051 :// 伯爵邸にて -1-
「ほう、君が噂のクロア嬢か。俺が領主代理のエゼルスターだ」
「お招きいただき、アリガトウゴザイマス」
展開が早すぎる。
という思いで目の前の人物を見る。
(悪いヤツ感しかない……絶対なんかの黒幕だよコレ……)
なんとなく悪役っぽさある雰囲気に、本当に大丈夫なのかとビリヤノを見る。
しかしビリヤノは分かっているのか分かっていないのか、うんうんと頷くだけだ。
この空間で、クロアが最も不幸な時間を過ごしている気がする。
あれよあれよという間に、商業ギルドの外にあった馬車に乗せられ、伯爵邸に連れて来られてしまった。
人生初の馬車や貴族の屋敷を楽しむ間もなく、立派な食卓が広がる広間へ来てしまった。
そこで待っていた、噂の領主代理。
精神的な準備が伴わぬままに現れてしまって、クロアは魂が引っこ抜かれていくような気持ちだった。
手入れの行き届いた紺色の長い髪からは、鹿のように枝分かれした角と、濃桃色の瞳が見える。
クロアの個人的なイメージだが、大体こういうカラーリングの見た目の奴は、黒幕だ。
赤ワインを片手に、薄暗い部屋で部下に悪いことを指示するタイプ。
間違いない。
何か起こる予感しかなくて、クロアはぎこちなく動く。
「まずは掛けるがいい。食事とともに話そうではないか」
「アリガトウゴザイマス。私どもは放浪の民。不作法がありましたらお許しクダサイ」
「よい、そんなことは分かっている」
そんなことに興味はないから、とにかく座れ。
とでも言うように、エゼルスターは手を振った。
「ひょおー! ごはん貴族盛りだー!」
「右から左まで全部食べるわよ!」
「早く座れよクロア! 肉だぞ肉!」
「みんな、領主代理サマの前だよ。もうちょっと静かに。お行儀よくして」
引率の先生。
そんなワードが頭を過ぎっていった。
席に掛けるとまもなく食事会が始まった。
壁沿いに護衛のためか騎士らしき人々が並び、さらに手前に給仕係らしき人々が並ぶ。
物々しい光景で、貴族とは大変なのだと半ば同情した。
「酒もあるぞ。ビリヤノは飲むだろう。クロア嬢たちもどうだ?」
「いただきます」
「ルジィちゃんも欲しい~」
「私は結構デス……」
シルフェアナとルジィが喜んで、給仕係に注いで貰っている。
(あ。やっぱり赤ワインぽいヤツだ)
おそらく以前バーチィールがくれたお酒だ。
きっとそれよりも上等なものだろうし、飲みたいのはやまやまだが、今は酒を飲んでいる場合ではない。
周りが食欲モンスターなのが怖すぎる。
いつ貴族的虎の尾をを踏んでしまわないか、気が気でない。
「栄養剤なるものの話、聞いたぞ。労働者を労る品でありながら、商売として成り立つ。素晴らしいアイディアだな」
「お褒めにあずかり、光栄です」
「クロア嬢は、新たな栄養剤のアイディアも持っておられます。今後もまだまだ期待出来ますぞ」
「ほう、それは楽しみだな」
領主代理相手では、さすがのビリヤノもいつになく丁寧な態度だ。
ビリヤノは街や商人間で多大な権力を持っているが、貴族ではない。
だが貴族である領主代理を前にしてもどっしりと構えているのは、やはり歳の功か。
「クロア嬢、その黒い服は仲間からイジメられているのか?」
「ブッ!!」
思わぬ切り口で、クロアは飲んでいた水を吹き出しそうになる。
「色のことですか?」
「そうだ。半獣族とて、黒は好むまい?」
「……私が好んで着ているだけです。汚れが気になりづらいので、案外黒も悪くないですよ」
「なんだ。イジメられているのならば、良い服でも買ってやろうかと思ったが」
「クロア嬢、折角だから頂いてはどうだ?」
「いえいえ、お構いなく。うちには優秀な裁縫師がおりますので」
チラリとシルフェアナを見ると、肉を頬張りながら薄く笑みを浮かべた。
たぶん唯一、粗相をするかもしれないから出来るだけ口数を減らそうとしてくれているメンバーだと思う。
「髪と瞳も忌み色のようだが、気にならないのかね?」
「ええ。少し目立つだけのことですから」
「年頃の娘にしては達観しているな」
「体は小さいですが、成人したのは随分前のことですよ」
「ほう」
珍獣でも見るような視線だ。
今までこうやって直接言われることはなかったが、魔族的には当然の疑問なのかもしれない。
これまで多くの住民を見ても、確かに黒いものはあまり見かけなかった。
黒かと思えば、よく見れば濃紺やダークグレーなのである。
「先程から、ビリヤノ程度しか食べておらぬな」
ギクリ。
「彼らのように食わぬから、体が小さいのではないか? ベノア」
「はい」
クロアたちをここまで連れてきた補佐官のベノアがテーブルの端から肉の乗った大皿を持ってきて、クロアの前に置いた。
「あの私……来る前に……おやつをつまみ食いしてきたので……あんまりお腹すいてなくて……ですね……」
「半獣族たるもの、これくらいは食すものだろう」
「量より……味わって食べたい派というか……」
「人々の多くは一生のうちに食えぬレベルの料理だ。半獣族ならなおのこと。遠慮するな」
「いえ、その……」
「半獣族にはこれくらい序の口じゃろうて」
「それでも半獣族なのか?」
「うっ」
その言いよう。
食べないとまるで半獣族ではないみたいだ。
「このお肉、皮がパリッとしてじゅわーってするよぉ」
「バーチェーク、そっちのお皿ちょうだいな」
「これはオレが食うからダメだ」
確かに真の半獣族の皆は、遠慮なしにがっついている上にまだまだ足りなそうだ。
彼らの周りだけ、給仕係が忙しそうに常に動いている。
地味に溜まりつつある胃だが、変に勘ぐられたくない。
「~~~~!」
クロアは一生懸命、肉を口へ運んだ。
雑談をしながらの食事。
こんなに味わえない食事は、人生で初めてだったかもしれない。
美味しいと感じる時間がなかった。
もはや義務感で黙々と食べ続け、胃が喉までせり上がっている気がする。
「そろそろ満足かな?」
「領主代理様、誠に美味なる食事でした。感謝致します」
とっくに食事を終了し、酒を嗜んでいたエゼルスターとビリヤノ。
実に幸せな食事時間を過ごしたようで、心の底からうらやましい。
「もう元の食事に戻れないわ……」
「土産に持って帰ったら怒られっかな」
皆体型が変わる程度に食べ終え、満足そうだ。
ルジィに至っては満足を超えたようで、テーブルによだれを垂らしながら寝ている。
こちらも最高の食事時間を過ごしたようで、心の底からねたましい。
「では、落ち着いてティータイムでもどうだね?」
「え゛」
食べたばっかりで?
内心を顔と声に出さないようにしてきたが、ついにボロが出た。
「休憩が必要そうですしのう。特にそっちで倒れとる3人は」
「ふむ、そうだな。彼らは休憩室に案内させよう」
「あの、私も」
「では我々は庭園で商売についての話を続けようではないか」
「いえ、私は」
「庭園なら、酔い覚ましにちょうど良さそうですな」
「伯爵邸の庭園は美しいぞ。クロア嬢、楽しみにしているがいい」
何故かわからないが、口を全く挟ませてくれない。
「…………ひゃい……」
絶望を感じながら、クロアはエゼルスターの案内に従った。
もうお茶の一滴も入らないと思うが、なんとかするしかない。
領主代理にはいいコネ、あるいはツテになって貰わなければならないのだから。
エゼルスターが先導して廊下を歩き、ビリヤノ、そしてクロアと続く。
そしてその並びを、騎士たちが挟んでいる。
庭園に行くだけなのになかなかの大行列で、貴族とは面倒なものだなと思った。
伯爵邸は絵に描いたような洋館で、石造りの重厚な建物ながら多くのカーテンやカーペットによって華やかに飾られている。
こんな時でなければ、歩くだけで楽しめそうなのだが。
(ん?)
廊下の真ん中ほどで、壁に謎のレバーを発見した。
洋館にレバーと言えば、なんとなく罠をイメージしてしまう。
(いや、まさかな)
ここはファンタジー界だが、ゾンビが居るわけでもあるまいし。
「気になるか?」
足を止めたクロアにエゼルスターが気付いて、声をかけてきた。
「それはな、魔道具だ」
「これが?」
この街にある魔道具屋にも足を踏み入れたので、もちろん存在は知っている。
だがどうしてもレバーとはイメージが繋がらなかった。
「まだ明るいが、よいか。見てるといい」
エゼルスターが何ともなしにレバーを引いた。
ガシャン、と壁の中で何かが動く音がする。
すると廊下に等間隔で並んでいたランプが一斉に光を灯し、輝きだした。
街中にある花蜜式のランプよりも強い光だ。
「おお、これはこれは……さすが伯爵邸ですな。実に美しい」
「へー……」
「最近の貴族の流行でな。邸宅には必須の魔道具になりつつある」
街の魔道具屋では簡単な火付けやランプなどの小道具しか見当たらなかったが、こういった大がかりな魔道具もあるとは。
(ベルガが見たら、なんて言うかな)
この程度では、まだ魔導具ではない古典的な魔道具だとでも言いそうだ。
そしてそんなことよりミスリルを、とも。
無表情なのに物欲しげな顔をする麗人を思い出し、気合いを入れた。
満腹で絶望している場合ではない。
「いい魔道具ですね。私も魔導具で商売を始めることが目的でこの街に来たので、参考になります」
「魔道具で商売を?」
エゼルスターとビリヤノが俄に驚いた顔をする。
「クロア嬢の本命は、魔道具じゃったのか? 早く言ってくれればよかったものを」
「え?」
「領主代理様は魔道具流通の権威じゃよ」
「そうでしたか」
これはチャンスかもしれない。
そう思うと、エゼルスターが廊下の果ての扉を開けた。
「さあ、ここが庭園だ。いい景色だろう?」
「見事な庭園ですね」
整備された色とりどりの花畑の間の小道を抜け、小さな屋根のあるガゼボに到着する。
大きすぎないテーブルとチェアがあり、如何にも貴族がお茶する場所である。
その小さなガゼボを、ついてきた騎士たちが囲んだ。
「領主代理様とお茶を楽しめるとは、長生きするもんですのう」
3人で小さなテーブルを挟んで座る。
満腹で苦しいが、背筋を伸ばして誤魔化す。
座るとすぐに、補佐官のベノアがメイドたちとやってきた。
ワゴンにお茶と茶菓子を載せている。
補佐官と言うと事務作業で忙しそうなイメージだが、茶の用意までしなければならないのか、と不憫に思う。
メイドが控えているものの、ティーポットを持ってきたベノアがそのままカップに茶を入れる。
そういえば故郷でもついぞアフタヌーンティーに行くことが出来なかった。
喫茶店と違って、やはりこのベノアのように間近で入れてくれるのだろうか、なんて思った。
「さて、ではクロア嬢。そろそろ本題といこうか」
「本題?」
魔道具の話にしても、そこまで本題というほどの話ではなかった気がするが。
と、思った時。
ベノアが体勢を崩した。
こぼれたお茶が、クロアのすぐ横に落ちてきて、跳ねる。
それと同時に、クロアの尻から生えた尻尾、ニャスタが跳ねた。
「……あ」
その後に気付いてクロア自身も跳ねたが、遅かった。
熱湯をかけられたのに、表情をそのままにしてしまった。




