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052 :// 伯爵邸にて -2-

「クロア嬢。そのお茶は熱くないのかね? 全く表情が変わらなかったが」

「……私、熱さに強いもので」

「ほう、それは面白い体質だな。ではそのティーポットに、手を入れてみてくれないか?」

「……えーと」


 どくん、どくん。

 焦燥で心臓がおかしくなりそうだ。

 返答を必死で考える、が。


「っ!!」


 あっという間に、騎士たちがクロアの首元に剣を突きつけていた。

 反射的にクロアは両手をあげる。


「…………私、なにかしましたか?」

「お前は人族だな?」


 エゼルスターの瞳は鋭く、氷のように冷たかった。 

 一触即発の状態に、クロアの心臓がけたたましく鳴る。


 ———何故バレたのか。

 いいや、原因よりも、考えるべきは今後だ。

 どうすべきか、何を言うべきか。


 逡巡している間に、騎士の剣がクロアの耳元の髪の毛を滑り込んでくる。

 剣の端が、光学迷彩魔術で見えなくなっているクロアの耳のふちを切り、血が一滴垂れた。


「確定だな。どういう仕組みか分からんが、そこには人族の耳がある」

「……魔族である可能性は考えないんですね?」

「魔族であることを隠す必要はないからな。

 それに角は2本とも失えば絶命する。我々の中では有名な話だ」


 もうこれ以上の言い逃れは無理だ。

 クロアは体を動かさないように、そっと息を吐く。


「……そうです。確かに私は、半獣族でも魔族でもありません。

 ですが、商売をしにやって来たというのは本当です」


 冷静を装って喋るが、いつ剣を刺されるかとたまらない恐怖が襲ってくる。

 冷や汗がだらだらと背中を流れた。


「本質を見てくれませんか。私の魔導具は、アナタ方のものより優れています。

 種族関係なく、街の発展、ひいては国、人類全ての発展に繋がります。必ず役に立つでしょう。その力は、ビリヤノ親方が見ています」


 残念ながら、ビリヤノの顔は無表情で口を開くような気配は無い。

 その場の全員の視線が、クロアを貫く。

 息が止まるような沈黙。


(ダメだったら逃げる? 隙があるのはメイドの方……)


 目線を動かさないように、視界の端で周囲を窺う。


「逃げるつもりか? おい、例のものを持ってこい」


 どこか楽しげに見えるエゼルスターが、顎でクロアの横の騎士に何か指示をする。

 騎士が動き出すのが音でわかった。

 目線すら動かせず、クロアはただ待つしかない。


 やがて何か音が近付いてきたと思うと、何かの塊がクロアの足下に放り投げられた。


「……ッ!」


 首を動かせず視線だけ動かして見えたのは、毛のかたまりだ。

 どこかで見た、茶色い毛並み。

 丸みのある、ふわふわとしたシルエット。

 それに、血のような赤い液体がついている。


(まさか……)


 見覚えのある、それ。


(バーチェークの、尻尾……?)


 血の気が引いた。


「…………私とともに居た半獣族たちは、私が人族だと知りません。無傷で解放してください。

 私にも、アナタ方を傷つける意思はありません。解放してくれるなら、素直に魔国から去ります」


 尻尾だけなら、まだ命は無事かも知れない。

 皆がどんな状態か、確認しなければ。


「問答無用。捕縛しろ」


 エゼルスターの温度のない声で、クロアも動いた。

 自分が捕まれば皆がどうなるかわからない。

 こうなったら、やるしかない。


(【戦闘魔術環境(バトルモード)有効化(アクティベート)。ニャスタ、狙って!)


 クロアの瞳が青いマナ光を放つ。


(【黒針銃(スティンガー)】)


 クロアの頭に生えた獣耳、ニャスタから細く黒い針が飛び出す。


「ぐあっ!」

「うっ!」


 黒い針はクロアに剣を突き立てている騎士の体を刺す。

 その瞬間に彼らはビクリと痙攣し、倒れ込む。


 倒れかかる騎士を突き飛ばし、邸宅へ駆けだした。


 【黒針銃(スティンガー)】の弾は、ルミナスを針状に加工したもの。

 クロアの傍に常にいる3体のニャスタの投影体の中に内蔵させ、銃のように放つ魔術式を組んでいる。


 黒いルミナスを触れることが出来る半獣族には効かないが、魔族と人族には有効だ。

 1本刺せば命に支障を来すことなくしばらく動けなくすることが出来るため、防衛用スタンガンのように使えるよう準備した。


「何が起きた!?」

「捕まえろ!」


 背後から声が追ってくる。


「ニャスタ、みんなの居場所をナビして! あと追っ手を確認して走れるように!」


 右耳がピコピコと動くと、魔導ディスプレイがクロアの右斜め前に出てきて、一定の位置を保って追従してくる。

 画面にはクロアの背後の映像がタイムリーに映し出されている。

 同時に角膜ディスプレイにはナビが表示されていて、走るクロアの先の道に方角と距離を表示してくれる。


 背後から騎士が4人ほど追いかけてくる。

 身体能力を強化する魔術は持っていないので、このままでは追いつかれる。

 だが、出来るだけ露骨な戦闘は避けたい。

 あちらを傷つけてしまえば、今後のルミナディアと南魔国の関係修復が難しくなってしまう。


 クロアは瞬時に認識入力で座標を設定する。


「【水蒸気(ヴェイパー)】」


 青いマナが閃光し、魔術陣となって光る。

 そこから水蒸気がボッと発生して広がり、クロアの走る廊下を満たす。


「なんだこれ!」

「毒か、吸うな!」

「前が見えない! 注意して進め!」


 騎士たちの声は水蒸気の手前で留まっている。

 勝手に毒と勘違いしてくれたお陰で、距離が稼げそうだ。


「きゃあ!」


 たまたま廊下にいたメイドの横を駆け、ナビに沿って邸宅を進む。


「止まれ!!」


 廊下の角を曲がると、2人の騎士が剣を構えて待ち構えていた。

 慌てて急ブレーキを掛ける。


(他に道は?)


 騎士を警戒してじりじりと下がりながら視界に表示されているマップを見れば、背後からも騎士が迫ってきている。

 間に脇道はない。

 このままだと迂回して逃げるどころか、挟み撃ちだ。

 別の部屋のバルコニーを伝って移動するか悩んだ時、早くも追っ手の姿が見えた。


 迷っている時間はない。

 前方の騎士たちへ手を向けた。


「座標設定……完了。【樹拘束(ブランチ・チェイン)】」


 魔術陣が閃光し、人の腕ほどもある木の枝がいくつも生まれる。


「うわっなんだ!?」

「木!?」


 蛇のように滑らかに動くそれは、枝分かれしては伸び、騎士たちの足を絡め取り拘束する。


「座標再設定」


 認識入力で騎士たちの頭上、天井へと次の座標を指定する。

 にょきにょきと枝は騎士たちの足から胴体、頭上へを上り、やがてその体を完全に固定した。


「クソッ、動けん!」

「そっち外せないか!?」

「ま、待て!」


 動けなくなった騎士の脇を、クロアはさっと通り抜ける。


「かかれ!」


 ホッとしたのも束の間。

 すぐ後ろから、駆けてくる複数の足音との声。

 クロアは振り返って、さらに別の座標指定をする。


「【樹拘束(ブランチ・チェイン)】」


 拘束した騎士2人の周囲に、行く手を阻む壁として廊下に樹の網を巡らせる。

 騎士のすぐ近くに作ったので追っ手たちも思う存分には剣を振るえず、時間稼ぎになるはずだ。


(ヨシ、これで———)


 人の通る隙間もなくなるようにみっちりと廊下を枝が塞いだのを見て、クロアは脱兎のごとく走り出す。


「任せろ! 血統術を使う!」


 走り出したクロアの後ろから聞こえた言葉に、振り返る。


「い!?」


 ギュイイイン!!


 チェーンソーのような音がして、折角張り巡らせた【樹拘束(ブランチ・チェイン)】の壁が引き裂かれていく。

 土の壁にすればよかったと思った頃には、穴が空いたところから騎士たちが続々とこちらに押し寄せてくる。


「もう、仕方ない———ニャスタ、狙って!」


 クロアの両耳がピンと正面を向く。


「【黒針銃(スティンガー)】」


 耳から出た黒い針。

 視認も難しい細い針は、接近してきた騎士たちの皮膚に刺さった。

 それと同時に痛みに呻き、倒れる騎士たち。


 追っ手の騎士は全て動けなくなった。


 クロアは心の中で謝りつつ再び駆け出した。階段を上り、息切れしながらさらに走る。


「この部屋!?」


 ニャスタのナビがここだと告げるように激しく明滅する。

 廊下の角を曲がり、両開きの扉を思い切り開けた。

 バン、と大きな音が響く。


「———クロア? そんなに慌ててどうしたの?」


 広い部屋の中央付近で、シルフェアナが驚いた顔でこちらを見ていた。


「シルフェアナ、無事なの!? ケガは!?」

「ケガ? 別にしてないわよ」


 シルフェアナの上から下までじっくり見るが、特に変わったところはない。

 というか、全くをもっていつも通りだ。


「バーチェークとルジィは!?」

「2人ならおなかいっぱいで寝てるわよ。そっちのソファーで」


 シルフェアナの目線を追い、部屋の隅へ駆け寄る。

 向かい合わせの大きなソファーで、2人が気持ちよさそうに寝ている。

 思わずクロアはバーチェークの尻尾を掴みあげた。


「イデデデデ! 何すんだよ!」


 ビクンと体を跳ねさせて、バーチェークが飛び起きた。


「痛い? 繋がってるの?」

「当たり前だろ! 尻尾は繊細だからやめろって!」


 掴まれたところをさするバーチェーク。

 尻尾は尻にしっかりくっついている。

 ルジィを見ても、規則正しく豊かな胸が上下するだけで、いつも通りだ。


「………………」


 異常が、ない。


「…………どーゆーこと?」


 シルフェアナ、バーチェーク、クロア。

 全員が頭上に疑問符を浮かべていた。

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