053 :// 伯爵邸にて -3-
「やっと追いついた……!」
するとクロアが入ってきた扉から、ベノアが息切れしながら姿を現した。
ぜえはあと荒い息のまま、困った顔でこちらへ歩いてくる。
そして近寄りきらないあたりでぴたりと足を止め、手に持っていた何かを広げた。
布だ。
文字が書いてある。
「『ビックリショー成功』……?」
クロアの頭の中が真っ白になる。
理解が出来ない、いや、正直一瞬で大体わかってしまった気がするが、心が納得を拒否している。
「クヒェーーーーア!! イーーヒヒヒヒ!!」
南国の鳥の鳴き声みたいな音がして見てみれば、騎士を従えたエゼルスターも来ていた。
震えながら腹を抱えている。
どうやら、この鳥のような下品な声はエゼルスターの爆笑らしい。
「いやぁ、面白かった。スリルのある素晴らしいショーだった!」
まだ笑い終わらないエゼルスターがパチパチと手を叩く。
「…………どーゆー、こと?」
今日は様々な初経験を得たが、こめかみが震えるという古典的なものまで体験することになるとは。
「誠に申し訳ありませんッ……我が主の、本ッ当に悪い癖で……!!」
「……つまり……全部……?」
「イタズラです……」
テッテテー。
ドッキリ大成功、という言葉がクロアの頭に流れた。
異世界でこれは卑怯過ぎる。
何とも形容しがたい感情に襲われた。
クロアが無言で固まっていると、ベノアが顔を青くして顔を伏せる。
「我々は人族だからと危害を加えるつもりはありません……!
ご覧の通り、お連れ様にも傷一つつけてませんのでどうか……!」
「……あの尻尾は、何?」
「あれは、ビリヤノ殿の奥方に頼んで作ってもらった、小道具です……!」
言われてみれば、昨日食事に招かれた際にビリヤノの嫁がバーチェークの尻尾を入念に見ていた。
最初から仕組まれていたことに気付き、頭の中の血管がぷつんと切れた気がする。
「…………待て待て。あの騎士のヒトたちは……」
普通に敵として、魔術を使ってしまったのだが。
という言いづらいセリフを口にする前に、エゼルスターが呆れたように首を振った。
「こんな小娘にしてやられるとはな。教育し直さなければならん」
「……こんな、くだらないことのために……」
「ベノアがネタばらしを出すのが遅れたのが悪いのだ」
「そんなぁ」
落ち着いてきて気が付いたが、周辺に侍っている騎士たちも随分と疲れた顔をしているし、ベノアもひたすらに謝罪し続け、今にも胃が引きちぎれんばかりの表情だ。
理解した。
「面白かったから、まあいいだろう」
この一人だけ何故か満足そうな顔をしているエゼルスターという男が、何もかも諸悪の根源だ。
「…………コイツ、殴っていい?」
「私も殴りたいんですッ……! ですがコレでも我らの主ですので……代わりに私を殴ってくださいッ……!」
「それじゃ意味ないんだけど」
「遠慮せずにッ……!さあ!」
「やだよ」
どうしても自分を殴ってくれと、すがりついてくるベノア。
ちょっとハァハァしていて気持ち悪いので、さっと避けた。
「何だったの? クロア、なにか騙されたの?」
「うん、そんなとこ……。はぁ……疲れた……。バーチェーク、コレあげる……」
「おう?」
まだすがりついてくるベノアが鬱陶しいので、バーチェークになすりつけた。
ベノアが今度はバーチェークに泣きついているが、まあいいだろう。
なんだか全身に疲労を感じて、クロアは近くのソファーに身を放り投げた。
「まぁそう言うな。こちらとしても試さざるを得なかったのだよ」
「試す?」
首だけで振り向くと、エゼルスターがソファーの縁に楽しげに腰掛けた。
「人族が半獣族を騙り、商人ギルドに登録しようとしていることを知った。
どんな者なのか確認することは大事だろう?」
「それで、何がわかったんですかー」
「クロアという人族は、冷静であるとは言いがたいが、理性的である。荒事を好まず、仲間は大事にする、と言ったところか。
商人としてはビリヤノのお墨付きだ、非凡であると言っていいだろう」
そう判断された要因は思い当たるが、そうやって指摘されると気恥ずかしい。
クロアは舌打ちしてエゼルスターから顔をそむけた。
「人族は魔族を嫌う。魔族は人族を嫌う。それが世の摂理だ。この魔国で何を求める?」
急に真面目だ。
色々と気にくわないので、ふんと鼻を鳴らした。
「商売したいだけだってば。種族がどうとか、ホントどーでもいい。
そんなことより、暮らしやすくて楽できる毎日が欲しい。
魔国と商売すれば私たちの生活は豊かになるから、互いに利益になる関係を築きたいだけ。……ですー」
怒りで敬語を忘れていたことを思い出して、申し訳程度に最後に付け加えた。
エゼルスターは不快感どころが、嬉しそうに喉を鳴らして笑っているので、もしかしたら敬語は不要でいいのかもしれない。
「いいだろう。ではクロア嬢、商売を」
「こちらにいらっしゃいましたか!!」
エゼルスターの言葉を遮り、騎士が部屋に転がるように飛び込んできた。
息切れをして、随分慌てている様子。
「緊急のご報告です!! メタルリザードの大量発生が確認されました!!」
「そうか、やっとか」
メタルリザード。
まだ遭遇したことはない魔獣名だ。
そういえば、この魔獣退治のために領主代理がこの街に来たという話を街の人がしていた。
エゼルスターは全く驚く様子もなく、平静のまま報告を聞いている。
「場所は想定通り鉱床北側の深層です。
現在鉱夫たちの避難中ですが、あまりにメタルリザードの数が多いため難航しています」
「現在第二騎士団が応戦中。大至急、第一騎士団の派遣を要請します!!」
「第一騎士団か……」
エゼルスターがベノアと見つめ合い、奇妙な沈黙が流れる。
「……何名が残っているか確認してきます」
「待て待て待て! まさかさっきの騎士たちなの!? 騎士団っていうからには、沢山いるよね!? アレだけじゃないよね!?」
「先程の騎士たちが第一騎士団の先鋒隊でして……。いやはや……このタイミングになるとは……」
【黒針銃】は、実はまだ試作段階のものだったので、正確な効力を調査しきれていない。
何しろ人体実験が必要になる。
分かっているのは、たまたま不幸にも事故で手に刺してしまったオルウェンが、すぐに針を抜いても1時間ほど昏倒したままだったということのみだ。
昏倒時間は個人差も出るだろうが、しばらく戦闘不能であることは間違いない。
クロアが【黒針銃】を使った騎士は、確か8人だ。
「先鋒隊って何人なの?」
「10名です」
残2人だ。
「バカなの?」
しょうもないドッキリで、第一騎士団、すなわち精鋭らしき騎士を戦闘不能にするなんて。
「メタルリザードの大量発生に備えて2週間、何もなかったのだぞ。
まさかこのタイミングで来るとは思わないだろう? それに小娘一人に第一騎士団の騎士たちが負けるとも思っていなかったしな。
さて、どうしたものか」
「~~~~っ!」
無責任すぎるこの野郎。
肩を竦めてみせるエゼルスターに、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
この世界のどこにでも魔獣はいて、いつでも被害は起きている。
だが顔を合わせ会話をしたあの鉱夫たちが襲われていると考えると、素知らぬ顔をしているのは心苦しい。
しかも彼らを本来救助する騎士たちを、自分の手で戦闘不能にしてしまった。
「……後味悪くなるわ」
クロアは舌打ちして、未だに気持ちよさそうに眠るルジィの体を揺さぶった。
「起きて、ルジィ。食後の運動しよ」
「んう~? 飛んでもい~い?」
「いいよ。バーチェーク、狩りいく?」
「おう! よく分からんが任せろ」
「シルフェアナはどーする?」
「そうね、私は遠慮しておくわ。メタルリザードは殴打じゃ倒せないから」
「あ。悪いんだけど、【黒針銃】使っちゃったから、倒れてる騎士の方々から針抜いてあげてくれない?」
「アレ使ったの? わかったわ」
説明していないので、クロアとエゼルスターの間に何があったか分かっていないようだが、何をすればいいかは分かってくれているようだ。
クロアはバルコニーに繋がるガラスのドアを開け放つ。
「とりあえず話はあとでするから! ルジィ、街の外の鉱山まで特急で!」
「アイアイサー!」
「クロア、つかまれ」
「ん!? 違うぞソレはつかむと言うァアアアアアア!!」
■□
「行っちゃいましたね、彼女」
ベノアは開け放たれたガラスドアを静かに閉じる。
まるで嵐が去ったように、部屋が静かになった。
嵐の出現は、完全に自分の主のせいなのだが。
「別に慌てなくとも、第三、第四騎士団がいるんだがな。知らなかったのだろうか」
「あえて誘導したくせに、よく言いますね」
「戦闘能力がどれだけあるのか、確認しておきたいだろう?」
くつくつと笑う主は、どう見ても悪役だ。
飛び去っていった彼女が少々不憫である。
「……彼女、たぶんすごく真面目ないい娘ですよ」
「そうだな」
主はいつでも悪びれない。
有能な上司であるが、悪癖だけは直して欲しいと心から願う。
「……ああいう子に、もうイタズラしてはなりませんよ」
「俺に呼吸をやめろと言うのか? それにまだ残しておいたネタがあるしな。ゆっくり迎えに行ってやるとしよう」
今日、ベノアは自分が殴られることを覚悟し、そっと胸の高鳴りに震えた。
どうでもいい余談ですが、爆笑時の声は明〇家さ〇ま先生で再生するといい感じです。




