいものまでおり、アニメやゲームで聞いたことのあるものもあった。

 グリフォンや、サラマンダーもいると聞いて、本当にファンタジー世界なのだと感動した。


 が、ゴブリンやオークは人の住む街の近辺にも頻繁に出るという話あたりまで聞いた頃には、とうに感動は失われた。

 ゲーム感覚だとゴブリンやオークなんてトップオブ雑魚だが、現実に目の前にするとなると話は別だ。


 絶対勝てない。

 勝つ手段も、防衛する手段もない。

 出会ったらそれで終わりだ。


 当然この森にも魔獣はいる。

 むしろ人の住む街付近よりも、討伐されない分ずっと数は多いそうだ。


 魚狩りすら、道中で魔獣に出会えば命懸け。

 クロアもシグを見習って、シグの死角になりそうな背後を入念に気にして歩いた。


 シグは時折、長いローブの裾を踏みつけてつまずく。

 ラーシスは見るからに野生児だが、シグは肌も日焼けしておらず、森の道を歩くのもゆっくりで下手なようだ。

 背はラーシスたちと同じ程度なものの、かよわさを感じて心配になる。


「シグ、そのローブ脱いだら? 踏んでるけど」


 そっと話しかけると、シグはふるふると首を横に振った。

 肯定と否定のボディランゲージが故郷と同じで助かると思いつつ、変だなと思う。


 シグは全身をすっぽり包むような灰色のローブに身をくるみ、バケツをひっくり返したようなツバのない形状の大きな帽子で頭をくるんでいる。

 袖も手より長いようで、ほぼ肌の出ない姿である。

 いつも無表情で、あまり人と喋りたくない様子。

 警戒心の現れなのだろうか。


「川、そこ」


 気付けば随分歩いていた。

 シグが指差した先を見れば、木々の隙間に開けた場所が見えた。

 拠点である巨木のウロから10時の方向にほぼ真っ直ぐだったので、割と覚えやすい地理だ。


 シグは妙にうねりのある木に歩み寄り、根元の草むらをごそごそと漁る。

 そして長く、先端の鋭い枝を二つ引っ張り出した。


「いつもここ、隠してる」


 どうやらコレが魚獲り用モリのようだ。

 差し出されるままにクロアも一本受け取った。


 開けた川辺の安全を遠くまでじっくり確認して、シグは川にそのまま入っていった。

 この川は7、8メートルほどの川幅があり、ごつごつした岩も散見されることから下流ではないようだが水流はそこまで激しくない。

 深すぎるところはないようで、シグは迷わず進んでいく。

 クロアもパンツの裾をまくり上げて、シグと少し離れた位置に陣取った。


 岩のように動きを止め、魚が射程範囲へやってくるのを待つ。ひたすら待つ。


 気温も水温も、暑すぎず寒すぎずで大変助かった。

 意外と魚がたくさんいることも幸いである。


 魚突きは初めての経験だが、悲しげに鳴く腹のために頑張る。

 と強く誓い、クロアも集中した。






「アァァァ! 我がセンスゥゥゥゥ!」


 だいぶ時間が経ったが、クロアは収穫なし。

 シグは慣れた様子で4尾も獲っており、岸にはご臨終された魚が転がっている。


 シグは機敏に動くこともなく、ずんずん進んで素早くモリで突く。

 あんなに貧弱そうなのに。


 それを真似てみるが、クロアのモリは何故かするりと抜けられてしまう。

 まともなアウトドアをしたことがないし、運動不足の日々を送っていたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。


「……すこし、休んだ、ら?」

「……うん……ありがと。そうするー……」


 酷い惨敗への同情が悲しい。

 でも本当に疲れたのでありがたい。

 息切れしながら岸へあがって、仰向けに寝転んだ。


 はあ、とクロアは大きく溜息を吐く。

 社会人になってからまともな運動もしておらず、体力不足だ。


 こんなことになるくらいなら、歴史とか英語とか役に立たない学業よりも、サバイバル技術を学んでおけばよかった。

 なんて、しょうもないことを考えた。


「……いや、待てよ」


 寝転がったまま横を向いて、岸にぼうぼうと生えた草に目を留めた。

 今まで学んだことの、本当に全てが役立たずだろうか。

 いや、もしかして使えるものもあるのでは。


 いいや、むしろ使えなくては納得できない。


 クロアは立ち上がって1メートルほどの細長い草を手に取った。

 引っ張ってもダメだったので、根元を捻るようにして千切る。

 ブチン、と音を立てて千切れた草は、縦に伸びた繊維質が目立ち、やや笹の葉に似ていた。

 縦に横にと引っ張り、強度を確認する。

 繊維質だがしなりが良く、強度もなかなか。


 これなら行けそうだ。


 同じ草を何本も取って、地面に横に並べる。

 隣同士の草を結び、別の隣同士の草を結び、その間の草を結び。

 最初は結び方が変になったが、続けていると慣れてきて素早く結べるようになってきた。

 草の長さが足りなくなってくると、新たな草を結びつけて継ぎ足した。


「それ、なに?」


 また魚を捕ったシグが、岸に獲物を置きにやって来た。

 不思議そうにクロアの手元の草を見つめている。


「網が出来そうだなーって」

「あみ?」

「網があれば効率よくなるからさー」


 きょとんとするシグ。

 まあいいか、とでも言うように首を傾げると再び川へ戻っていった。

 クロアも集中して編み続けた。






「それ、どうするの?」


 一通り魚を獲り終えたシグが、クロアの横に腰掛けて不思議そうに網を眺めた。


「あ。もしかして終わっちゃった? サボってごめん」

「いいよ。クロア、魚獲るの、ヘタ」

「うっ」


 ぐさり。

 言葉のモリが心に刺さる。

 純度100%の事実で、心が痛い。

 ゴホンと誤魔化しの咳払いをして、クロアは網を持ち上げた。


「もう戻らないとダメな時間?」

「……まだ、平気」


 空を見たシグがふるふると首を振り、クロアはニヤリと笑った。


「じゃあちょっと手伝ってくれるとうれしいな。これ作るの」

「まだ、作るの?」

「長さがもっと欲しくてねー」


 クロアの網もどきは結構なサイズになっていたが、大事なのは長さだ。

 イメージした使い方を考えると、まだまだ長さが足りない。


「見てて。コレをこうして、こう……隙間はこれ以上広くならないように、こう……」


 ゆっくりと編み方を見せると、シグはじっとクロアの手元を見つめる。

 やがて自分でも草を手にとって、たどたどしく編み始めた。


「ありがとー」


 シグは特に反応するでもなく、無言で手元に集中した。

 無表情で寡黙だが、やはりシグは悪い子ではない。

 むしろこんな目的もよくわからないものをわざわざ手伝ってくれるのは、とても優しいと思う。

 不器用、あるいは不慣れなだけなのだ、この子は。


 ふふんと笑うと、何かを悟られたのかシグがわずかにむっと眉を顰めた。

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